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勇者の首が落ちる朝 ~魔王を倒した男は、なぜ処刑されたのか~  作者: たま8


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二章 第1話 あてがわれた仲間

 王は、俺を疑わなかった。


 玉座の間に通された俺は、偽の紋章を見せた。


 服の前を開くと、神官たちの視線が一斉に胸元へ集まった。痛みはもうほとんど引いていたが、見られるたびに傷の奥が熱を持つような気がした。神官の一人が祈りの言葉を唱え、別の一人が紋章へ手をかざす。俺は息を殺していた。


 誰か一人でも眉をひそめれば、そこで終わりだった。


 だが、誰も疑わなかった。


 神官たちは膝をつき、王は玉座の上から深く息を吐いた。安堵の息だった。俺という人間を信じたのではない。胸に刻まれた形を信じたのだ。


 小さな村で神託があったこと。直後に魔物の襲撃で村も神官たちも失われたこと。そこから一人、胸に証を持つ若者が王都へたどり着いたこと。


 その物語は、あまりに都合がよかった。


 だが、都合がよすぎるほど、人は信じたがることがある。


 魔王の影が濃くなっている時勢だった。北の砦が襲われ、東の街道では魔物が増え、王都にも不安が広がっていた。神が勇者を選んだという知らせは、人々が欲しがっていた救いそのものだった。


 俺は、その救いの形をしていた。


 名前はユリス。農村出身。王都に縁もなく、家柄もない。普通なら、玉座の間へ入れるような人間ではない。だが、胸に勇者の証があった。それだけで兵士は道を開け、神官は膝をつき、王は俺に直接声をかけた。


 俺は、笑いそうになった。


 世界は、こんなものなのかと思った。


 泥の中でどれだけ手を荒らしても、誰も俺を見なかった。重い荷を運び、畑を耕し、どうすれば少しでもましに生きられるか考えても、俺の声は村の外へ届かなかった。何者でもない人間の努力など、誰の目にも留まらない。


 だが、胸にひとつ印があるだけで、すべてが変わった。


 兵士は道を開ける。神官は頭を垂れる。王は俺の名を呼ぶ。


 偽物の印だ。


 裏通りの男に彫らせ、血で口を塞いだ印だ。


 それでも、王城の扉は開いた。


 世界は俺を見なかったのではない。見るための形を持つ者しか、見ようとしなかったのだ。


 王は俺を勇者として遇した。だが、すぐに魔王討伐へ向かわせるほど愚かではなかった。まずは試験的な任務を受け、実力を示すことになった。そのために、王国側から仲間をつけると言われた。


 あてがわれた仲間。


 俺はその言葉を内心でそう受け取った。


 勇者とはいえ、俺一人では何もできない。王国も神殿もそれを理解している。だから、信用できる人間をそばにつける。支援であり、監視でもある。俺はそう考えた。実際、間違ってはいなかったと思う。


 最初に紹介されたのは、騎士クラウスだった。


 背が高く、肩幅があり、立っているだけで生真面目さがにじみ出る男だった。鎧は磨かれていたが、装飾は少ない。貴族の遊び半分の騎士ではない。実戦を知っている体つきだった。目はまっすぐで、俺を見ると深く一礼した。


「王国騎士団所属、クラウスと申します。勇者殿の盾として同行を命じられました」


 勇者殿。


 そう呼ばれた。


 俺は内心で少しだけ身構えた。こういう男は苦手だ。正しさを信じ、規律を信じ、嘘を嫌う。俺のような人間にとって、一番そばに置きたくない種類の男だった。


 だが、盾としては使える。


 そうも思った。


 最初の俺は、仲間をそういうふうに見ていた。こいつは前で攻撃を受ける役。俺の弱さを隠す壁。いざというとき、敵の初撃を受けてくれる道具。そう考えなければ怖かった。人として見れば、嘘が重くなる。信頼されれば、裏切りが痛くなる。だから役割で見た。


 クラウスは、そんな俺の内心など知らず、まっすぐに言った。


「勇者殿の任に恥じぬよう、全力を尽くします」


「ああ。頼む」


 俺は、できるだけ落ち着いた声で答えた。


 次に紹介されたのは、魔術師セレナだった。


 黒に近い青の外套を着た、細身の女だった。年は俺と近い。目つきは鋭いが、冷たいわけではない。むしろ、何でも観察している目だった。彼女は俺の胸元へ一瞬視線を向け、それから丁寧に頭を下げた。


「王立魔術院所属、セレナです。攻撃魔術、結界、簡易治癒、魔力解析を担当します」


 俺は、その説明の長さに少し圧倒された。


「ずいぶん多いな」


「少人数行動になると聞いていますので、担当範囲は広くなります」


「便利だ」


 そう言った瞬間、セレナの眉がわずかに動いた。


「便利な道具ではありません」


「ああ、悪い。そういう意味じゃない」


「そう聞こえました」


 最初の印象は、あまり良くなかったと思う。


 だが、セレナは正しかった。俺は実際、彼女を便利な道具として見ようとしていた。魔術火力。結界。治癒。解析。俺ができないことを埋める道具。そう考えれば楽だった。彼女がどういう人間で、何を考え、何を恐れているのかを見なくて済む。


 彼女は、その空気を見抜いたのかもしれない。


 最後に来たのが、エスカだった。


 彼女は部屋に入ってきた時点で、すでに帰りたそうな顔をしていた。小柄で、軽装。腰に短剣を二本、靴にも薄い刃を仕込んでいるのが見えた。俺と目が合うと、すぐに逸らした。


「斥候のエスカです」


 声が小さい。


 クラウスが横で眉をひそめた。


「もっとはっきり名乗れ」


「斥候のエスカです」


 今度は少しだけ大きかった。


 俺は思わず笑いそうになった。


「怖いのか」


 聞くと、エスカは即答した。


「怖いです」


 隠さないのか。


「勇者様の一行に入れると聞いて、最初に思ったのは栄誉ではなく、死ぬのでは、でした」


 あまりに正直だった。


 クラウスが額に手を当てる。セレナは少しだけ目を細めた。俺は今度こそ笑った。


「正直でいい」


「褒められていますか」


「半分くらい」


「半分」


 エスカは不安そうに俺を見た。


 使えるのか。勇者の一行に、こんなに怖がる人間を入れていいのか。


 だが、そう考えた直後に、別の見方も浮かんだ。臆病な人間は危険に敏い。逃げ道を探す。足音を聞く。暗がりを見る。勇敢すぎる斥候より、よほど生き残るかもしれない。危険を拾う目として役に立つだろう。


 俺の一行は、こうして決まった。


 実直な騎士。


 真面目な魔術師。


 臆病な斥候。


 そして、偽の勇者。


 王から与えられた部屋へ戻ったあと、俺は一人で胸元を押さえた。


 服の下には偽の紋章がある。指でなぞると、彫られた線の凹凸が分かった。まだ完全には馴染んでいない。皮膚の奥に鈍い熱が残っていて、押せば痛む。その痛みだけが、これが本物ではないことを俺に思い出させた。


 これひとつで、俺は勇者になった。


 これひとつで、王は俺に声をかけ、神官は膝をつき、兵士は道を開けた。クラウスは俺の盾になり、セレナは俺の魔術師になり、エスカは俺の斥候になった。


 俺のために。


 その言葉が、胸の内側で奇妙に重く響いた。


 恐ろしかった。


 だが、それ以上に、まだどこかで浮き立っていた。


 俺は勇者と呼ばれた。仲間を与えられた。王の前に立った。アルスが立つはずだった場所に、俺が立っている。


 その事実が、胸の奥で熱を持っていた。罪の熱なのか、喜びの熱なのか、俺には分からなかった。分からなかったが、それを消したいとは思わなかった。


 そこが、たぶん一番救いようのないところだった。


 ここから先は、もう引き返せない。


 俺は勇者として、最初の任務へ向かうことになった。

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