7-犯人は。
「はぁ!?」
まさかの告白にランドール王子はじめ、一同は目を丸くする。
「も、うしわけありません」
土下座をする勢いで頭を下げるナリス卿。
ランドール王子の顔はみるみる真っ赤になっていく。
「ジョ、ジョシュア! 貴様! 何をしたのかわかってるのか!!」
ランドール王子は動揺を隠せないようだ。
皆、目を丸くしている。
お嬢様もマテナ嬢もバーレン卿もメアリ―姫も。
そして勿論、この俺も。
確かに俺は犯人を名指ししようとはしていたが、まさかその前にナリス卿が名乗りを上げるとは予想外だったからだ。
多分ナリス卿はこれ以上誤魔化し切れないと考えたのだろうが。
正直困る。
何故なら。
「ノリス、こいつを引っ捕ら……」
「ナリス卿。声を上げてくださったところ申し訳ないのですが」
ナリス卿が拘束される前に俺は声を上げた。
「あなたは犯人ではありません」
ナリス卿が犯人ではないと。
ランドール王子は俺の言っている意味がわからないようで目をぱちくりさせた。
「は、はぁ? 今、こいつが犯人だってお前言っただろう?」
「いえ、私はナリス卿が犯人とは言っていませんよ」
俺は一言もナリス卿が犯人とは言ってはいない。
彼の言動に違和感は覚えてはいたが……
「ティーセットに一度も触れる機会がなかった彼にどうやって毒を入れることができるのでしょうか」
ティーセットを用意していないナリス卿はあの時、マテナ嬢が倒れるまでの間、一切ティーポットやカップに手を触れていない。
魔法を使ってと思うだろうがこの世界の魔法はそんなに高度ではない。
『魔法』を使うために必要な、この世界のほとんどの人間が持っている『魔力』自体には、ゼロから物を作り出すほどの力はないからだ。
だから体内の『魔力』をエネルギーとして、『魔術具』と呼ばれる道具に注ぎ込む。
しかもその『魔術具』は発動させれば『魔法残渣』など何かしらの使った痕跡を残すはずだが、『魔術具』を使った痕跡はなかったと報告を受けている。
つまり魔法が使われていないこの状況で、マテナ嬢の飲んだ紅茶に触れる機会がなかったナリス卿には毒を入れることはできないのだ。
「察しの良い王子ならすでにお気づきですよね」
「ま、まぁな」
俺の指摘を受けランドール王子はナリス卿からあっさり手を離す。
しかし、ナリス卿はここで引き下がられるのは困るようで。
「ち、違う! 違います!」
必死で主張を続ける。
「わ、私が。毒を入れたのです。マテナ・ウィギナ嬢のカップに」
「いいえ。あなたではありません。それにいくら庇っても無意味ですよ」
俺の言葉にますますナリス卿の顔を青ざめる。
「な、何言って……!」
「メアリー姫も犯人ではありませんから」
「………………え?」
ナリス卿は目を丸くし後ろにいたメアリー姫に視線をやった。
「ナリス卿、あなたはメアリー姫が犯人だと思われたのではありませんか?」
王家関係者の中では周知の事実なのだが、実はナリス卿とメアリー姫。
この二人、結構前からできている。
あの茶会で性悪女がメアリー姫に対して言った。
『あなたこそ家族に逆らって人のこと言えた口ですかぁ?』
という言葉にメアリー姫が異様に反応したのも、ナリス卿との恋は立場的にあまり許されたものではなく、家族。特にリューグラン国王から反対されているのに『あなたこそ人のことを言えた口か』と揶揄していると気づいたからだろう。
といっても馬鹿王子と性悪女と違って、メアリ―姫とナリス卿には共に婚約者はいないし、ナリス卿は伯爵の三男。
武勲さえ上げれば婚約できない立場ではない。
ナリス卿からすれば、折角ナイトの称号を拝命した今、メアリー姫との婚約に漕ぎ着けるため婚約にあまり問題は起こしたくないはずだ。
だが、メアリー姫は少し事情が違う。
ただでさえ問題児のランドール王子が婚約者でもない立場の低いマテナ嬢と問題を起こせば側近も責任が問われる。
なおかつマテナ嬢と似たような境遇ともなれば、ナリス卿との結婚は絶望的だろう。
だからメアリー姫はマテナ嬢を普段の口頭での注意だけでなく、わざわざ茶会にまで足を運んだのだ。
しかし、いくら注意してもマテナ嬢は言うことを聞かない。
そんなマテナ嬢にメアリー姫は痺れを切らして……
充分な犯行動機になりうる。
「だからナリス卿、あなたはメアリー姫から容疑を反らすために『紅茶の種類がわからなかった』と答えられたのですね。メアリー姫がカップを用意したと知っていたから」
茶会から返された後、王家からお嬢様に伝えられた情報は『紅茶の種類がわからなかった』というものであった。
妙だと思った。
マテナ嬢を身体を調べればある程度毒が何なのか医療魔法の専門家であればわかるはず。
それなのにファリオス家はそうそうと『毒の種類はわからない』発表した。
普通、城で発生した、未遂とはいえ毒殺事件を『わからない』という一言で片付けるなんておかしい。
医療魔法の専門家という威信にかけて毒が判明するまで徹底的調べるはずだ。
犯人であれば隠蔽工作だと納得いくが、紅茶に関連するものに一切触れていないナリス卿には物理的に犯行は不可能。
にもかかわらず毒のことを秘密にし、王もその事を追求せず。
カップに毒が入っていたと指摘された時に犯人だと名乗りを上げたのは、庇いたい相手が彼にとっても王にとっても大切な人間。
メアリー姫が犯人だと思ったからだろう。
ナリス卿は困惑した顔でメアリー姫に駆け寄った。
「ち、違うのか?」
「違うわよ! 確かにお兄様達の横暴には疲弊してたけどそんなことするはずないじゃない!」
「そうか、そうだよな……」
ナリス卿は嬉しそうにホッと胸を撫で下ろすと、メアリー姫の手を握った。
一方、そんな二人を尻目に。
「王子、騙されないで」
マテナ嬢はランドール王子の腕にすがり付いた。
「い、いくら王子が私を認めてくださっても完璧な人間ではありません。カ、カップから目を少し離すことだってありましたし……」
「は? 急にどうしたマテナ?」
頭の回転が早くないランドール王子はまだピンと来ていないようだが、マテナ嬢は気づいていたようで慌てて弁解に入る。
それもそのはず。
マテナ嬢のカップに触れたのは紅茶を入れたお嬢様にカップを用意したメアリ―姫、そして紅茶を飲んだ張本人マテナ嬢のみ。
お嬢様が触れたのは紅茶を入れる時だが人目を忍んで入れるチャンスはないし。
メアリー姫が犯人でないなら、消去法で自分の自作自演となるのだ。
そんな疑いをかけられれば首と胴が離れるのはマテナ嬢。
なんとしてもその事態だけは避けたいのだろう。
「だから隙を見て毒を入れる機会はきっとありましたわ……!!」
慎ましい胸をランドール王子に押しあて主張する。
正直、今までのお嬢様に対する態度を考えるとマテナ嬢が犯人にされて処刑されても、俺としては別に、全然かまわないのだが。
俺はお嬢様に視線をやる。
お嬢様はとても心配そうな顔でマテナ嬢を見ていた。
自分を蔑んでた奴が自業自得でピンチに陥れば、普通『ざまぁみろ』とか思いません?
全くその様子がない、なんともお嬢様らしい反応に俺は自分の心の狭さを恥ずかしく思いながら肩をすくめた。
……仕方ない。
俺は不承不承ながらマテナ嬢の主張に同調した。
「はい。わかっております。マテナ嬢の自作自演ではないということは」
まさか俺に助け舟を出してもらえるとは思っていなかったようでマテナ嬢は驚きの表情を見せる。
俺はマテナ嬢に訊ねた。
「マテナ嬢。あなたは『牛乳』を口にできないのではありませんか?」
「牛乳?」
ランドール王子は俺の言っている意味が分からないのかきょとんとしていたが、マテナ嬢はやはり正解だったようで今度は顔を歪めた。
「あなたは茶会に出席する度に、一部茶菓子を避けて言っていましたよね『口に合わない』と」
俺の中でのマテナ嬢の評価は性格は悪いが馬鹿ではない。
ランドール王子に取り入るために常にランドール王子に関してはいい顔をしていた。
実際、マテナ嬢はお嬢様を貶す時でもどこかランドール王子を持ち上げるようにしていた。
「ヴァレリー様。私、クッキー口に合わないんです~。別のお菓子ありませんかぁ? というか普通もっと気を利かせて他のお菓子用意できないんですか?」
菓子の件以外は。
「『口に合わない』というのは本当に言葉通りの意味だったのでありませんか?」
お嬢様に言っていた『口にできない』というのはお嬢様を困らせるために言った言葉ではなく、食べたりすれば体調不良を起こすという意味。
そういう体質の人がいるとお嬢様のお抱えの料理人、筋肉先……キンリュー先生が話していたのを耳にしたことがある。
だからお嬢様は。
「なら、ヴァレリーが用意した菓子にでもあたったんじゃ」
「そ、それはありません!」
ランドール王子の言葉を否定したのはお嬢様だった。
「あの茶会でご用意したのは牛乳を使用していないクッキーですから」
「は?」
お嬢様の言っている意味が分からず眉をひそめるランドール王子。
「そんなもん料理人がわざわざ作るわけ」
「作りました」
「は?」
「ですからあの日のお菓子は牛乳を使わず作ったのです。でなければあの時、マテナ様にクッキーを勧めたりはいたしません!」
そう言ってお嬢様は生地をこねるような仕草をした。
「もしかしてマテナ様、牛乳を口にできないのではありません?」
初め、マテナ嬢の体質に気がついたのはお嬢様であった。
俺はひねくれものなので嫌味で言っているだけだろうと思っていたのだが、お嬢様はマテナの言葉通りに受け取っていたため気が付けたのだろう。
そしてそのことに気がついたお嬢様がまず行ったのは、牛乳を使わないお菓子を作ることだった。
普通、恋敵の好みに合わせて料理するなんてあり得ないがうちのお嬢様は底なしのお人好し。
「だってもし牛乳が体質に合わないのであるなら私が出した料理で体調を崩されたら申し訳がたたないわ」
そう言って自分の時間を割いてまでわざわざマテナ嬢が口にできるお菓子を作ってしまうのがうちのお嬢様である。
といってもマテナ嬢はお嬢様がその事実を伝える前に『いらない』と一蹴するから、食べてもらえたことはないだが。
まぁ、別にマテナ嬢が残したとしても美味しい菓子に俺がありつけるから全然いいんだけどな。
「嘘、牛乳なしのクッキーを用意するって……面倒なのに……」
流石のマテナ嬢もお嬢様のお人好し加減に驚いているのかポカンとしていたが、ランドール王子はまだ納得がいっていない様子だった。
「ま、待て! マイテはミルクティーを飲めるぞ! あの茶会の時だって飲んでいただろ!」
確かに。
あの時、マテナ・ウィギナ嬢は白い液体を紅茶に入れミルクティーにして飲んでいた。
だから俺も思った。
ああ、やっぱり嫌がらせの方だったか。
と。
結局お嬢様の牛乳なしのお菓子は食べてはなかったし、本人からの申告もなかったから。
だが、よくよく考えれば俺があの時確認したのはマテナ嬢がカップに入れたのは白い液体ということだけ。
それがお嬢様達に用意された牛乳とは限らないのだ。
「ですからミルクティーのミルクは別のもので代用をしていたのではありませんか。例えばお嬢様がクッキーを作る時に代用した『アーモンドミルク』とか」
「……っ!」
マテナ嬢は俺の言葉に頷かなかったが顔を見る限り合っているのだろう。
そして真犯人もわかったのか。
下唇を噛み、ぷるぷると肩を震わせていた。
「あの時、あなたが躊躇いもなくミルクをカップに入れたのはそれが牛乳でないと知っていたからですよね」
ナリス卿もメアリー姫もあの時の状況を思い出し目を見張る。
ただ、ランドール王子はまだわからないようで。
「要するにどういうことだ」
イラつき気味に尋ねてくる。
俺は言葉をもっと噛み砕いたものに変え、告げた。
「ミルクを用意した人物も事前にマテナ嬢の体質を知っていたということになりませんか?」
「あっ」
察しの悪いランドール王子でもようやく俺の言いたいことがわかったようで。
ランドール王子は他の者達が既に向けていた先に視線をやった。
そう。
犯人はあの場にいて。
『本日の紅茶はマカリスタ帝国から仕入れたアッサムとそれに合う国産のミルクをご用意いたしました』
「茶会のミルクを用意した人物」
ランドール王子は視線の先の青年に向かって叫んだ。
「ノリス……っ!」
そこにはランドール王子のもう一人の側近。
バーレン男爵、ノリス・モーリスが立っていた。




