3章 The wolf howls 傍パート Ⅰ
さしぶ
僕は川辺で横たわっていたはずだったんだが、目が冷めたらバギーに載せられていた。正しくはバギー後方のトランクにいた。不思議なものでこれ程動きがあればどこかで目覚めそうな気がするのだが、どうやら想像以上に眠りが深かったらしい。僕の目にはもう見慣れた太陽がすでに地平線から35度上がったような所で輝いており、星、いや月すらの面影もなかった。完全な朝である。要するに夕焼け(5時半頃)から太陽が上がりきった時刻(8時頃)まで丸半日寝ていたということだ。寝すぎだ。頭がズキズキする。
トランク越しから見る運転手は、ひどく陽気な様子だった。まあご存知、お転婆で知られているツクモ様(仮)である。ただ言葉を知らなかった当時は、なぜか僕の顔を運転中にチラ見しては喜んでいる誰か。という印象でしかなかった。彼女は僕のことを、保護が必要な野生の鳥兼自分が得た初めての成果と思っていたであろうが、僕からしてみれば、母と子という関係でもなく赤の他人同士なのだからまあ無理はない。よな。初見ツクモさんである。それこそ今は兄弟みたいな感じだけれど。馴れ初めはこんなもんなのだ。
彼女はバギー内にいつぞやかダウンロードしておいたロック・ミュージックを大音量で流しながら、僕を連れて、オールで辺り一帯を疾走している真っ最中である。(ちなみにこの辺りではルーツ・ミュージックが盛んだが、スネイカーがルナ出身ということもあり、我が拠点では数十年前かのハードロックが非常に多く流れている)サビが来てはしゃがれたボーカルと一緒に叫び、熱狂する。典型的なロックオタであった。その時から僕は彼女に何かしらの不信感を憶えていたのかもしれない。それが言葉に出来なかったのが悲しいところである。
彼女は上にレザーシャツ(ライダースジャケットみたいなやつ)を着て、カーゴパンツを履いていた。さらに砂から顔を守るためにガスマスクを付けていた。(不親切なことに、僕には顔を覆うものすら付けてくれず、たまにバギー走行時に飛び散っているさらさらとした砂が、顔を痛打した。さっきまで河原で一休みしていたところを...解せん!!!)また、今思うとこいつ一応女型なのに、ファッションセンスが皆無である。まあツクモらしいといえばツクモらしいのだが。本当に機能性だけで選んだという感じが見て取れた。
しかし、ここまで散々述べてきた一連の事象はただの後付に過ぎない。まあその時の僕の心情を明らかにした箇所はいくつか存在するものの、大体は漠然とした心象風景である。(それも1色とか2色をうりゃあーーーって混ぜ合わせたような、良く言えばシンプル、悪く言えば淡白な現代の美術家(アーティスト気取り)が好きそうな読者に想像をおまかせする、論拠なしの記憶上の風景なのだ。)つまり、いま言語化できるのは彼女の容姿だったり、周りの環境だったり、そういった記憶は存在する。ただ、それを以前の僕が言語化できておらず、何を考えていたのかなど理解るはずがないのだ。夜と同じように「黒」に飲まれてしまい消息不明である。(多分きっとなにも思っていなかったのだろう。正直書いていて美化しすぎなのかなあ。と思ったりしている。)
道中水を飲む(水攻め)だったり、いかにもな栄養食を与えられ(喉に詰められたり)して、休憩(?)を挟みながら半日が経過した 。太陽の沈む動きと連動し、風は勢いを増した。運転手であるツクモ様は集落(オアシスに周辺に作られた小国家)などを道中、目にしては覗き見たり、絶対ぼったくり価格なストラップを買ったりと結構楽しんでいるご様子だった。ただ、僕は何もすることがないので、移りゆく砂丘をただ眺めていた。要するに暇。だから、ツクモがいない間に一人で騒いだり、度々奇行に走っていた。(そりゃ砂漠ばっか見てたら気が狂うのは当然のことだ。よな?)
あたりが暗くなってきた頃、空気が変わってきた。いや気が変わった。という表現が適切かもしれない。センサーだらけで一歩も動けない。って感じ。ぽやぽやしていたものが、急に固まった感じがした。バギーに付属してあるナビをチラ見しながら、ツクモは舌打ちを始め、
「Sはここまで来やがったか。」
と言いながら、舌打ちを繰り返し、舌打ちするに応じてバギーの進行速度が上昇した。僕は振り落とされないよう必死にコンテナの端に食らいついていた。
しかし、そんなツクモ様にとって大凶といえる事態が訪れてしまう。バギーがガス欠で止まってしまったのだ。どうせスネイカーが入れてくれてんだろうという浅はかな考えにより、見事最上とも言えるような移動手段を自分自身で潰してしまったのだ。ツクモ様とあろうものがなんと情けない。本当に恥ずかしい限りである。なんて冗談を言えたらよかったが、現実はそんなに甘いわけではなかった。
まあ不幸中の幸いと言えるだろうか。家から歩いて30分くらいの場所だったそうだ。まあ徒歩でも行けなくない距離である。だから。通常なら割り切れなくもない、というか幸運と命名すべきガス欠なのだ。ただ今回ばかりは別である。S国のハンターどもがすぐ近くまで来ているからだ。大ピンチなことには変わりない。今、僕という名の三億円の代物はゴール近くで奪われようとしているのだ。さすがのツクモ様といえど思わぬ劣勢(自業自得)に息を荒げて、たいへん焦っている様子だった。
この現状を認めたくない彼女は、バギーのボンネットやタイヤを、これはガス欠ではなく自分が直せる程度の故障かもしれないという「浅はかな」希望をいだきながら隅々まで見渡し、必死に現実逃避しようといていた。まあ事実が変わるはずでもなく、
「チッ。拠点まであと少しなのに。この無能がぁ!!!!。」
と(他人が所有しているバギーの)フロントドアに思いっきり前蹴りをかました。案の定ドアは凹み取り返しがつかない状態となってしまった。だから、彼女は執拗にフロントドアを殴った。うんともすんとも言わない物体を執拗に殴った。彼女自身コレは意味のない行為だと気づいていたのだろう。しかし、理不尽な現実を理解するには物に当たるというのが最善の策になりえてしまうのだ。
「あぁああ。もうっ!!!!」
と荷台に積んであった僕の身体を起こし、生きているかどうかの確認をした。
「大丈夫立てる?」
とぶっきらぼうに聞いたあと、僕を荷台から引きずり出した。たしかその時の僕は何が起こってるのかすら分からなくて、とにかくこの人には従っておくかぁー。と直感で判断し、立ったままぼーっと直立していた。特に考えたり、思ったりすることは特になかった。
僕を引きずり出したあと、バギーの原型がもう無い位にはボカスカと殴りまくった。ゴンッではなくバコーンそれで気持ちが晴れたのか。それを黙ってじーっと見ていた僕をみて恥ずかしさを憶えたのか、真偽は不明だが(僕としては前者の確率が非常に高いと思っている)、もう完全に吹っ切れた様子で
「しゃあない。こっから先は歩いていくかー。」
と作り笑いをしながら言った。今思うと、ツクモのこういう所は固くて、強いなと思う。この頭の切り替えは普通じゃ中々できないからである。彼女は自身の左手を馬車で引いてあったような、少しボロく、割と大きい荷台、とそれを引っ張るための紐に変化させた。ツクモは何もしていなかった僕に
「ちょっと。君も手伝うんだよ。」
と命令した、まあ、反論の仕方すら分からなかった僕は無言でその命令に応じて荷台に備蓄品や、栄養食、謎のお土産を雑多に積むのを手伝った。(3/4僕がやっていた気がする。)
「いや〜早く終わったな。やっぱ使える人材は使っとかないと。」
とツクモは満足そうに言い、僕の方に手をぽんと置いて、「こいつはええわ」と小声で言った。”純粋だった”僕は自分が褒められたんだなと彼女の発言の善い面だけを察知し、にぱっと笑った。そしてツクモは
「君。歩けるよね?」
と無駄な確認をする。2,3歩僕が歩けることを視認したあと、「大丈夫そうだな...」と言いツクモは悠々自適に再び歩き始めた。しかも、バギーなどの文明の利器には頼らない。徒歩で進み始めたのだ。(なんか歩くって良いよな)そして、僕もそれを追っかける形で、よとよとと付いて行くのだった。このようにして僕の出生〜拠点につくまでの前日譚は1/2が終わったところである。割と区切りがよく、安心して見られるところだ。ただ、ツクモは多分ある程度予期できていたと思うが、その時の僕は、まさかこれから30分の帰路が10倍近くの時間がかかるとは思いもしなかったのだ。




