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偽りの令嬢 ~下働きの娘は、消えた姫君に成り代わり冷徹な婚約者を欺き続ける~  作者: 智珠


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第二十一話 秘めた盟

 冴斗は、素早く立ち上がり、障子を開け放った。


 だが、廊下に、人影はなかった。ただ、闇が、しんと横たわっているばかり。冴斗は、しばらく、鋭い眼で、その闇を探っていたが、やがて、静かに障子を閉めた。


「……気の、せいか」呟いて、彼は、わたしを振り返った。「いや。用心するに、越したことはない。今宵のこの話は。誰にも、聞かれてはならぬ」


 その夜、二人で、取り決めた。


 早瀬を、今すぐ問い詰めてはならぬ、と、冴斗が言った。あの男は、柏木の残党へ繋がる、糸だ。下手に手を出せば、糸は切れ、背後の者どもは、闇へ潜ってしまう。泳がせて、探るのだ。あの男が、誰と通じ、何を企んでいるのかを。


 ――泳がせる。


 その言葉に、わたしは、皮肉なめぐり合わせを思った。頭巾の者は、わたしを泳がせる、と言った。そしていま、わたしたちは、早瀬を泳がせる。狩る者と、狩られる者が、互いに相手を泳がせて、探り合う。


「それより」わたしは言った。「あの者たちが捜している、『あれ』を。わたくしたちが、先に見つけねば」


「心当たりは」


「……輿入れの荷に紛れて、氷室へ持ち込まれたやも、と。あの者たちは、そう申しておりました」


 ならば、と、冴斗が頷いた。琴宮から運び込まれた、玲の荷。それを検めれば、よい。幸い、それは、奥の納戸に収められたまま、まだ、ほとんど解かれていない。


 翌る日から。人目を忍んで、わたしと冴斗は、その荷を検め始めた。


 納戸は、薄暗く、埃と、香の匂いが、こもっていた。


 長持《ながもち》の蓋を開けると、玲さまの衣が、幾重にも畳まれて、収められていた。手を触れると、微かに、白檀の香が立つ。この衣をまとうはずだった姫君は、もう、いない。その衣を、いま、わたしが検めている。胸が、締めつけられた。


 衣の下から、文箱や、巻物が出てきた。だが、その文字を、わたしは読めぬ。


「……これを」わたしは、それを冴斗に差し出した。「わたくしは、まだ、目が。長く字を追うと、病の名残で、頭が……。恐れ入りますが、あなたに」


 冴斗は、訝しむ様子もなく、それを受け取り、灯りにかざして、読み始めた。わたしは、その横顔を見つめながら、ひそかに胸を撫でおろした。またしても、病が。わたしの読めぬことを、覆い隠してくれる。


 巻物を、幾つか検めたが、めぼしいものは、なかった。歌集や、手習いの控え。だが――やがて、冴斗の手が、止まった。


「……これは」


 彼が開いていたのは、玲さまの、日記の断片らしき紙だった。だが、ところどころ、乱暴に破り取られ、文字が飛んでいる。


「読んでみよう」冴斗は、眉を寄せ、たどたどしく繋がる文字を追った。「『……父上が、二十年前、柏木の家になさったこと。わたくしは、知ってしまった。あれは、罪だ。着せられた罪では、なく――まことに、犯された……』」


 そこで、文字は破り取られ、途切れていた。


 わたしと冴斗は、顔を見合わせた。


 二十年前、柏木に着せられた罪。それは――冤罪では、なかった、というのか。いや、逆だ。玲さまは、書いている。父が、まことに、何かの罪を犯し、それを柏木に着せて、潰した、と。


 柏木は、無実の罪で、滅ぼされた。ならば、その残党の恨みは――正しい。玲さまを殺した者たちは、ただの逆賊では、ない。無実を晴らそうと、する者たち、なのかもしれぬ。


 そして、玲さまは。その、父の罪を、知ってしまった。だから――


 背筋が、冷えた。


「玲さまは、この真実を」わたしは、呟いた。「知ってしまったから、口を……」


 その時。


 納戸の外で。足音が、した。


 複数の。こちらへ、近づいてくる。


 冴斗が、素早く、灯りを吹き消した。闇の中で、彼の手が、わたしの腕を掴んだ。


(つづく)

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