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9-あなたは自分なんてと言うけれど。

 

 私『ヴァレリー・ルグラン』は聡い人間ではなかった。


 何もないところで転んでしまうほどおっちょこちょいだし。

 会話の輪に入れてもらえないほど察しが悪いし。

 人に言われたことを何も考えず鵜呑みにしてしまうほど、単純。


 我ながらにどんくさいなとは幼いことからずっと思っていた。


「大丈夫。あなたはその分真面目だもの。努力を続ければ将来きっと幸せになるわ」


 私が失敗する度に、優しい母は励ましてくれたけど。


 金儲けができる父のように頭が切れる人でも。

 さりげない気配りのできる母のように気の利く人でも。

 弟のように飛び抜けたない才覚を持っているわけでもない。


 普通はできることができない。


 普通は失敗しないことで失敗する。

 私はただ努力をすることしかできない凡人。


 もしくはそれ以下の存在。


 劣っている自分のダメさが嫌で嫌でたまらなかった。



 だから。


「一目惚れした」


 初めて出席した王家のお茶会で、第三王子、ランドール様から婚約を申し込まれた時は心底驚いた。

 あの場には頭の回転も早く、才能もあって、私より優秀な令嬢ばかりいたのに、その中からまさか私なんかが選ばれるなんて思ってもみなかったから。


 正直どうしてや私で大丈夫なのと不安でいっぱいだったけど、喜びもあった。

 これでやっとダメな私でも家族の役に立てる。

 足を引っ張らずに済む。


 私にだってできることがあるんだ……!


 そう思ったからこそ、私は王子の婚約の申し込みを引き受けた。





「いつも知識だけ一人前に並べやがって。黙っていることはできないのか!」


 残念ながら人生そうそう思い通りにはいかなかった。




「お前は本当にのろまで察しが悪いな。愚図が」


 ランドール様は私と顔を合わせる度にそう吐き捨てた。


 察しの悪い私は何故ランドール様が怒っているのかわからなかったけど、きっと私のことだ。

 どこかでまた空気を読まず馬鹿なことを言ってしまったのだろう。


「申し訳ございません。何かご不満な点があれば直し……」

「そんなことも自分で考えられないのか! 全く、役立たずだなお前は!」


 挽回しようとしても火に油。

 ますますランドール様を怒らせて失敗ばかりする。


 ごめんなさい。


 そうですよね。

 私みたいな出来損ないがそう簡単に受け入れてもらえるわけないですよね。


 もっと王子様と釣り合う人間にならないと。

 もっともっと努力しないと。


 私は人より劣っているのだから。

 私は人よりダメな人間なのだから。


 勉強も。

 容姿も。

 礼儀も。


 頑張って。頑張って。 頑張って。

 頑張って。  頑張って。  頑張って。  頑張って。

 頑張って。  頑張って。   頑張って。 頑張って。  頑張って。    頑張って。


 頑張り続けて……








 ……頑張り続けるのに少し疲れてしまったある日。



 新しく入った従僕の男の子から教えられた。


「お嬢様はもっと相手を疑うことを覚えた方がよろしいですよ。さっきの茶会で伯爵令嬢に『流石向上心がある方は違いますわね。また色目を使って交流を深めようとしているのですから』と言われていましたけどあれ褒めているわけではなくに嫌味ですからね。しかもその後どうして伯爵令嬢に言われた通りに殿方に素直にお茶を汲みに行こうとするのですか。お相手の方、貴族の間でも女癖の悪いくそ野郎って噂です。きっとあれ、あなたの醜聞をでっち上げるつもりですよ。相手の言葉をいい意味に捉えられるのはいいことですが」


 昨日の茶会での私に投げ掛けられた言葉が嫌味だったと。


 ああ、だからなのね。

 みんな私を見てクスクスと笑っていたのは。


 ()()やらかしてしまったのね。


 どうして私はこうも察しが悪いのだろう。

 どうして私はこうも他の人のように上手くてできないのだろう。


 どうして……


「け、けれどそう言われてしまうのは私の力不足のせいだと思うわ。もっと頑張らないとね」


 なんとか私はへにゃりと顔を歪ませた。


 本当は他の王子様の優秀な婚約者の方々のように優雅に微笑めればいいのだけど。


 ダメな私にはそんな余裕はなかった。


 ごめんなさい。

 失望させてしまったよね。


 もっと頑張るから。

 もっと努力するから。

 もっと、もっと。もっと。


 だから……………!


 そんな私に彼は他の人達と同じように深くため息を漏らすと。


「……お嬢様はもっと怒られていいと思いますよ」


 そう言った。


「え……?」


 思わぬ言葉に私はついポカンとした表情で彼を見上げる。

 対して彼はいつも通りの無表情で。


 そして至極普通のことかのように言った。


「いや、お嬢様はいつも自分が悪いと謝りますけど、今回の件で悪いのはお嬢様を陥れようとした相手でしょう? 謝るのではなくむしろ怒っていいと思いますよ」


 ……驚いた。


 私は貴族の令嬢で、しかも王家に招き入れられる。


 完璧でなければいけない。


 だから何があっても上手くできなければ私が悪い。

 そう言われていたし、そう思ってもいたから。


『相手が悪い』


 そんなことを言われるなんて思ってもみなかった。


「ち、違うわ。それは私がもっとうまく行動できれば……」

「確かにお嬢様が器用でないことは否定できません。現に俺もその件で苦言を呈しました」


 バッサリと言い切る彼。

 初め会った時は私が目の前で思いっきり転んでも顔色一つ変えないから冷静沈着な子だと思ったけど、ここ数ヵ月でわかった。


 彼は無関心に見えるけど、人のことをよく見ているし、色々頭の中で考えているみたい。

 それに思ったことを結構口にするみたいだし。


 その方が察しの悪い私としては助かるのだけど。


 けどやっぱり彼も私のことを……


「ですが誰だって多少なりとも失敗するでしょ」


 彼は呆れ顔で続けて続けた。


「お嬢様にも改善すべきところはあるかもしれません。ですが、そこはお互い様ですし、お嬢様を蔑む理由にはなりません。人を蔑む言葉を口にしたことに関して悪いの口にした本人です」



 ずっと。



 完璧じゃない私が悪い。

 だからみんな私に怒っているのだ。

 それは仕方ない、自分が悪いことなんだと思っていた。


 それなのに、彼は。


「お嬢様が努力しているのは揺るぎのない事実です。たとえ他人に貶められたとしてもお嬢様が気に病むことではありません。むしろ怒られていいぐらいですよ」


 私に怒っていいと言ってくれた。




 たったそれだけのことなのに。






 なんだか心が軽くなった気がした。



 だから私は顔を上げ。


「あのね、セシル!」


 お願いした。



「私にアドバイスしてほしいの」




 あの時から私の世界は変わった。




「いや、俺のアドバイスなんてあまりあてにはならないと思いますけど。まぁ、強いてあげるなら、自分の気持ちを大切にするとかどうですかね」


 自分の気持ちを大切にする。

 そう言われても初めは何をしていいかわからなかった。


 ひとまずセシルのアドバイス通り自分が何が好きなのか考えることにした。


 ずっと王子に好かれるのが一番。

 自分の感情なんて二の次。


 今まではランドール様が好きそうな紅茶ばかり選んで。

 ランドール様が好きそうなお菓子を作って出していた。


 だから手始めにそれを止めて自分の好きな物を出すことにした。


 キンリュー先生の教えのおかげで大体の料理は手作りできるから。


 たまに趣向が違うものを出せばランドール様の新たな好みもわかるかもしれないし。


 それなのに前と変わらずランドール様は不味いと言いながらお菓子を摘まんでいた。


「いつも同じの物ばかり出しやがって。芸のない奴だ。何度口に合わないと言えばわかるんだ」


 そう言いながら。


 ……ああ、やっぱりランドール様は私のお茶には全く興味がなかったんだ。


 改めて思い知らされてしまったけれど。


「お嬢様が努力しているのは揺るぎのない事実です。たとえ他人に貶められたとしてもお嬢様が気に病むことではありません」


 全て自分が悪いわけではない。


 向上心のないと怒られるかもしれないけれどそう考えるとなんだか前より息が吸いやすくなっていた。









「ヴァレリー。紹介してやる。彼女は僕の友人。『マテナ・ウィギナ』子爵令嬢だ」


 それから何年か経ったある日。


 ランドール様からマテナ様を紹介された。


 夜会で知り合った友達らしい。

 なんだか距離感が近いとは思ったけど、子爵令嬢の彼女を友達と紹介されたことが喜ばしかった。


 ランドール様は昔から選民思想の強い方であった。

 確かに私達貴族は社会的な立場が上かもしれない。


 けれどそれはあくまでこの国の社会を維持する必要な制度というだけであって、決して人間的に上という理由にはならない。


 自分より優秀な人材はいくらでもいる。

 人を尊敬するのが大切だ。


 お父様の受け売りだけど、ランドール様にそう説得してもいつも聞かぬ存ぜぬ。


 私がもう少し器用な人間であれば説得ができるのに。


 何度も悩んだものだから、マテナ嬢の登場は思わぬ産物であった。


 現に今までランドール様はセシルや当たりが強かったのが。

『誰にでも優しくすべきだ』

 そう公言しただけあって機嫌が悪いからという理由で喚き散らしたり、カップを投げつけたりなど。

 セシルや側近の方に対して今までより酷いことをしなくなったし。


 よかった。

 これで私が嫁いでもセシル達が肩身の狭い思いをせずに済む。


 そう、ほっとしたのも束の間。


 私は婚約破棄をされてしまった。


 国の外交にかかわる大事な舞踏会のど真ん中。

 マテナ様を毒殺しようとしたそんな身に覚えがない罪で。


 確かにあの時マテナ様のカップに紅茶を注いだのは私。


 だからランドール様が私のことを疑って断罪するのは仕方ないのかもしれない。


 だけど私がその指摘を受け婚約破棄を宣言された時。

 まず最初に抱いた感情は怒りでも呆れでも悲しみでもなく。




 ()()だった。




 ……ああ、そうか、そうだったんだ。


 本当は嫌で嫌でたまらなかったんだ。

 ずっとこの婚約が決まってからずっと。

 ランドール様と結婚したくなかったのだと。


 今まで努力はしてきた。

 マナーを学んだり。

 知識を身につけたり。

 技術を取得したり。


 家族に迷惑をかけないため。

 ただ、自分の立場を守るため。


 その中に一切、ランドール様を幸せにしたいという気持ちがなかった。


 今思えば。

 ランドール様がマテナ様を連れてきた時、セシルは「婚約者のお嬢様を放っておいて……!」と怒っていたけれど。

 私は『ランドール様の考え方が変わられてよかった』としか思わなかった。


 セシルは「いや絶対あれ言い訳ですよ、多分あの様子は……大丈夫ですか?」

 そう心配してくれていたけれど。




 本当にその言葉は本心からのものだったのだ。




 それなのに今までこの気持ちにずっと気がついていなかったなんて。


 つくづく私は聡い人間ではないのだと思い知らされる。


 ですから、ランドール様。

 私はあなたのことを責めたりなんてできません。


 今の今まで愛してもいない相手に愛してほしいなんて。

 そんな失礼なことをもう何年も続けていたのですから。


 婚約破棄は謹んでお受けいたします。


 ですけど、ランドール様。

 確かに私はおっちょこちょいで口下手で単純で。


 聡い人間ではありませんが、これだけは言わせてください。





「私を大切に思ってくださっている方々を裏切るような真似だけは。決していたしません」



 私にだって感情はあるんです。



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