第十三話 紋の主
書院への道は、榊によって断たれた。あの夜以来、あの男は、まるでわたしの動きを見張るように、館の奥に目を光らせている。忍び込むことは、もはや、叶わぬ。
わたしは、別の道を探すしかなかった。
幾晩か、志乃と、額を突き合わせた。あの、三つ葉の紋を、志乃が幾度も、宙に描く。どこかで、見た。見た気がする。だが、思い出せぬ。老女はそう言って、こめかみを揉んだ。
そして、ある夜。
志乃が、はっと、顔を上げた。
「……思い出しました」その声は、掠れていた。「あれは……もう、二十年も前。わたくしが、まだ若かった頃。琴宮に出入りしていた、ある家の……」
志乃の顔から、血の気が引いていく。
「柏木。柏木、という家でございます。三つ葉柏に、割菱。あれは、確かに、柏木の紋」
「柏木……」わたしは、その名を、口の中で転がした。「どのような、家なのですか」
「もう、ありませぬ」志乃は、首を振った。「二十年前に……取り潰しになった家。それゆえ、いまの世に、その紋を知る者も、少ないのです」
「なにゆえ、取り潰しに?」
志乃は、しばらく逡巡していた。だが、やがて、意を決したように、声を落とした。
「……子細は、存じませぬ。なれど、噂に、聞いたことが。柏木の家は――先代の、琴宮のお殿さまと、何か、深い遺恨があったと。それゆえ、罪を着せられ、家を潰された、のだと」
先代の、琴宮の殿。玲さまと、その兄・影虎さまの、父。
わたしの中で、糸が、細く、繋がりかけた。
二十年前、琴宮に潰された、柏木の家。その柏木の紋を持つ者が、あの夜、玲さまを手にかけて、離れから消えた。
――これは、恨みの、返報なのか。父の代の罪が、娘の命で、贖われたのか。
だとすれば。玲さまを殺した者は、いまも、琴宮を――そしてその血を引く者を、憎み続けている。
わたしは、玲さまの顔を、している。
背筋が、粟立った。もし、その者が、玲は生きていると信じているなら。あるいは、琴宮の血を、根絶やしにするつもりなら。次に狙われるのは――
と、そこまで考えて。わたしは、ふと、あることに思い当たり、凍りついた。
柏木。三つ葉柏。
その紋を――わたしは、この氷室の館で、見たことが、ある。
いつか。どこで。必死に、記憶を手繰る。そうだ、あれは――輿入れの、祝言の日。居並ぶ、氷室方の者たちの中に。末席に控えていた、一人の侍。その、裃の肩に。
円の中の、三つ葉柏。割菱。
間違い、ない。あの紋が、あった。
滅んだはずの、柏木の紋を持つ者が――この、氷室の館の、内に、いる。
(つづく)




