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金曜日に贈る和歌  作者: 朝凪


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17/20

1人の夜

4月。春の夜はどこかやわらかく、更けていく時間さえ心地よい。そんな木曜日の夜、桜は机に向かい、編み物に没頭していた

手元にあるのは、丸くて愛らしい猫の編みぐるみ。淡い色の毛糸を使い、ひと目ひと目、丁寧に編み進めていく。耳の形はこれでいいか、しっぽはもう少しふっくらさせようかーー考えながら手を動かす時間は、桜にとって何よりの癒しだった

気づけば部屋の中はしんと静まり返り、時計の針だけが規則正しく進んでいる。けれど桜の意識はすっかり編みぐるみに向いていて、時間の感覚はとうに薄れていた


「もうちょっとだけ……」


そう呟きながら、最後の仕上げに取りかかる。小さな目をつけ、形を整え、糸を始末する。ようやく完成した猫を手のひらに乗せた瞬間ーーふと違和感を覚えた


カーテンの隙間から、うっすらと光が差し込んでいる


「……え?」


顔を上げると、窓の外はすでに白み始めていた


「え、もうこんな時間……?」


思わず声に出してしまい、桜はぱちぱちと瞬きをする。どうやら夢中になるあまり、一晩中編み続けていたらしい。もう金曜日だ

そのとき、ふと昔の和歌が頭をよぎる


(あしびきの山鳥の尾のしだり尾の長ながし夜をひとりかも寝む……)


長い長い夜を、ひとり寂しく過ごすーーそんな意味の歌。けれど桜は、くすっと笑った


「全然、寂しくないけどね」


確かにひとりの夜だった。けれど、好きなことに夢中になっている時間は、不思議と孤独を感じさせない。むしろ、満ち足りた静けさがそこにはあった

出来上がった猫の編みぐるみを見つめ、桜は満足そうに頷く


「……よし、いい感じ」


達成感と心地よい疲れが、じんわりと体に広がる。窓の外では朝日が少しずつ強くなり、鳥の声がかすかに聞こえ始めていた


「今日はもう……寝よう」


ぽつりと呟き、桜は編みぐるみをそっと机に置く。そのまま布団に潜り込むと、体がふわりと沈み込むようだった


「たまには、こういうのもいいよね……」


夜をまるごと使って好きなことに没頭する贅沢。そんな小さな幸福を胸に抱きながら、桜はゆっくりと目を閉じた

……今日は少しだけ、惰眠を貪る日にしよう




・和歌

あしびきの山鳥の尾のしだり尾の

長ながし夜をひとりかも寝む

(拾遺和歌集 柿本人麻呂)

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