3章 The wolf howls Ⅳ
ようやく風呂に入れる。この長い長い一日もついに終わりを迎えるとうきうきだった僕は、すぐさま服を脱いで浴槽を覗いたが、浴槽には一滴のお湯すら残っていなかった。風呂自体誰も沸かしていなかったのだ。つまり僕はスネイカーに雑用を一つ押し付けられたということになる。(ツクモは運良く避けたのだ)これだから無知は辛い。始めはシャワーでパパっと済ませようかと邪推したが、風呂を沸かすぐらいサボっては人間が廃ると感じたため、沸かす準備を始めようとした。しかし、水を出すためのひねり蛇口がどこにもなかったのだ。最初は当惑した。でも、この拠点に住んでから日はとてつもなく浅いので何かこの地域の諸事情でもあるのであろうと思い、この拠点のオーナーであるスネイカーを尋ねた。(僕は全裸状態だが、互いにゼイデンの男型であるため特に恥じらいはなかった)
「スネイカー。お湯。出ないんだけど?」
僕が戻った理由を不思議に思っていたらしいスネイカーは、質問の内容を聞くとなるほど。と状況が理解できたようだった。
|なんでこいつ笑ってんの?|
|知るか。俺もアガプトのお風呂事情なんて知ったこっちゃねえよ。|
|まあ。そうだよな。ちょっと待て。小瓶さ。僕を追っかけてた間風呂どうしてたの?|
|仕事してんのに風呂なんか入れるか。川で身体洗い流すだけで十分だぜ。|
スネイカーは左手に持っていた缶ビールを机に置きながら、静かにそうかそうかと笑いながら頷く。
「ああ。この地域というかアガプトは今、ダムを急ピッチで作るくらい水不足だろ?だから風呂沸かしたり、洗濯機使ったりする時に通常の水道代に+して一々金を取ってんだよ。節水のためにってことらしい。貧民街の人間は迷惑してるけどな。」
と言い、ほれ。と10パルを僕に投げ渡した。大事な金なんだから、もっと良い渡し方があるだろと少し不満に思ったが。まあ10パル程度彼にとって大した金ではないのかもしれない。
|糞みたいな税金徴収制度だな。いやらしい額だぜ。|
|どういうこと?|
|この国の日の平均賃金の1/20くらいって言えば理解るか?|
スネイカーは酒が入ってることで、ツクモがバギーを壊したというショックを忘れたのか、ご丁寧に
「蛇口の代わりに硬貨を入れるところがあるだろ?入れたらお湯が出っから。温度は手前のモニターを使って自分で勝手に調節してくれ。」
と説明してくれた。小瓶の説明からも、今スネイカーに言われたことからも分かる通り、世の中は想像よりずっと世知辛いのだった。
風呂場に戻ると、確かに硬貨を入れるためだけに後付されたようなピカピカの入れ口を発見した。硬貨を持っているならばいつでも入れたくなるような、10パル硬貨専用の入れ口だった。すっと入れて、しばらくすると、モニターから聞き慣れた合成音声が
「お湯はりをします。浴槽の栓はしまっていますか?」
と言った。生まれて初めて言われたことだったので、焦って確認すると、なんか絶妙に空いている気がしたから、一応漏れがないようにゴム栓をきつく蓋しておいた。
モニターを確認すると、48度と明記されていた。流石に熱すぎるだろうと思った僕は42度と少しぬるめなお湯に調節した。
|へえ。今こんな機械が併設されてるのか。知らんかった。|
|まあ、スネイカーのことだからMFから取り寄せたんじゃね。|
そうこうしているうちにある程度湯が溜まって来たので、時期尚早かもしれないが僕はせっかちなので、とりあえず入ってみた。
|え?まず最初に体洗ってからじゃないの?|
|個人差じゃない?知らんけど。|
|そんなもんか。|
|そんなもんよ。|
・・・
|ところで何だけどさ。風呂の時間ってさ。お前何してた?|
|すまん。お前の言いたいことがいまいち分からん。|
|だからさ。風呂をある人は心の洗濯といったり、別の人は就寝準備って言ったり、人によって入浴という行為の捉え方は結構個人差あるじゃん。君はどういうふうに捉えていたのかなって。|
|生前は、ただ体をきれいにするための生活習慣としての意味合いが強かった。風呂に関する思い出も考えてみたらあんまねえし。第一、ゴールドハンターって国の組織だから命令があった場合、どんな非常時でも任務遂行が絶対なんだよ。だから夜動くことも多くて、生活が不規則だったから、2日に1回入ることが普通だった。それが習慣化しちゃってサボったりもしたけど。|
|なんか大変そうだね...|
|しょうがない。仕事って、奴隷ってそういうもんだ。お前に今日言った通り、俺は安定が欲しかった。だから、自分で奴隷として生きる道を選んだ。それだけだ。お前はなんでこんなしょうもないことを聞いてきたんだ?|
|ほら、僕ってまともに風呂はいるの初なんだよ。こうやって浴槽にどっぷり浸かるの。だから、みんなどんな気持ちで入ってんのかなあ?っていうただの興味だよ。|
|そうか。じゃあゆっくり浸かってくれ。現状、世界中のゼイデンの中で、このように安らぎを得ているお前は間違いなくイレギュラーだ。|
|やっぱ。世の中に出た時まずい?|
|いやいや。別に負い目を感じる必要はないぜ。むしろ、有り難く思った方が良い。通常、ゼイデン達は生後から大人になるまでの多感な時期を色々な事が足かせになって、思うように経験できないんだ。ソルの最終兵器然りな。その点、お前はお前の視点で物語を動かせるだろう。少なくとも現状は。だから今、色んな事を思考できるだろうし、色んなことを経験できる。この時間を有効活用するってのが今のお前が、自由を奪われたゼイデン達に出来る最低限の礼儀だろうが。|
|そう かな。現状、僕の路は僕しか歩けないし、戻れないから。まあ頑張ってみるよ。|
|それでこそ、お前が在る理由だろ?|
小瓶との会話を終えた僕は、ぐわーっと仰向けになった。暫くの間何も語らず、ただ浴槽から浴室の天井へ向かっていく湯気を見守っていた。液体から抜け出そうと必死に上に逃げる水蒸気達を静かに、静かに見つめているだけだった。
ちょっと分量少なめです。
なおImagine Dragons のMercury Act 2を聞きながら書きました




