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金曜日に贈る和歌  作者: 朝凪


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18/20

あかねさす

4月の終わり。新学期が始まってしばらく経ち、学校生活にも慣れてきた頃だった

けれど、女子高生の茜音にとって1つだけ憂鬱なものがある。それはーー古典の授業だ


「はぁ……」


放課後、返されたばかりの小テストを見て、茜音は深いため息をつく

赤ペンでつけられた点数は、決して良いとは言えないものだった


「意味わかんないし、覚えられないし……何が楽しいの、これ……」


隣の席の友達が「またやばかったの?」と覗き込んでくる


「やばいどころじゃないよ。もう古典だけ別の世界の言語って感じ」


そう言って机に突っ伏す茜音

“嫌い”というより“遠い”のだ。千年以上前の言葉も、人物も、自分とは何の関係もないもののように思えてしまう


「もっと面白く古典を学べないかなぁ……」


その何気ない一言が、少しだけ未来を変えることになる


ーーーーーーー


その日の夜。ベッドに寝転がりながらスマホをいじっていた茜音は、ふと目に留まったサイトを開いた


ーー金曜日に贈る和歌


リクエストに応じて和歌を送ってくれるサービスらしい。半信半疑でページを眺めていたが、どこか惹かれるものがあった


「……面白い和歌とか、あるのかな」


軽い気持ちで、フォームに打ち込む


“古典が苦手です。何か面白い和歌が読みたいです”


送信ボタンを押しても、正直あまり期待はしていなかった。ただの気まぐれだった


ーーーーーーー


そして金曜日

学校から帰ってポストを開けると、美しい紫色の封筒が入っていた。思わず「えっ」と声が出る。手に取ると、紙の質感がしっとりとしていて、どこか特別なもののように感じられた


「なにこれ、めっちゃ綺麗……!」


部屋に駆け込み、机の上でそっと封を開ける

中には薄紫色の便箋が一 1枚。そこに、漆黒の筆文字で2首の和歌が書かれていた



あかねさす紫野行き標野行き

野守は見ずや君が袖振る


紫草のにほへる妹を憎くあらば

人妻故に我れ恋ひめやも



「……ん?」


一読しただけでは意味が分からない。だが、なぜか気になって仕方がなかった。茜音はすぐにスマホで調べ始める


そして数分後ーー


「えっ……!?」


思わず大声が出た


「額田王と大海人皇子って元々夫婦なの!?で、この歌の時は額田王は中大兄皇子の妻!?しかもその2人、兄弟なの!?」


情報を追うごとに、頭の中がどんどん騒がしくなる


「ちょっと待って、これ完全に昼ドラじゃん!!」


さらに調べていくと、歴史はもっと激しく絡み合っていく


「え、この後に壬申の乱!?中大兄皇子の息子と大海人皇子で争うの!?いや怖くない!?どんだけドロドロしてるの!?」


さっきまで“遠い世界”だったはずの古典が、一気に生々しい人間ドラマとして立ち上がってきた。恋、嫉妬、権力、血縁ーー現代と何も変わらない感情が、そこには確かにあった。


「……何これ、めっちゃ面白いじゃん」


気づけば、茜音は夢中で和歌とその背景を読み漁っていた


ーーーーーーー


それからというもの、茜音は変わった


古典の授業中も、ただノートを写すだけではなく、「この歌の人ってどんな人だったんだろう」と考えるようになる

教科書に載っている1首1首の裏側に、人の感情や関係性を探すようになった


「ねえ、この歌ってさ、もしかして未練タラタラじゃない?」

「この人、絶対重いタイプでしょ」


そんなふうに、友達と笑いながら話すことも増えた

先生も、ある日の授業でふと気づく


「茜音さん、最近よく手が挙がるね」

「え、あ……なんか、ちょっと面白くなってきて」


照れながら答える茜音の目は、以前よりもずっと生き生きとしていた


ーーーーーーー


そして迎えた、5月の中間テスト

結果が返ってきた日、クラスはざわついた


「え、茜音、古典90点!? うそでしょ!?」

「自分でもびっくりしてる……」


テスト用紙を見つめながら、茜音は少しだけ誇らしそうに笑った

きっかけは、たった2首の和歌

けれどその出会いは、彼女にとって“遠い世界”だった古典を、ぐっと身近なものへと変えてくれた

机の引き出しには、あの紫色の封筒が大切にしまわれている


「……またお願いしてみようかな」


そう呟きながら、茜音は次のページをめくるのだった




・和歌

あかねさす紫野行き標野行き

野守は見ずや君が袖振る

(万葉集 額田王)


紫草のにほへる妹を憎くあらば

人妻故に我れ恋ひめやも

(万葉集 大海人皇子)

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