第二十七話 暴かれる
わたしは、夜着のまま、冴斗の私室へと駆けた。
「冴斗さま……! 曲者が――!」
だが、冴斗は、すでに身を起こしていた。彼もまた、あの鋼の音を聞きつけていたのだ。素早く脇差を手挟み、わたしを背に庇う。
次の刹那。障子が、荒々しく蹴り開けられた。
なだれ込んできたのは、覆面の侍たち。三人、四人。そしてその後ろから、ゆっくりと姿を現したのは――早瀬。もはや、如才ない近習の仮面を脱ぎ捨てた、冷たい殺気を纏った男だった。
さらに、その背後に。
頭巾を目深に被った、あの人物が立っていた。
「……夜分に、騒がしいことだ」冴斗が、脇差の柄に手をかけたまま、低く言った。「早瀬。この狼藉。氷室の当主に刃を向けると、どういうことか、わかっているのか」
「殿」早瀬の声は、氷のようだった。「その懐のものを、渡していただこう。二十年前の、密書を」
冴斗の眉が、動いた。
「渡さぬ、と言えば」
「では、力ずくで。……お命ごと」
覆面の侍たちが、じり、と間合いを詰めた。
絶体絶命だった。冴斗一人で、この人数を相手取ることはできぬ。わたしは、冴斗の背で、震える拳を握りしめた。
その時。頭巾の人物が、初めて口を開いた。あの、低くくぐもった声で。
「氷室の、若殿よ」その声には、嗤いが滲んでいた。「命を賭けてまで、その女子を庇うか」
冴斗の眼が、鋭く、頭巾の人物を射た。
「……哀れなことだ」頭巾の声が続けた。「お前は、その女を妻と――琴宮の姫、玲と、思うているのだろう。だが、なあ」
わたしの心の臓が、嫌な鼓動を打ち始めた。
やめて。それを、言わないで。
「その女は。玲では、ない」
時が、止まった。
「まことの玲は、とうに死んだ。あの離れで。この者たちの手で。……そこにいるのは、玲の顔をした、どこぞの下賤の女。琴宮が、家の面目のために据えた、ただの影法師よ」
冴斗が、ゆっくりと。振り返った。
わたしを、見た。
その眼に浮かんでいたのは。疑いか。驚きか。それとも――
わたしは、言葉を失って、ただその場に立ち尽くしていた。否定の言葉は、出てこなかった。この、読む眼を持つ人の前で。とっさの嘘など、つけるはずもなかった。
わたしの沈黙が。何よりも雄弁に。真実を、告げていた。
(つづく)




