花の色は
4月のことだ
雨が降ったり止んだりを繰り返す、どこか落ち着かない季節だった。晴れたかと思えばすぐに曇り、気づけばまた細い雨が地面を濡らしている。そんな移ろいやすい空模様を映すように、庭の桜もまた、少しずつその姿を変えていた
その金曜日も、しとしとと静かな雨が降っていた
桜は湯気の立つ湯のみを手に、縁側に腰かけて庭を眺めている。やわらかな雨に濡れた桜の木は、満開の華やかさを過ぎ、花びらがひらひらと風に乗って散っていた。地面には淡い色の絨毯が広がり、枝先はどこか心細く見える
桜はその光景を見つめながら、ふと小さく歌を口ずさんだ
「花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに」
小野小町の歌
長雨を眺めているうちに、花の色はすっかり褪せてしまったーーそんな意味を持つ1首だ
けれどその“ながめ”には、ただの雨ではなく、物思いに沈む時間という響きも重なっている
「……ほんと、よくできてるよなあ」
桜は湯のみを両手で包みながら、静かに息を吐いた
散りゆく花に、自分の時間や人生を重ねる感覚。昔の人たちは、こうして目の前の自然から、変わっていくものの儚さをすくい取っていたのだろう
雨に濡れて落ちていく花びらは、決して悲しいだけではない。むしろ、その一瞬の美しさがあるからこそ、人は足を止めて見上げるのだ
「儚いからこそ、美しくありたいよね……」
誰に向けたわけでもない言葉が、静かに雨の音へと溶けていく
永遠ではないからこそ、今この瞬間を丁寧に生きる。そうありたいと、桜は思った
湯のみの中のお茶を飲み干し、ふうとひと息つく。
庭の桜はなおも花を散らし続けていたが、その姿はどこか凛として見えた。まるで、終わりへ向かうことさえ受け入れているかのように
雨音の中で、桜はしばらくその景色を眺めていた
・和歌
花の色はうつりにけりないたづらに
わが身世にふるながめせしまに
(古今和歌集 小野小町)




