第十一話 消えぬ紋
夕餉の席は、地獄だった。
膳を挟んで、冴斗と向かい合う。傍らには、榊が控えている。あの、襖の外にいた男が。
わたしは箸を動かしながら、必死に、二人を読んでいた。榊は、どこまで聞いたのか。志乃があの夜のことを――離れの人影のことを、口にしたのを、聞かれてはいまいか。
だが、榊の顔は、いつもの油断のない無表情のまま、何も読ませなかった。冴斗もまた、静かに箸を進めるばかりで、その内心は、氷の底に沈んでいる。
「食が、進まぬようだな」
ふいに、冴斗が言った。わたしの心の臓が、跳ねた。
「……いえ。少し、疲れが」
「客人の相手は、骨が折れよう」冴斗の眼が、わたしを見た。「綾小路の姫とは、旧交を温められたか」
わたしは、その問いの底を探った。ただの世間話か。それとも――何かを、確かめているのか。
「……はい。おかげさまで」
当たり障りのない返事を選ぶ。だが、冴斗の眼は、しばらく、わたしの上に留まっていた。何かを、言いたげに。あるいは、こちらの言わぬことを、読み取ろうとするように。結局、彼は何も言わず、ただ、静かに盃を、口へ運んだ。
その夜更け。ようやく人目が絶えてから、わたしは、志乃の局へ忍んでいった。
「志乃。夕餉の前の、続きを」わたしは、声を潜めた。「離れから消えた者の、家紋。あなたは、見たと言った。……あれは、誰の紋でしたか」
志乃の顔が、こわばった。彼女は、襖のほうを、幾度もうかがった。榊の気配を、恐れているのだ。
「……声にするのも、恐ろしゅうございます」志乃は、震える声で言った。「なれど――申し上げても、詮ないことかもしれませぬ。わたくしには、あの紋が……誰の紋か、わからぬのです」
「わからぬ?」
「見たことの、ない紋でした。琴宮のものでも、氷室のものでもない。都の、名だたる家々の紋とも、違う。……わたくしの知らぬ、家の紋だったのです」
志乃は、震える指で、畳の上に、その紋を描いてみせた。
円の中に、三つの――何かの葉のような、鋭い形が、より合わさった紋。中央に、小さな菱形が、一つ。
わたしは、それを、目に焼きつけた。読み書きはできずとも、形を写しとることだけは、誰にも負けぬ。この紋を、わたしは、決して忘れまい。
「この紋の主が」わたしは、呟いた。「姫さまを……」
「わかりませぬ」志乃は、首を振った。「なれど、あの夜、離れにいたのは、確か。それだけは……」
わたしは、畳に描かれた紋を、見つめた。
円の中の、三つの葉。誰とも知れぬ、その家の、しるし。
これをたどれば。姫さまを手にかけた者に、行き着くのかもしれない。
だが――どうやって? わたしは、字も読めぬ。家々の紋を記した書物を、繙くことも、できぬ。人に問えば、なぜそんなことを、と怪しまれる。
誰の紋とも知れぬ、一つのしるしだけを頼りに。わたしは、たった一人で、それを突き止めねばならない。
(つづく)




