“穏やかな”夜の翌日
朝――。
「……ん、う……ぅあ……」
寝台の中、真珠は目を覚ました。目覚めの第一声が、可憐なあくびや伸びではなく、呻きだったのは言うまでもない。
「……なんで……優しかったのに……なんでこんなに……腰が……ッ!!」
思わず声に出たその叫びに、部屋の外に控えていた侍女が小さく震えた。
(……昨晩は穏やかだったはずなのに……なぜ毎回こうなるのか……)
恐る恐るカーテンを開けると、真珠はいつもの通りに起きようとして、「ぃっ……いたた……!」と呻き、腰を押さえながらゆっくりと起き上がった。
侍女は手慣れた様子で、湯を用意しながら何も聞かず何も言わない。ただその背中は、“察し”に満ちていた。
朝の支度を終え、真珠は政務の間へ向かう。が、歩き方が尋常でなかった。
すり足。
一歩踏み出すごとに顔が引きつる。腰は微妙に前傾し、脚は内股気味に震えている。
「……わ、私、今日も、頑張る……!」
そう自分に言い聞かせながら向かうその姿は、まさに地獄から帰還した勇者。
通りすがる女官が、そっと囁き合う。
『お、お妃様、昨晩は優しくしてもらうと仰っていたのでは……?」
『優しくの定義が……異次元なのかも……』
『ああ……』
すれ違う女官らも察した様子で頭を垂れていた。
政務の合間、ようやく座った真珠は机に顔を伏せた。
「はぁ……だめだ……椅子の固さが……殺す気か……」
そこへアサナが静かに近づき、そっと薬草茶を差し出す。
「……朝のお加減、いかがですか?」
「……うん……見たらわかるでしょ……」
「はい、拝見した通りです。あの、穏やかな夜だったと聞いておりますが」
「それが……穏やかだったの……! 最初は!」
「ええ、最初は、ですね……以降は愛の情熱だったと」
アサナは淡々と記録をつけながら、坊っちゃま……あなたはやはり規格外ですね……という認識を心に深く刻んだ。
その夜、真珠が部屋に戻ると、そこには香が焚かれ、床はぬくもりを湛えていた。
そして、背後からウルの声が落ちる。
「……今日も、お前と、子を育む夜だ」
「え、ちょ……ちょっと待って……今日は本当に、腰が……あの、お願い、本当に今日はっ!!」
「穏やかに抱いてやろう。俺に任せろ」
「その穏やかが信用できないのよぉおおお!!」
夜はまた、始まろうとしていた。
「……体調は?」
いつものように背後から抱かれ、ウルの低く落ち着いた声が耳をくすぐる。今夜の彼は不思議と静かだった。何かを急かすことも、焦ることもなく、ただ触れる指先がひどく丁寧で──それがむしろ怖かった。
「腹を冷やすな。喉は乾いてないか。痛むところは?」
矢継ぎ早にではなく、確かめるように、一つずつ。
まるで宝物でも扱うような手つきに、真珠は困惑する。
「……あのね、まだ安定期じゃないから……本当に、あんまり……」
震える声で言いかけた唇を、ウルがそっと塞ぐ。目が合った。深く、凪いでいるのに、底知れぬ熱を孕んだ紺碧。
「わかってる……だから、今夜は特別優しくする」
「優しく……って、あの、ちょ、意味がわ──」
言葉を遮るように、ウルの手が寝台へ導いた。清潔なシーツの上、真珠はそのまま抱き下ろされる。身動きできないほど強くは抱かれず、逃がすような余白があるくせに、心だけはがっちりと囲われていた。
「ほら……安心しろ。今日は、全部俺がする」
そう囁かれて、裾をめくられる。露わになった腿に、ウルの指が触れた。ひどく優しい。何度も撫でるように、何度も確かめるように──その手が、熱を込めながらゆっくりと上へと辿っていく。
「……体が、変わっていくのがわかる。俺の子が……ここにいるんだな」
そう呟きながら、うなじに唇が落ちる。刻まれた印の上。すぐに、真珠の全身が震えた。
「だ……め、そこ、触らないで……っ」
「ふふ。反応がいい……妊娠しても、変わらないな。いや、今のほうが……可愛いかもな」
そう言いながら、あられもないほどに脚を開かされる。「優しくする」と言ったくせに、ウルの目には狂気が滲み始めている。
だが挿入は──本当に、優しかった。ゆっくり、ゆっくり、慎重すぎるほどの動き。ひと突きごとに、奥を確かめるように、腹をさすりながら──愛でるような動き。
「……この中で、育つのか。俺とお前の子が」
「ん、ぅ……っ、そんな、意識させないでよ……っ」
「これが現実だ、真珠……もう戻れないと思い知れ」
濃密な交わりは、静かに、ゆるやかに、けれど確実に真珠の理性を溶かしていった。ウルはあくまで優しい。痛ませないよう、乱暴にしないよう、体のすみずみまで気を遣って。
けれど──その「優しさ」の根底には、決して離さないという執念が潜んでいた。
「お前は……俺に孕まされた女だ。もうどこへも行けない」
囁きながら、腹に手を添えて、何度も中で果てて。
それでもまだ足りないと、甘く優しく、真珠を開き直す。
「ほら、もっと……奥まで、教えてやろう。お前の身体が、俺だけのものだということを」
夜が明ける頃には、真珠の脚は閉じることを諦めていた。ウルの言う“優しさ”が、どれだけ執着と同義かを、全身で理解しながら──。




