10-それでも諦めず一歩踏み出してみれば。
「はぁ!??」
突然の解雇通告に俺は素っ頓狂な声を上げてしまう。
お、お暇、お暇って、まさか……
「お、休みをくださるってことです……よね? まさか、か、解雇とかじゃないですよね?」
動揺のあまり言葉に詰まりながら聞き返すが。
「いえ、従僕を辞めてもらいます」
一刀両断。
バッサリと言い切られる。
待て待て待て待て待て!!
「お! お待ちください! どうして俺が解任されるんですか!」
俺は思わず声を荒げてしまう。
もしかしてあの夜会ででしゃばったのが悪かったのか?
それとも俺が立場をわきまえずお嬢様のことをあれこれ言ったのがいけなかったのか?
いや、それとも……
「実はセシルには……あら? セシル?」
お嬢様に信用されていると調子に乗っていた節はある。
お嬢様、普段から俺みたいな平民の言葉にもちゃんと耳を傾けてくれるし、むやみやたらに否定しないし、優しいし。笑顔を向けてくれるし。
「セシル、聞こえてます? セシル? おーい」
だとしてもまさかここで解雇されるなんて。
そんな……そんな……
「セシル、顔真っ青だけど大丈……」
「…………………お嬢様は俺のことがお嫌いなのですか?」
「え?」
俺の言葉にお嬢様は目を丸くした。
「嫌い……?」
「平民のくせに調子に乗っていたところはありました。ですがまさか解雇……俺の顔が見たくないほど嫌われていたとは知りま」
「え、いえ、違うわ!」
項垂れる俺にお嬢様は慌てて首を左右に振る。
「セシルは全く悪くないわ。むしろ感謝しているぐらい ! 嫌いになんてなったりしないわ! 絶対!!」
「だったら……!」
「だからお父様にお願いしたの。セシルに旅できる時間とお金を作ってほしいって!」
は?
お嬢様の言葉の意味が理解できず、ぽかんした顔でお嬢様を見る。
数十秒の沈黙ののち。
「………………どういう意味ですか?」
やっと我を取り戻した俺にお嬢様はにこりと笑う。
「ほら、セシル。昔から言ってたでしょ。向日葵畑を見に行きたいって」
「……え、ああ。そういえばお嬢様にもお話ししたことがありましたね。ですがそんなのただの夢ですよ。子供が一度は思い描く無茶な夢。俺なんかには」
「嘘よ。諦めてないのでしょ?」
お嬢様は強い口調で俺の言葉を否定した。
「でなければ毎晩仕事終わった後に寝る時間を割いてまで言語の勉強したり、本を読み込んだりしないわ」
……見られていたのか。
確かに俺は今でも毎晩愚かにも叶わぬ夢のために他の国の言語の勉強をしたり、書物を読み込んだりしている。
だが、いくら知識を詰めても、労働階級でしかも商人でもない俺が気軽に旅をするなんて難しい。
それに俺には。
「仕送りをする必要が」
「あ、それなら大丈夫。王家から払ってもらったお金で追加の援助をしたから。といっても元々セシルの仕送りや助言のおかげでここ最近は経営上手くいってたんだって。だからもう仕送りの必要はないみたい。これ今日届いたセシルのご両親からの手紙よ」
凄いことをさらりと言って手紙を差し出すお嬢様。
そこには見慣れた両親の字で。
『ありがとうございます』だの。『このご恩は一生忘れません』だの。『ヴァレリー嬢はホーベリ家の女神です』だの。
感謝の言葉が綴られていた。
そういえば、最近家計がきついと愚痴を手紙でもらうことが減っていたが、上手く言ってたんだな。
よかった。
だが、女神はやめろ。気持ちはわかるが。
俺は手紙に一通り目を通し終わると頭を振った。
「いや、ですがお嬢様。あれはあなたの今後の生活のために頂いたお金でしょう。俺の家族のために支払ったりしたらお嬢様が困るのでは……」
「そこも安心して『王家への反逆行為に関する真実を明るみにした立役者に何も褒美を与えないのか』といってお父様がしっかりと王家から頂いたようだから」
……流石金儲けの達人、シャルル公爵。
今日のメアリー姫とナリス卿の結婚式で王から視線を感じるなと思ったのはそのせいか。
相変わらず抜かりがない。
お嬢様は心配げに俺の顔を覗き込んできた。
「もしかして迷惑だった……?」
「い、いえ。感謝しています。ですがその、こう問題があっさり解決して現実味がないと言いますか……それにどうして俺のような平民にそこまで」
「婚約破棄されそうになった時助けてくれたじゃない。今までだって助けられたわ」
いや、助けたって……
「あのマテナ嬢の毒殺未遂の件はたまたまこちらに分があったので賭けに出ただけです。正直俺みたいなやつが出て行ったところで上手くいったのは奇跡に等しいです。それに婚約破棄をなかったことにもお嬢様を貴族としていさせることもできませんでしたし」
「セシル」
「今までだって、俺は見て見ぬふりのようなことをしてきましたし、感謝されるほどではありま」
「セシル」
お嬢様に呼ばれ、俺は言葉を止める。
「セシル、あなたは自分なんてというけれどそんなことないわ。だって私は何度も助けられたもの。私が悪口を言われれば怒ってくれたし、私が落ち込んでいれば励ましてくれた」
お嬢様は俺の手を取った。
「セシルは自分は感情豊かな人間ではないというけど、顔に出にくいだけで人の気持ちにしっかり寄り添ってくれる。とても優しい人よ。あの婚約破棄の時だって。セシルが勇気を出して手を差し伸べてくれたから私は救われたの。セシルは」
そして真摯な目で俺を見据えて。
「私のヒーローよ」
そんなこっぱずかしい言葉を真摯に笑顔で言ってのけるお嬢様。
俺は思わず目を逸らしてしまう。
「……か、買いかぶり過ぎですよ」
「そんなことないわ。セシルのおかげよ」
いや、本当に買いかぶり過ぎた。
俺はお嬢様のように万人に優しいわけではない。
あの王子が悪いと目に見えてわかっていたとしても、婚約破棄の相手がどこぞの見知らぬ令嬢であれば平然と見捨てていたはずだ。
いくら勝てる可能性があることだとしても王家にほいほい喧嘩を売る度胸は俺にはないし、命だって惜しい。
それでもあの時、声を上げれたのは。
「……お嬢様」
「はい」
「解雇ということは、俺は今日で従僕ではなくなるのですね」
「ええ、寂しくなるけど頑張ってね。応援してるわ」
手を握り返し満面の笑みを向けてくれるお嬢様。
やっぱり俺は。
「………………こうなったら当たって砕けろか」
俺は深く息を吸った。
「では、この言葉は。従僕としてではなく一人の男として伝えさせて頂きます」
「え?」
真剣な声色を出した俺にお嬢様は戸惑いの表情を浮かべる。
「セシル……?」
「お嬢様」
ようやく覚悟を決めた俺は、今の今まで仕舞い込んでいた二文字をお嬢様に向かって解き放った。
「好きです」
「……ふぇ?」
「あなたをお慕い申しております」
目をぱちくりさせているお嬢様。
数秒の短く長い沈黙。
その沈黙を過ごし、俺の言葉の意味をようやく理解したお嬢様の顔はみるみる赤く染まっていく。
「す、す、す、好き? え? え?」
「はい、好きです」
「そ、そ、そ、それは親愛的な意味で?」
「いえ、どちらかと恋愛感情です」
真剣な俺の返答にお嬢様はますますあわあわと慌てふためく。
「ど、どうして!? 私。よくミスするわよ。セシルだっていつも呆れてるじゃない」
「自分でそれを言いますか。まぁ、どうしてこの人はこんなよく転ぶんだとか常々思ってはいますが」
「やっぱり! だったらなんで……あっ、も、もしかしてからかって」
「いいえ。本気です」
確かにお嬢様はおっちょこちょいで、口下手で、単純。
貴族社会で求められる淑女としては完璧だとは言い難い。
だけど。
「俺はそんなところも含めてお嬢様の全てが愛しいんですよ」
口下手なのは相手の話をしっかりと聞くから。
単純なのは相手のことを心の底から信じているから。
おっちょこちょいなのは……まぁ、ご愛嬌。
俺にとってはその欠点すらもすべてかわいらしい。
我ながらべた惚れだと思う。
けれど俺とお嬢様とじゃ身分が違いすぎる。
それにお嬢様のこの性格だ。
どんなに相手がダメなやつであろうとその仕返しに自分も他人にうつつを抜かしたりする人ではない。
むしろ下手に告白なんてすれば、それだけで動揺して態度の変化から不貞やらなんだかと疑われかねない。
だから自分のこの気持ちは押し殺して仕えようと決めていた。
だが、もう仕えることができなくなった今。
自分の気持ちを伝えるのは今しかない。
ずっと伝えたくても、顔に出したくてもできなかったけどこの思いを。
……ただのヘタレだと言われればそれまでだが。うん。
一方、俺からの告白は完全に予想外だったらしいお嬢様。
赤面しながらおろおろと狼狽えている。
「でも、え、す、好きだなんてそんな……」
「お気づきになりませんでしたか」
「え、ええ。私。ずっとランドール様に嫁ぐことしか考えていなかったから、セ、セシルが私を好きって思ってるなんて気がつかなかったわ」
「……そりゃぁ、そうですよね」
わかってはいた。
鈍感で自分に対する評価が低いお嬢様のことだ。
婚約者がいる自分に恋をするやつなんていないと思っていたのだろう。
告白してもうまくいかないことは予想はしていた。
やっぱり、人生は思い通りにいかないものである。
一縷の望みにかけてみたが迷惑になるぐらいならさっさと……
……そ、そうだ、さっさと。
……………いや、ほら、でも。うん。
「で、でもね!」
突然張り上げられたお嬢様の声に俺は顔を上げた。
そこには顔を真っ赤にさせたお嬢様がいた。
「この一か月。自分は何をしたいんだろうって考えてたの。ほら、昔セシルがアドバイスくれたでしょ。『自分の気持ちを大切にするとかどうですかね』って。それでね。その時真っ先に思いついたのが向日葵畑を見たいってことだったの。でも私。貴族だからそれは難しいなと思ってたのだけど丁度市井に下る話が持ち上がってたから……」
「ちょ、ちょっと待ってください。まさかお嬢様、そんな理由で市井に下ったのですか!?」
「ええ、だって向日葵が咲く時期は社交界シーズン真っ只中だから遠出なんてできないもの」
「べ、別に律儀に全ての舞踏会に出席されなくてもよいのではないのですか!? もう王子の婚約者ではないのですし!」
「………………ああ!」
お嬢様は気がつかなかったと言わんばかりに声を上げる。
ほんと、このお嬢様は。
「そんなことで公爵令嬢の立場をあっさり捨てないでくださいよ! それに向日葵畑をみたいのであれば別に王子と婚約している時でも行かれればよろしかったのでは!?」
「ランドール様とは行きたいと思わなかったわ。私が一緒に行きたかったのはセシルだもの」
「いや、いくら俺と行きたかったとして……も……へ?」
お嬢様の思わぬ言葉に俺は言葉を失う。
お嬢様も自分の言っている言葉の真意に気づいたのか頬を赤く染めた。
『人生』というものはそう思い通りにはいかないものである。
誰しもがやり直せるわけでもないし。
誰しもが救われるわけではないし。
誰しもが愛する人のヒーローになれるわけでもない。
だから、人生うまくいかないのは仕方がない。
けれど。
「で、では」
それでも諦めず一歩踏み出してみれば。
「一緒に行きませんか。俺もお嬢様と一緒に見たかったんです」
案外。
「ええ、是非。セシルと一緒に行きたいわ」
うまくいくこともあるらしい。
終わりです。
なんとか書き上げられました。
ここまで見てくださった方大変ありがとうございます。
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なお、pixivにこの話の挿し絵やおまけ漫画を載せてますのでよければ見てください。
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