夏来る
立夏の日。暦の上では、この日から夏が始まる
朝から空は見事な快晴で、雲ひとつない青がどこまでも広がっていた。風は爽やかなのに、日差しはすでに強い。まだ5月だというのに、肌に触れる空気には初夏の熱が混じっている
京極桜は、庭先で洗濯物を干していた
洗いたての白いシャツやシーツを、ぱん、と軽く振って物干し竿に掛けていく。洗剤の清潔な香りが風に乗り、眩しい陽射しの中で白い布がふわりとはためいた
「……いい天気」
額の汗を軽く拭いながら、桜は空を見上げる。春の柔らかさはまだ残っているけれど、その向こうから確かに夏が近づいてきているのが分かった
風に揺れる白い洗濯物を眺めているうちに、桜の口から自然と1首の和歌がこぼれる
「春すぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山……」
百人一首にも収められている、持統天皇の有名な歌だ
春が過ぎ、夏がやって来たらしい。天の香具山には、真っ白な衣が干されている――。そんな意味を持つこの歌は、季節が移り変わる瞬間を鮮やかに切り取っている
「昔の人も、こういう景色を見てたのかな」
桜は少し微笑む
白い衣が風に揺れる光景。強くなり始めた日差し。空の青さーー。千年以上前の人々も、同じように“夏が来る”気配を感じ取っていたのだろう
季節はいつだって静かに巡る。昨日まで春だと思っていたのに、気づけば景色の色や空気の温度が変わっている
桜は最後の1枚を干し終えると、揺れる白い服を眺めながら小さく息をついた
「……夏、来るんだなぁ」
その声には、少しの期待と、少しの名残惜しさが混じっていた
庭先では白い布がぱたぱたと音を立て、初夏の風に揺れている
夏は、もう確実に近づいていた
・和歌
春すぎて夏来にけらし白妙の
衣ほすてふ天の香具山
(新古今和歌集 持統天皇)




