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8-やはり『人生』というものはそう思い通りにはいかないものである。

 

 後日わかったことなのだが、どうやらバーレン卿。

 マテナ嬢と男女の関係にあったそうだ。


 だが、バーレン卿がマテナ嬢の殺害を思い立ったのは嫉妬などの痴情のもつれからではなかった。


 きっかけは手柄をあげたナリス卿の叙爵。

 メアリー姫とナリス卿の婚約が現実味を帯びてきたことが理由であった。


 実はメアリー姫、ナリス卿との婚約は問題ないと王を説得するため、ナリス卿の仕事っぷりや周囲の環境など。

 ナリス卿について再度調べ始めていたのだ。


 ランドール王子が公費を使ってマテナ嬢に貢いでいるとメアリー姫が知っていたのもそのため。


 それを聞きつけたバーレン卿は焦った。


 何故ならこのまま調べられれば自分とマテナ嬢の関係がバレかねないからだ。


 しかもランドール王子によるマテナ嬢に対しての散財に関して、裏で手を引いていたのは、実はバーレン卿。


 男女の仲であるマテナ嬢を唆しランドール王子へプレゼントをねだらせていたのだ。


 自分のところで商品を買わせ、マテナ嬢が貰ったプレゼントをバーレン卿にプレゼントを渡し、最終的にはバーレン卿がうっぱらう。

 そんな方法で金稼ぎをしていた。


 メアリー姫の調査でこの金稼ぎがランドール王子の耳にも入ったりすれば、あの自分大好きな王子のこと。

 虚仮にされたと思い、王子の権力を最大限に活用して自分を潰しにかかるだろう。


 今まで散々あんな馬鹿王子の我が儘を我慢して仕えてきたのに、ちょっとした金稼ぎで人生棒に振るなんて。


 冗談じゃない。


 バーレン卿は自分の出世の道を閉ざされないためにはどうすればいいか考えた。


 結果。


「あの女に消えてもらうことにしたんだ」


 一国のお姫様であるメアリー姫の妨害するのは難しいが、マテナ嬢は違う。


 性格がいくら図太かろうが没落しかけの子爵令嬢。

 親とも折り合いが悪いようだし。


 死んだとしても誰も詳しく調べやしない。


 もし調べたとしても牛乳という万人が飲んで死ぬ毒が入っているわけではないし、怪しまれたとしてもせいぜい食中毒。


 自分との関係がバレていない今であれば、自分が疑われることはほとんどないだろうと。


「なのにあの女、死なないなんて」


 マテナ嬢はバーレン卿が思っている以上にしぶとかった。


 死なないどころか、自分が殺されかけたことをチャンスだと思ったのか、ランドール王子を唆しあの茶番劇を仕掛けたのだ。


 ちなみにバーレン卿はあの婚約破棄騒ぎの計画を知らなかったようで。


「あの馬鹿王子に性悪女。最後の最後まで俺の足を引っ張りやがって! おかげで俺の人生無茶苦茶だ! くそったれ!」


 そう監獄で吐き捨てているらしい。


 なんとも自己中心的。

 身勝手極まりない動機であった。





 ========




「良い結婚式だったね、メアリー様とナリス卿」


 あの婚約破棄騒動から一ヶ月後。


 結婚式に出席し終え、タウンハウスの自室に戻ってきたお嬢様はミモザとマーガレットのブーケをテーブルに置きながら嬉しそうにそう口にした。


 実はあの婚約破棄騒動直後、すぐにメアリー妃とナリス卿の婚約が発表された。


 しかも瞬く間に結婚式も挙げられたのだ。


 驚くほどの早さで結婚を認められたのは、王が身を挺してまでメアリー妃を守ったナリス卿の感銘を受けたから……


 と世間では噂されているが、今の今まで渋っていた婚約話がここでこうもトントン拍子に決定したのは社交界で噂になっているランドール王子の醜聞を美談で隠すためというのが一番の理由であるようだが。


 何はともあれ。

 お嬢様としては経緯がどうあれ知り合いが幸せを掴んだことが純粋に嬉しいのだろう。


「ええ、そうですね。嬉しすぎてブーケトスでブーケを顔面キャッチするほど全力で参加したぐらいですしね」

「そ、そのことは忘れてほしいのだけど」


 頬を赤めながら言いつつも表情は本当に嬉しそうだ。


 まるで。

 明日以降の自分の処遇を全く気にしていない。


 そんな様子で。


「………………」

「どうしたの? セシル」


 お嬢様は急に黙った俺のことが気になったようで俺の顔を覗き込んできた。


 今、この部屋にはお嬢様と俺しかいない。

 俺は少し迷ったのち訊ねた。


「……本当に良かったのですか?」

「良かったとは?」


「ランドール王子とマテナ嬢の処遇があんな生易しいもので」




「おい、マテナてめえ! ノリスともできていやがったのか!!」


 バーレン卿が黒幕とわかった、あの瞬間。

 流石のランドール王子もマテナ嬢とバーレン卿の関係に勘づいたようで烈火のごとく怒りだした。


 だが、マテナ嬢はランドール王子に詰め寄られてもただ遠くなっていくバーレン卿の背中を呆然と見つめるのみだった。


 この国は俺の両親も営んでるだけあって酪農が盛んだ。

 例に漏れずマテナ嬢の生家も領地の特産が酪農である。


 その地を統治する娘が牛乳が飲めないとなると肩身が狭い思いをしたのだろう。


 医療魔法も発達し始めたとはいえ、普通は食べられるはずの食べ物を口にすることによって死に至るなんて体質、あまり知られていないわけだし。


 親と折り合いが悪かったのもこの体質が原因だったのかもしれない。


 にもかかわらずバーレン卿には体質のことを話していた。


「あの女の体質をいつ知っただって? そりゃあ、男女の仲になって何回かの時に身の上話とか言って、こんな体質で苦労しただの辛かったなどべらべら話してきたから聞いてやったんだよ。泣き出したりもしたから『大変だったね』とか適当なこと言って慰めてやったけど」


 おそらくマテナ嬢はバーレン卿のことに関してはかなり本気だったのだろう。


 だから、マテナ嬢はランドール王子に色目を使いバーレン卿の金稼ぎの手伝いをした。


 それにあの時メアリー姫を焚き付けたのだって、自分と違い好きな人と婚約できそうなメアリー姫に嫉妬したからだと考えれば納得がいく。


 そこまでして愛した人に殺されかけたんだからそりゃあ呆然として言葉も失うわな。

 同情はしないけども。



 ちなみに、ランドール王子とマテナ嬢も確保されたのだが二人の処遇は。


 ランドール王子は王位継承を剥奪され、軍送り。

 マテナ嬢は田舎の領地へ下がる。


 すぐに幽閉されたバーレン卿と違い、国の重要な夜会で騒ぎを起こした割には生ぬるい処置であった。


 今の今まで、王子の傍若無人を見逃していた国王に比べたら、ランドール王子の方はあの奇人で有名な兄、第二王子の部隊に配属されたようだから割と辛い目に合っているのだろうし、厳しい処分を課したかもしれないが……




「しかし、国王の決定をそのまま承認しなくてもよろしかったのでは。あの二人の処遇はまだしもせめてお嬢様が」


 俺が全てを口にする前にお嬢様は眉尻を下げた。


「私が貴族をやめる必要はないって言いたいのよね」



 そう、一番の問題は今回の一件で、お嬢様は貴族をやめることとなったことだ。


 ランドール王子の暴走を止められなかったのを理由に。



 お嬢様は全く関係ない……とは言い切れなくはないが、ランドール王子の横暴が一番の原因なのにお嬢様が罰せられるのは間違っている。


「怒ってくれるのね」

「当たり前でしょ。お嬢様は悪くないのですから」

「けどある程度の温情を受けることはできたわ」


 とはいえ、一人娘のピンチに黙っているシャルル公爵でもなかった。


 流石貴族の中でも金儲けの達人と言われるだけのことはある。


 お嬢様を社交界から追い出す代わりに一生平民として裕福に暮らせるだけの分。

 普通の平民では手に入れることができないレベルのお金を慰謝料として払うよう要求したのだ。


 ここは王政の国。

 社会正義より王命が絶対。


 いくらほぼ十割方ランドール王子に非があるとしても王が嫌だと言えばその要求は通らないのだが、ランドール王子が婚約破棄を仕掛けたところが悪かった。


 あの場には各国の重役たちがいたのだ。

 だからこそ王はお嬢様を社交界から追放したかった。


 一人の人間に責任を取らせる。

 それが一番いい落としどころだからだ。


 勿論そんなことをすれば自分が黙っちゃいない。

 ただ、対価を出すなら考えなくもない。


 シャルル公爵はそんなこと口には出しはしなかったがそんな無茶な要求をした時点で王も察したのだろう。


 裏取引は成立。

 お嬢様は貴族としての地位を失うかわりに大金を手に入れた。


 血を何よりも大事にしているランドール王子のような貴族にとっては死刑宣告のようなものだが、地位や名誉に興味のないお嬢様にとっては。


「むしろ重圧から解放されてホッとしたぐらいよ」

「ですが……」

「本当に気にしないで」


 お嬢様はへにゃりとあどけなく笑う。


 なんだか釈然としないが……

 まぁ、お嬢様が納得しているのであるのであればことを荒立てるものでもないか。


「わかりました。お嬢様がそうおっしゃるのであれば。俺はどこでもついて行きますよ」


 俺はそう言って肩をすくめた。

 だが。


「え……………」


 俺の言葉に心底驚いたようでお嬢様は急に黙り込む。


 ………………え?

 なんだ、この空気。


 なんかおかしなこと言ったか?

 いつものテンション……確かに無表情のせいで冷たい感じに見えるかもしれないが普段通りに接したつもりなのだが。


「いかがされましたか?」


 俺がのぞき込むとお嬢様は気まずそうに視線を逸らした。


「お嬢様?」

「えっと、その、そのね……」


 先ほどの態度はまずいと思ったのか、お嬢様はおろおろと視線を少し泳がせたのち。


「……セシル」

「はい?」


 俺の目を真摯に見つめ。

 そして告げた。






「あなたにお暇を出します」


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