第三章 The wolf howlsⅠ
「では、君がスネイカーに言われたことを始めよう。」
僕は初めて自分から言葉を切り出した。僕は小瓶にさっきのように宣言した結果、今まで無かったリーダーシップが芽生えた。今後のビジョン/展望というものの上澄みを理解しだしたからかもしれない。ラッシュとはいかないまでもジャブは出せるといった感じだ。正直何をされるか分からんし、乗り気では無いが、これを実行するってのは自分が活動を始めるための参戦資格なのだ。do or dieの精神である。やるしか道は切り開けないのだ。
「リビングに充電してあるであろう。あいつのデバイスを取ってきてくれ。事はそれがないと始められもしない。」
と言われたので再度階段を降り、そそくさとリビングへ向かった。
リビングに放置されていたデバイスはコードがびっしりと書かれている画面で固定されていた。そのせいか、バッテリー残量は75%から動いていない。画面の上にはこれの他に10個ぐらいのタブが開かれており、中には絶対機密情報そうな、異国語で書かれているタブがいくつかあった。(たぶんスネイカーが消し忘れたのだろう)
「ほいこれ。」
「次に俺の中にある。イヤホンの形をした何かを取り出してくれ。」
思えばこいつが神であるだけの話で、そもそも小瓶=神ではない。小瓶である。つまりは中に入れるものだ。人は物質に異常なまでの概念を宿していると、物質そのものの用途や価値を忘れてしまうという事だろう。例えば、社や寺はパワースポットではなく木造建築であるから普通に燃えるし、御影石はパワースポットである以前に石である。これはこれから僕が陥りそうな状況を見越した、スネイカーからの教訓なのかもしれない。こんなことを思ったりした。
「そういえばさ。君って取っ手と本体どっちが喋っているんだ?」
「いや人じゃないから。発声じゃなくてテレパシーに近い。耳で音を感知するのではなく、脳に直接語りかける感じだ。だから耳をふさいでも...ほら。私の声が聞こえるだろう。」
|なるほど、伊達に神を名乗っているだけのことはあるな。|
と小話を挟みつつ、僕は小瓶から双方の体に取り付けるための2対の粘着パッドが、1つ有線で繋がれているイヤホンのような形状をしている何かを取り出した。想像以上にぎゅうぎゅう詰めにされて入っており、結構取り出すのに苦労した。わざわざジスクの魂を小瓶なんかに入れたスネイカーを少し恨んだ。まあ僕には知らない理由もあるのだろうが。
「そして、プラグをデバイスに接続するんだ。」
「どこにあるんだ。挿入できそうな穴なんてないぞ。」
「大体のデバイスは横にある。」
「ホントだ。」
デバイスの脇には数個の挿入口があり、僕はプラグとの形状と合うものを探した。そしていかにもな挿入口を見つけ出しプラグを挿入した。意図して形を決められた同じ物同士、規格に染まった物同士一切の隙間を作らずカチッとハマった。ガバいことも窮屈なこともなくすっぽりだった。それはそれは実に気持ちの良い音だった。ただこれはパッと出たわけでなく、人が私生活をより良くしようと画策した結果生まれた「仕組まれた」音でもある。
「最後にパッドを俺とお前の身体のどっかにつける。code;cureと同じで素肌はダメらしい。」
「了解」
僕は片方のパッドに貼ってある粘着テープの紙をピリピリと外して胸の下辺り、下着の上にパッドを貼った。寒い時用のしっかり目に作られた下着を着ていたため、服の繊維とテープが完全に引っ付いていて、パッドを外す時に面倒だなと思ったりした。僕はもう一方のパッドを用意し小瓶に付けようとしたが、もともと人間用であるためか、どうしてもサイズが2回りくらい大きい。念の為、小瓶にパッドを切ってもよいか確認を取ることにした。
「君の身体。小さすぎて、すっぽり埋まっちゃうけど大丈夫?」
「念の為切っておくか。中央部分に生体情報を読み取るチップが入ってるけど外側だったら問題ないと思うぜ。壊さないようにだけ気をつけて。」
僕はチタン加工が施されたハサミを取り出し、パッドの外側を切っていった。切り終わると最初はきれいな円形で作られたパッドが汚い六角形になっていたため、僕は手先が不器用であると、こういう仕事は向いていないんだなと確信した。ただ切ってしまったものはしょうがない。後には戻らないのだ。(戒を使う選択肢も考えてはいたが、自分自体このcodeをあんまり知らなかったため、発動は断念した。)幸い大きさの問題解決したようで、僕は小瓶を覆うようにしてパッドを張った。
「これでいい?まだ大きいかな。」
「不格好だけど。チップは傷ついてなさそうだし。まあ大丈夫じゃね。切りすぎちゃって壊れんのが一番面倒だし。」
「それもそっか。」
「そして最後に画面の右下らへんにあるcode:???をcode:dealに書き換える。」
「この赤文字になってるやつか。」
僕はデタウムを使い一時的に身体を矯正することで、全くやり方がわからないキーボードの操作を速やかに完了させた。あるキーを押すだけで、押した文字が画面上に出てくるというデバイスの特徴は、頭で分かっていても未だに理解できずにいる。やはり不思議で仕方がないのだ。しかもこれが過去何百年か前に作られていたというのだから恐ろしい。人類文明の進化が日を追うごとに加速していっているというその現状に対しなんとも言い難い心情を持つ。
「入力しても何もでてこないんだけど?」
「enterキーを押せ。それか画面左上にある再生ボタンをマウスでクリックしろ。」
さすがにマウスを動かしてcodeを動かすというのは面倒だったので、キーボードを見渡しenterキーを探した。他のものとは違う形状のenterキーを発見するのにそう時間はかからなかった。試しにポチッと押したが、画面には大きな赤文字でERRORと出てしまった。どうやら僕は初歩中の初歩、誰でも出来るような単純作業ですら間違えてしまったらしい。なんて情けないやつだと自分が惨めに覚えてきた。でもこれだけで悄気げるという厄介者のレッテルを貼られたくないという意地から、平静を装いながら小瓶に聞いた。
「え?僕なんかやった?」
「どれどれ。ちょっと見せてみろ。」
と言って(仰って)から結構の時間が過ぎた。小瓶は"あー?"とか"ゔーん”とうなだれていた。僕は3文字消して4文字打っただけなのにこんな面倒なことになろうとは。いつになったら、フリーな時間を得れるんだとか憤りつつ、まあこのプログラム自体一万文字以上はゆうに超えている大作なので、まあ、あのスネイカーといえども間違えたのだろうと現状を他人のせいにしつつで自分が人間の本性に迫っているこの感覚。反吐が出る。
「ああ。なるほど。思ったより簡単だ。キーボード左にCaps Lockってあるだろ?それでお前が書いたdealの文字が大文字になってる。もう一度Caps Lockを押して、小文字に直して再度dealを打てばいい。」
「なるほど。」
残念だ。解決法が思ったより単純だった。codeの長さからしてかなりの長期戦を覚悟していたが、解決方法は単純明快であり、味気のなさを感じた。本当にほんの一瞬で問題を解決した。してしまったものだから、僕はどうにもこうにも反応できず何かここにいる自分が損しているように思えた。当初の予定では5時間くらいかけて2人で苦難の道を辿り、ラストシーンでは僕と小瓶が共に涙を流して抱き合う感動的な絵になるはずだったのだ。
「ふーん。この程度でお前はデタウムを使うのか。どうやらデバイスで文字を打つのが苦手なようだな。」
「苦手というわけじゃない。やり方だけを知っててもできないものはいくらでもあるさ。」
僕にとっても、文字を大文字に変えるというだけでデタウムを使うのは癪である。キーボードなどという初めてのものだから、事の進行をスムーズにするには使わざる負えないという感じだ。
僕がenterキーをクリック(2回目)をすると、画面は突如緑色に変わった。そして、聞き慣れた合成音声と共に付け焼き刃のような字幕が出た。
The code is fine.
Read the biomedical data of the two of you.
「なんて書いてあるか分かるか?」
「いや。さっぱり。俺外国語に関しては5教科の中で一番悪かったからな。でも、これは旧大陸の技術では到底不可能だ。多分新大陸の言語だろう。」
You must rest for a while.
2%...13%...23%...31%...38%...40%...43%
「これちゃんとローディングできてる?止まってない?」
「ああ。大体こういうのって30%〜50%帯でとまったりすんだよ。迷信だけど。」
迷信かよ。
53%...75%...96%...100%
correct.
迷信は意外と正しいのかもしれない。
⚠CAUTIONS
The device sends you shocks which stimulate your brains.
「危険マークが出ているね。これって大丈夫?罠にはめられたとかじゃないよね?」
「まあプルトニウムとかウランを運んでる時に書いてあるやつじゃないから多分ね。身体に支障はなさそうだけど。」
しかし、小瓶の読みは見事に外れたのである。支障をきたしたのは身体の方であった。ただ、小瓶には実体がないため、”僕の身体”だけが支障をきたしたということになる。ちなみに僕はしばらく悶えていたので画面の変容は全くわからなかった。(そもそも読めない文字を見たところで何も得られないのである)
手始めに、徐々に息が荒くなった。肺が潰される…というわけでなく酸欠状態になる感じに近い。呼吸を深くせざる負えない状態だ。全く動いていないのに、手のひらから冷や汗がにじみ出てきた。
その後、心臓の拍動が早くなったり、遅くなったり、自由自在に変化した。まあ変化というよりは誰かに操作されているようだった。つまるところ、不整脈(強制)である。これに関しては痛いというよりただただ気持ち悪かった。
最後、これがかなりの問題だった。打撲してないのに何度も脳震盪が起こるのである。しかも毎度脳震盪を起こしては自然治癒される無駄なサイクル付きである。毎度の如く理不尽に内出血(脳の)を起こしては跡形もなく治癒されるのはほぼ拷問だった。
・・・
目を開けたらやはり白い天井だった。驚くべきことに僕は今日だけで2回も気絶したのである。同じ場所でだ。そして、同じ場所で起きた。ただ、朝に登る威勢のよい黄色い太陽は、今では徐々に沈み、夜にまみれて就寝準備を開始している。むしろ今日1日外に出ていないため、外界を知るにはそれしか方法がなかったとも言えるが。僕は体を起こし部屋の壁を静かに見ている。何も思わず、何も考えず、虚ろな目で何も無い白壁をただ見つめていた。
|おい。聞こえるか?|
小瓶も気絶1回目の時と変わらず僕のテーブルの上で鎮座していた。ただ、前よりも小瓶の声がクリアに、自然に聞こえる気がした。テレパシーのように語りかけるのではなく、自分と小瓶が繋がっている感じだ。自分以外の誰かと意識化で通じている状態。摩訶不思議で僕の語彙力ではとてもじゃないが言い表せない。「キンキ」とはいかないものの、超常的な何か。僕という筏はまた一つ重りを背負ってしまった。もう転覆寸前である。
|うん。聞こえる。それに君の声がテレパシーとかじゃなくて、意識になってる。|
「まあ一応成功したわけか。」
また、小瓶との小話が終わりに迫っていた時、白髪の老人が部屋に入ろうとしてきた。部屋のドアはどこぞの暴力少女によってあとも残っていない状態だったので、ドア越しに誰かいるのかわからないという恐怖心は発動すらなかった。(ちなみに、強盗に入られるよりツクモに入られる方がよっぽど怖い。前者は最悪存在をなくすだけでよいが、後者はただでは済まないからだ。)黒幕でも頼れる人でもない、いうなればこの物語の真打ちの登場である。
「第1フェーズ終了ってことかな。」
スネイカーは一安心したような顔で言った。多分、彼は一連の過程が成功したからというより、1日で行為終わったことに安堵しているのだ。なぜなら失敗が一番彼は許せないのである。(なお全て彼にとっての失敗はしてないというだけで社会的に見たら多くの失敗をしている)
彼の至る所から臭ってくる葉巻の臭いはもう2回も気絶するくらいには時間が立っているのもあって、気にならなかったが、彼が着ていた白衣の右袖には新たな葉巻汚れがあった。
「そうですね。あなたがやろうとしたことは全て完遂できましたよ。まあ道中2回ほど気絶していましたがね。」
と、目的遂行と多少の皮肉を伝えるとスネイカーはニンマリと笑った。あの能無しよりかは物わかりがある(空気は読めない)から、僕の思いは伝わっただろう。だから、彼は笑えるのだ。僕は僕が彼の手のひらで踊らされているという事実を知りながらも、僕自身、彼が何を企んでいるかが分からないため、この現状に関して、ただ従うしか選択肢が無いということを。を知っているから。そして僕は知っている、彼がそんな僕に同情の余地無く、ただ滑稽であるとという理由から笑っている事を。
「まあ一回目に関して、私も戒の行使に出たことは謝らんとな。せっかちも治すべきだ。」
と彼は笑いながら言った。正直笑い事ではない。彼の戒を少なくとも憶えてしまった事の責任と与えられた痛みはもう回復できず、背負うべき義務となって僕の中にいるのだ。”秘密”とか”約束”とかいう軽いものではなく、公言すべきでない責務が重荷となっている現状、それをただの笑い事へと彼は昇華させたのである。彼は自身に降りかかるべき一切の責任を僕に転嫁したのだ。そして、それが出来ないお人好しの僕が何よりムカつくのだ。せめてもと僕は嫌味と敬意を込めて彼にこう言った。
「いや。あなたのお陰で今日一日でここまでできたと考えたらありがたい限りですよ。」
と、言う。事実二度気絶していても、結局月はまだ出ていないのだ。とすると、いかにスネイカーが人間とかけ離れているかが分かる。これ程効率的に目標を達成するのはもはや悪魔の所業とも言えるだろう。亀裂の入っていた2人を束縛させる、それは人間性の対極に位置している彼しか現状、成し遂げられない荒業と言える。なので、今まで小瓶はスネイカーを恐れている。そして、畏れ多いとも思っている。主様はもう人に戻る気がないのだから。
・・・
「そういえばやぶ医者よ。code:dealってのはどういうことだ?」
と、しばらくしてから、小瓶が興味本位だろう。スネイカーに尋ねた。尋ね方からして、前から気になってたというより、そういえば...みたいな感じでぽっと出た疑問ってやつだった。そのため、スネイカーは自分の想定外だったからか少し時間を置き、まあ話してもよかろうと決心し静かに頷いた。
「ああ。それは話すと時間がかかる。そうだな...」
とご自慢の懐中時計で時間を確認する。真鍮で作られたこの時計は所々錆びており、骨董屋で半額で売られてそうな感じだった。時計にはメーカーの名が明記されているが、僕の知らない言語で書かれていた。きっと旅の土産として買ったんだろう。なんて思ったり。スネイカーは、
「今は夏だから日は長いがもう6時か。なんか腹減っただよな。確認している限り、この拠点内のメンバーではツクモしか昼飯を食べていないらしいぞ。モーンも腹ペコだろ?少し早い感じがするが、夕食にしないか?蛇よ。code:dealについては、その時に話そう。」
といいながら此方側に背を向け、何も言わず台所に戻った。言われてみれば、飯の臭いがかすかにしなくもない。(たぶんプラシーボ)僕は服のポケットに小瓶をしまい、何も持たず後を追うようにして部屋を出た。その結果、飯の時間、小瓶やスネイカー重要そうな会話をメモしなかった事を後々後悔することになる。メモ帳と書ける物はいつでも常備させとかなければならないと心に誓うのだった。
誤字脱字、分からないところがあったら適宜教えてください。




