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2-馬鹿王子のアホな発言に思わず現実逃避して過去を思い起こしてしまいましたよ。ケッ!

 

「この方はシャルル公爵家のご令嬢、ヴァレリー・ルグラン様です」


 俺『セシル・ホーベリー』がお嬢様、『ヴァレリー・ルグラン』に出会ったのは今から七年ほど前。


 十一で初等教育を終え従僕になるために、この国。

 リューグラン王国のシャルル公爵家のタウンハウスに訪れた時だった。


 少しカールがかった絹のように艶やかな金髪に、ガラスのように透き通る青い瞳。


 まるでお伽噺に出てくるような。


 どちらかというと可愛い動物達に囲まれる主人公のお姫様側ではなく、毒りんごを差し入れに行きそうな悪役の王妃様側ではあったが。


 思わず目を奪われるほど美しい令嬢が目の前に佇んでいた。


「そして君の仕える主人であられます」


 だが、俺をお嬢様に紹介したメイド長、『メイラ』からそう言い渡された時、俺は手放しで喜ぶことができなかった。


 何故なら彼女は大金持ちの公爵家の娘。

 見目も麗しく、多才。


 この国の第三王子との婚約も内定しているのだ。


 将来順風満帆な人生を送るであろう数々のステータスを持ち合わせている令嬢となれば普通、使用人も一流の奴らが仕えているはず。


 にもかかわらず彼女に仕えることになったのは俺みたいななんの取り柄もない平凡な田舎者。


 どうやら彼女に仕えていた侍女や従僕はこの隣にいる侍女頭のメイラ以外立て続けて変わり、貴族で他に志望するものがいなかったのが理由らしい。


 給料が異様にいいのでおかしいとは薄々思っていたが、まさかこんな問題のある相手とは。


 俺は自分の運のなさを嘆き悲しみ恨んだものだ。


 といっても。


『お前、本当にそれ悲しんでんのか?』


 そう、実の兄に言われるほど、昔から俺の表情筋は死んでいるようなので見た目的には悲しそうに見えないと思うが。


 それに俺の両親は健在とはいえ、経営が火の車である酪農を営んでいる。

 兄弟だって、兄に、姉、弟、双子の妹と近所でも話題に上がるほどの大家族。


 俺がここで雇ってもらえなければ俺自身の衣食住に加え、下手をすれば一家で路頭に迷いかねない。


 貴族が労働階級の扱いが酷いのはこの世界では良くあること。


 実家への仕送りのため。俺自身の今後の生活のため。




「ヴァレリーお嬢様。セシル・ホーベリーと申します。不束者ですが、よろしくお願いいたします」



 このお嬢様がどんなに横暴であろうと、どんなに我儘であろうと、どんなに馬鹿であろうと。

 目をつぶるつもりでいた。







 が。



「よろし……きゃっ!」


 俺に対して挨拶を返そうとしたお嬢様は目の前で倒れた。

 正確には踏み出した一歩で自身の長いスカートの裾を踏み転んだのだ。



 ビターン!!


 そんなコミカルで盛大な音を立てて。


挿絵(By みてみん)


 静まり返る室内。


 目の前には地面に張り付く美しき令嬢。


「………………」

「………………」

「………………ぐすっ」


 微かに痛みを我慢するようなすすり泣きが聞こえてくるが、なんと声をかけていいのかわからず、いたたまれない空気が流れる。


 隣のメイラは『またか』というように顔に手を当てていた。





 案の定お嬢様には問題があった。


 しかしその問題は俺が思っていたものとは百八十度違っていた。



 仕えて数日でわかったが、彼女『ヴァレリー・ルグラン』は。


「貴族の令嬢として、マナーは必要不可欠。本日も昨日に続きテーブルマナーを学びましょう」

「はい、リュグナ先生」


 貴族の淑女らしく礼儀作法は美しく。


「リューグランの王妃になるのですから国の名産、良さを瞬時に答えられなければなりません。本日は北部、グリストの産業について学んでいただきます」

「はい、シリウス先生」


 リューグラン王国の名産など国の良さを詳細に暗唱できるほど知識豊富で。


「王家に嫁ぐ身として話術は必須。特に貿易国の言語は必ず話せるように。では本日はギリスティア語の復習から」

「はい、マーティス先生」


 隣接国に貿易国など、リューグラン王国と関連が強い五か国語の言語も堪能。


「お菓子作りで大事なのは食べる相手を思う心です! 相手が何を望んでいるのか! それを考えることから始まります」

「はい。キンリュー先生」

「ではまずは相手の気持ちを察するための洞察力を鍛えるためのスクワット100回!」

「え、あ、はい。頑張ります!」


 終いにはお菓子作りには不要かと思えるようなよくわからんハードな筋トレだってこなす。



 王子の婚約者に選ばれるだけあって、毎日夜遅くまで分刻みに組まれた厳しい王妃教育をこなす努力家であった。





 だが、初対面の見事な転びようを見てわかる通りかなりの間の抜けた方でもあった。


 礼儀作法は完璧に覚えているのに。


「ごめんなさい。私が不注意で()()転んでスカート破いてしまったわ……」


 おっちょこちょいだから定期的にスカートの裾を踏んで転ぶし。


 物覚えは良いのに。


「ごめんなさい。とても綺麗に仕立ててもらったのに私の声のかけ方が良くなかったのか()()夜会で誰とも話せなかったわ……」


 鈍感だからか言葉の裏を察しないといけない貴族の輪になかなか入れないし。


 数多の言葉を知っているのに。


「ごめんなさい。前に褒められたドレスを着ていったのだけど私の言い方が悪かったのか()()人を怒らせてしまったわ……」


 素直すぎる性格だから言葉をそのままの意味通りに捉えてしまい嫌味も通じない。


 そう、例えば。


 仕えて三ヶ月目。

 痺れを切らした俺が。


「お嬢様はもっと相手を疑うことを覚えた方がよろしいですよ。さっきの茶会で伯爵令嬢に『流石向上心がある方は違いますわね。また色目を使って交流を深めようとしているのですから』と言われていましたけどあれ褒めているわけではなくに嫌味ですからね。しかもその後どうして伯爵令嬢に言われた通りに殿方に素直にお茶を汲みに行こうとするのですか。お相手の方、貴族の間でも女癖の悪いくそ野郎って噂です。きっとあれ、あなたの醜聞をでっち上げるつもりですよ。相手の言葉をいい意味に捉えられるのはいいことですが」


 不敬にもそうまくし立てたしまったとしても怒ることもなく。


「そ、そうだったんだ」


 心底驚いたように目を見開き。


「言葉の裏の意味に気がつくなんてセシルは凄いね」


 俺を褒め。


「けれどそう言われてしまうのは私の力不足のせいだと思うわ。もっと頑張らないと」


 素直に受け入れ、黙っていれば人形のように美しい顔をへにゃりとだらしなく緩ませる。


「……お嬢様はもっと怒られていいと思いますよ」


 ほんと。

 貴族なのになんとも貴族らしい威厳のない方であった。




「あのね、セシル。私にアドバイスをしてほしいの」


 しかもその後。

 何故か平民の俺に対して何の躊躇いもなくアドバイスを求め。


「セシルのいう通りにしたら最近、余裕が出てきたの!」


 素直に実施した上で感謝の言葉を口にするぐらいだし。


「セシルのおかげよ! 本当にありがとう!」


 真っ白な美しい手で俺の手を取り、満面の笑みを向けて。






 ………………いや、別に悪いとは思わないけどもさ。うん。





 ちなみに。


 そんなほんわかした性格のお嬢様が使用人から嫌われるようなことをするはずもなく。

 お嬢様の元から侍女や従僕達が次々に辞めていった理由は別にあった。




「全くお前は本当に役立たずだな」



 仕えて半年。


 お嬢様の婚約者であるリューグラン王国第三王子『ランドール・リューグラン』に会ったことで判明した。


 金髪に碧眼。

 何故直さないと思う頭のてっぺんのアホ毛のせいでイケメン感にはかけるが、お嬢様同様、貴族らしい容姿の持ち主。


 ただお嬢様と違い、性格も悪い意味で貴族らしい。


 アホ毛のてっぺんから足の爪先までプライドの塊のようなお人だった。


「なんだこの茶は! ぬるい! ぬるすぎる! 第三王子である僕に飲ませるものか! おい、ノリス! 代わりのものを用意しろ! きちんと熱いやつをな!」

「え、しかし王子。前の茶会では猫舌なので熱くするなと……」

「紅茶は熱いのがいいんだ! とっとと持ってこい!」


 自分より地位が低いものにあたり散らすのは当たり前で、王家に生をなした自分の我儘はどんなものでも許されるもの。


「ヴァレリー! 貴様も僕の婚約者なのだからもっと僕の気持ちを汲み取れないのか! この愚図!」


 その上、婚約者であるはずのお嬢様のことを理不尽なまでに目の敵にしていた。


 どうしてかと、メイラに聞いたところ。


 初めてお嬢様と王子が顔合わせをした茶会の席でやり取りが原因のようだった。


「マカリス帝国との外交についてはどう考えている」


 よく知りもしないのに初めて会ったお嬢様に王子は外交の話を切り出した。


 当時、王子は十歳で、お嬢様は七歳。


 お嬢様の容姿に惚れて婚約者に指名した王子としては。


『ランドール様は知識が豊富なのですね』


 そう褒められたいがためだけに持ち出した話題だったのだが、お嬢様。


 幼い頃からの努力のおかげでなまじ知識があったせいか。


「我がリューグラン王国はマカリス帝国からの貿易が主流です。しかしながら六年前のザルムンガルの聖戦の影響がまだ、尾を引いていることもあり、物流など今後の気がかりです。ですから帝国だけに頼る今の外交は如何なものかと」


 なんて空気を読まず、どこぞの評論家顔負けの持論を展開してしまったらしい。


「いかがですか? ランドール様」


 感のいい奴なら予想がつくと思うが、承認欲求のみ強く薄い知識しか持っていない第三王子が答えられるはずもなく。


 顔合わせの空気は最悪。


 お嬢様は聞かれたことを素直に答えただけなのだが、山のように高い王子のプライドにこの一件でのお嬢様の態度は癪にさわったらしい。


 以来。


「現場のことは知らないくせにいつも知識だけ一人前に並べやがって、黙っていることはできないのか!」

「そんな冷たい目で僕を見やがって、僕のことを馬鹿にしているんだろう!」

「女は黙って男を立てればいいんだ!」


 自分の方が上だと誇示するようにお嬢様を叱咤し始めた。

 見るに見かねた侍女や従僕が何人か王子に進言したそうだが、その末路はクビ。


「お前みたいな愚図の味方をするなんて。誰が上なのかわかってない使用人なんぞいらん!」


 お嬢様を貶める理由に使って。

 それを何度もそれを繰り返していくうちに、王家からの報復を恐れた貴族の家からは使用人を雇えなくなり、最終的に何も知らない田舎者の俺が雇われたそうだ。



 そんなクソ野郎なんてとっとと捨ててしまえと思うだろう。

 だが、どんなにろくでなしでクズで馬鹿だとしても。


 お嬢様は貴族で、相手は第三王子。


 第一王子と第二王子も……一応優秀な人物。

 妹もいるため、どうあがいても王位継承が回ってくることはほぼない。


 しかし、馬鹿であろうと王になるまいと。


 お嬢様の父、シャルル公爵は現王家との繋がりを。

 王家は国を運営していくための資金を。


 互いの利益のために、この政略結婚は必要不可欠。


『二人は数々の苦難を乗り越えて幸せに暮らしましたとさ』


 例え『魔法』が使えるこの世界でも。

 本に描かれるおとぎ話の主人公であるネズミ達のように自由を手に入れるなんてありえないのだから。


 平民の俺にできることといえばせいぜい。


 王子が馬鹿な発言をした時に。


「ヴァレリー。お前はもう少し頭を……ぎゃっ!! なんだ!? 何の破裂音だ!?」


『蛇の戯れ』と呼ばれる『魔術具』をテーブルで破裂させ、驚かすというガキみたいなしっぺ返しをするぐらいだろうか。




 これで少しでもあの王子が悔い改めれば。

 そう考えていたのに。






 まさか。





「ヴァレリー・ルグラン! 僕との婚約破棄を言い渡す!」


 悔い改めるどころか、王子側から婚約破棄を言い渡すなんて。


「王家の婚約者にあるまじき、陰湿な行為。我が友人、マテナ・ウィギナを殺害しようとした罪でだ!」



 ……マジで何言ってんだ、この王子。やっぱり馬鹿なのか馬鹿王子。


 俺を含め、会場にいる出席者は茫然自失。

 俺はどういう事かと馬鹿王子の背後に立っていた顔見知りの王子の側近達に視線を送る。


 どうやら側近であるバーレン卿とナリス卿も婚約破棄なんて寝耳に水のようで。

 バーレン卿の白い肌はますます真っ青になり、ナリス卿の鋭い切れ目はますます鋭くなっていた。


「ふふん。図星過ぎて何も言えないかヴァレリーよ」


 そんな側近らの心中など露知らず。

 この馬鹿王子は自信満々で鼻息を荒くし、胸を張りお嬢様を指差す。


 いやいやいや、馬鹿王子。


 お嬢様が黙っているのはこれが夢じゃないかって何度か確認しているせいですよ。


 多分、顔に出ないだけで内心アワアワしてますよ。

 よく見ないとわかりませんが口の端を引きつっているでしょ。


 いくら口下手だっていっても普段なら拙い言葉でもあなたを注意しますよ。


 それにほら、後ろ振り返って見なさいって。

 側近の二人もですが、あんたの妹君。


 メアリー姫だってあんたのこと睨みつけてるじゃないですか。


「あの馬鹿……クソ馬鹿お兄様」


 お姫様がしちゃいけない殺気だった目付きで。

 馬鹿って言うのも言い直せてもないし。


 お気持ちはもの凄くわかるけども。もの凄く。


 そんな呆れ、動揺、怒り。

 様々な感情が渦巻くホールに。


「そうそう。王子のおっしゃる通りです~」


 空気が読めないのか、それともあえて読んでいないのか。


 媚びを売るような猫なで声が響き渡る。


 馬鹿王子の後ろから姿を見せたのは左右の頭の大きなリボンを着けたお嬢様とあまり年は変わらないはずなのに二・三歳は幼く見える少女。


 やっぱり出てきたか、あの()()()


「マテナ」


 馬鹿王子は目の前に婚約者がいるにも関わらずリボンの少女の腰に手を回し、抱き寄せる。


 少女の名は『マテナ・ウィギナ』


 リューグラン王国で一応歴史ある子爵家の令嬢であり、この馬鹿王子の()()()()()でもある。


 お気に入りの理由は単純。


「真実を包み隠さず追及するその姿勢。流石王子、かっこいいわぁ」


 こうやって馬鹿王子が馬鹿な発言をしても注意することなく何でも褒め称え、よいしょするところだろう。


「ラ、ランドール様。一体どういうことでしょうか」


 お嬢様は内心動揺しているだろうが、なんとか淑女らしく慌てず馬鹿王子に問う。

 対する馬鹿王子は目尻を吊り上げ感情的に声を荒らげた。


「どういうことだと!? ヴァレリー、お前がマテナに毒を飲ませたからだろう!」


 毒という言葉にお嬢様は目を見開く。


「毒とは……もしかしてあの茶会の……」

「そうだ!お前が紅茶に入れた毒でな!」

「で、でしたら別室でお話いたしませんか?」


 お嬢様は慌てて場所を変えようと提案する。


 言っておくがお嬢様が場所を変えるように提案したのは別に身の保身から出た言葉ではない。


 王子が口にした例の茶会の件は他言無用と言われていたからだ。



 王直々の命で。



 他の面々もますます焦りの表情を見せる。


「ふん、その手には乗るか。どうせ場所を移動して有耶無耶にする気だろう。この場で化けの皮が剝がしてやる!」

「で、ですが王子。その話をこの場でされるのは王の命に」

「ノリス! この僕がいいと言っているだろ!」


 バーレン卿も後ろから止めに入るが馬鹿王子は聞く耳を持たない。


 自分が正しいと疑っていないようだ。


「あの、王子。本当に一旦落ちつ」

「王子、話を」

「うるさい!」


 なんとか止めようとするバーレン卿とナリス卿の制止を振り切ると。


 高らかにお嬢様に向かって指を差し。


「ヴァレリー! 貴様の罪がなんなのか、改めて認識させてやろう!」


 馬鹿王子は馬鹿な頭から導き出した馬鹿げた推理を語り始めたのだった。


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