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金曜日に贈る和歌  作者: 朝凪


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19/20

あかねさす 番外編

◆茜音の母視点


4月のある夕方

仕事から帰ってきた私は、リビングで妙に静かな空気に首をかしげた

いつもなら茜音はテレビをつけたままお菓子を食べ、だらだらしながらスマホをいじっている

それなのに今日はーー


(え、机に向かってる……?)


そっと覗くと、


「えっと……『あかねさす』は……額田王……紫草……やっぱ背景やば……」


ぶつぶつ言いながら古典の教科書を読んでいる

しかも、付箋まで貼ってある


(どうしたの!?誰!?)


とりあえず声をかける


「茜音、勉強?珍しいねぇ」

「……うん。古典、面白いかも」

「え?古典が?あの茜音が?」


うちの娘は、数学より古典が嫌いなはずだ

以前など「枕詞って何……?」と言ったまま沈黙していた

それが今、ペンまで持って問題を解いている


「急にどうしたの?」


茜音は照れくさそうに、引き出しから大事そうに紫の封筒を取り出した


「ママ……これね、和歌が届いたの。めっちゃかっこよくて……それで、調べたらさ……歴史ドラマみたいで……」


便箋を見せてもらった瞬間、私まで息をのんだ


——漆黒の筆文字

——薄紫の紙

——雅やかな2首


「……綺麗ねぇ……。こんな手紙、嬉しいだろうね」

「でしょ!?しかも背景やばいんだよ。昼ドラなの!」


勢いよく説明が始まった

『額田王がね——』『中大兄皇子と——』『壬申の乱が——』


(ああ、この子、本当にツボに入ったんだ……)


こんなに目を輝かせて古典を語る娘を見るのは初めてだった

それから数日。茜音は古典に夢中になり

気がつけば期末テストで 90 点


答案を見た娘の


「私……出来た……!」


という表情に、母は思わず胸が熱くなった


(きっかけって……本当に大事ねぇ)


あの紫の封筒は、

娘の未来をほんの少し変えてくれたのだ


ーーーーーーー

◆紫野に誘われて


その週の火曜日

桜は朝のほうじ茶を飲みながら、届いた依頼を1つずつ開いていた


「えーと……“古典が苦手です。何か面白い和歌が読みたいです”……」


桜はくすっと微笑む


「可愛い依頼ね。学生さんかな?ただ難しい歌を送るだけじゃ、きっと響かない……」


彼女は棚から古い和歌の本を取り出し、ぱらぱらとページをめくる


「“面白い”……“物語がある”……“一読でドラマがわかる”……そんな歌……」


そこで指が止まった

額田王と大海人皇子の有名な贈答歌


「これ……いいわ。背景がめちゃくちゃ濃くて、ちょっと調べたら“えっ!?”って驚くはず」


学生が読むには刺激が強いかとも思った

しかし、物語の強度は抜群だ


桜は紫野にちなみ、紫色の封筒と便箋を選んだ


「紫が映える歌だものね……。筆は漆黒にしよう」


筆を走らせながら桜は思う


「難しい言葉でも、恋の歌なら心に残る。千年以上前の人も、私達と同じように恋や嫉妬で揺れてた。それに気づいてくれたら、それだけでいいわ」


書き終えた2首をそっと乾かし、封筒に入れる


「この子の世界が、少しでも広がりますように」


静かに願いながら、桜はポストへ向かった


後日、茜音が古典に目覚めたことを桜が知ることはない

しかしーー

桜が選んだ筆文字の2首は、確かにひとりの女子高生の人生を、そっと明るい方へ押していた

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