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3-そこまで疑うなら思い起こしてみましょうよ、例の茶会のことを。

 

 婚約破棄騒ぎの発端。

 馬鹿王子の言う毒殺未遂があった例の茶会が行われたのはこの婚約破棄騒ぎが起きた夜会から丁度一ヶ月前。

 リューグラン城の庭園での出来事であった。




「本日の紅茶はマカリスタ帝国から仕入れたアッサムとそれに合う国産のミルクをご用意いたしました」


 例の茶会が始まって挨拶もそこそこにそう切り出したのは、淡い銀髪に深緑の瞳が特徴的な青年。


 馬鹿王子の側近、バーレン男爵『ノリス・モーリス』。


 彼は国境付近を牛耳っているリラス伯爵の次男坊で親の伯爵の仕事を手伝っていることもあり普段から紅茶やティーカップ、装飾品など普段から物珍しい仕入れては茶会で披露していた。


 あの時も馬鹿王子から直々に依頼されたらしく。


「王子のご要望通りどちらも最高級の物をご用意いたしました」


 いつも通り端正な顔に微笑みを浮かべながら、茶会の会場であるガゼボのテーブルに置かれたティーセットを前にそう馬鹿王子に向け説明していた。


「ふーん。悪くないチョイスじゃないか。おい、ヴァレリー! とっとと入れろ」


 といっても紅茶自体を入れるのは、バーレン卿でも俺ら使用人でもなく。

 将来の王妃としての練習としてお嬢様なのだが。


 お嬢様は六つのティーカップに紅茶を注ぐと、一つを馬鹿王子に差し出した。


「ランドール様。お待たせしました」

「相変わらずトロイな。お前は」

 

 礼を言うどころか文句を垂れつつドバドバと砂糖とミルクを入れる馬鹿王子。


「……って熱っ!!」


 しかも紅茶を口にした馬鹿王子は、大袈裟にカップを離すと唇を触りながらお嬢様を睨み付けた。


「熱いじゃないか! もっと適度な温度で入れられないのか!」

「ですが以前入れた時は熱くしてほしいと……」

「言い訳するな! 雰囲気で察しろ、馬鹿! おかげで服が汚れたじゃないか! ほら、ここ!」


 馬鹿王子は服についた二・三滴の紅茶のシミを指差し怒鳴る。


「も、申し訳ありません。すぐに拭くものを……」

「王子。こちらをお使いください」


 慌ててハンカチを用意しようとお嬢様の代わりに長身で黒髪の目つきの鋭い男がハンカチを差し出した。


「ありがとうございます。ジョ……ナリス卿」

「ちっ、遅いぞ。ジョシュア」


 お礼を言うお嬢様を尻目に、馬鹿王子は舌打ちをし彼からハンカチを奪い取った。


 長身の彼は医療魔法で有名なファリオス伯爵の三男でバーレン卿と同じく側近の『ジョシュア・ミットフォワード』。

 このリューグラン王国では普通三男は爵位を獲ないのだが最近軍事医として手柄を上げたようでナイトの称号『ナリス』を与えられナリス卿と呼ばれるようになっていた。


 だが、部下の手柄など馬鹿王子にとってはどうでもいいことのようで。


「ここ最近お前がいなかったせいで雑用する奴がいなくて迷惑していたんだ。帰ってきたならもっと役に立て、クソが」

「申し訳ありません」


 頭を下げるナリス卿に対し、身勝手極まりない暴言を吐く。

 仕舞いには。


「おい! そこの、死んだ目のお前! これ片付けとけ!」


 お嬢様の後ろに立っていた俺の額に目掛け、丸めたハンカチを投げつけるのであった。




 この茶会、実は婚約者同士が仲を深めるために毎月一度、リューグラン城の庭園にて行われているものである。

 そのため出席者はお嬢様と馬鹿王子。俺のような雑用をこなすために呼ばれた使用人以外にも、結婚後関わりがあるであろう側近達。

 バーレン卿とナリス卿も参加していた。


 しかし一連の会話からわかる通り。

 馬鹿王子が相も変わらず気分次第で理不尽にあたり散らすため、正直雰囲気はよいものではなく。


「セ、セシル、大丈夫?」

「はい、ほとんど乾いたハンカチですから。前のカップに比べれば額も切れませんし」

「ヴァレリー、何ぐずぐずしている。このノロマ! とっとと新しい茶を用意しろ!」

「ですがランドール様。ナリス卿にお礼をお伝えしておりませんし、それにセシルにも」

「ヴァレリーのくせにまた楯突く気か!」

「あー、お嬢様。俺のことはいいですから。早く王子の所に行ってあげてください」


 むしろ関係悪化の原因となっていた。



 そのうえ、ここ最近は場違いな者も参加していたこともあり空気は最悪であった。

 その人物というのはお察しの通り。


「王子~。ご無事ですかぁ?」

「マテナ!」


 馬鹿王子のお気に入り、性悪女である。




『マテナは俺の友人でな。夜会で知り合ったんだ。親との折り合いが悪く苦労してきた可哀想な子でな。仲良くしてやってくれ』



 性悪女が図々しく茶会に乗り込んできたのはこの茶会より三か月ほど前。

 馬鹿王子が連れてきたのが始まりだった。


 彼女がどれほど不遇な身の上か。

 彼女にどれほど優しくすべきか。

 彼女はどれほど自分に優しいか。


 上っ面では馬鹿王子は綺麗ごとを並べていたが、多分色仕掛けに引っかかって陥落させられたのだろう。


 え、どうしてそんなことがわかるんだって?

 そりゃ。


「大丈夫じゃない。舌がひりひりする」

「ほんと真っ赤~。かわいそぉ。折角いいお紅茶用意してもらったのに楽しめないなんて~」


 顔を近づけあったり、腰に手を回したり。

 見てわかる通りいくら何でも()()()()という言葉では片付けられない距離感、出しているからだ。


 バーレン卿とナリス卿も二人の怪しい関係には薄々……というかこれ程露骨であればがっつり気づいているようで。

 気まずそうな顔をしていたが、バーレン卿とナリス卿は王子側の人間。

 主人である王子から客人だと紹介されれば無下にするわけにもいかない。


 その中で唯一王子に意見ができるお嬢様も。


『まぁ、ランドール様にお友達ができるなんて! 感動です!』


 馬鹿王子の言葉を素直に受け入れてしまったのが厄介であった。


 以来、性悪女は婚約者であるお嬢様を差し置いて馬鹿王子の隣に陣取っては。


『ヴァレリー様。私、クッキー口に合わないんです~。別のお菓子ありませんかぁ? というか普通もっと気を利かせて他のお菓子用意できないんですか?』

『ヴァレリー様。カップのセンス悪くないですかぁ。王子のためにもっといい物を選びましょうよ~』

『ヴァレリー様。どうして最近流行りの宝石を持ってないんですかぁ。私みたいに良いものつければいいのに~。もしかしてもらう人がいないとか~?』


 将来の王妃として王家の来客をもてなすのは当然かもしれないが、顎で使ったり馬鹿にするのは話が違う。

 挙句の果てに。


「本当にヴァレリー様って王子の言う通り、気遣いのできない人ですねぇ」

「全くだ。どうしてこんなグズなんだか」


 馬鹿王子と共に嘲笑う始末。


 こいつら……っ!


 馬鹿王子と性悪女のお嬢様へ対する無礼。

 いつもであれば魔術具を使ってここで一発ぶちかまして話を逸らすところ。


 だが、あの日はそれをすぐに実行しなかった。

 何故なら。


「ヴァレリー様。そのハンカチ、私が預かりますわ」


 そう言って俺からハンカチを受け取ったのは腰まである金髪に碧眼に小さなアホ毛の少女。

 馬鹿王子と似た容姿の彼女は馬鹿王子睨み付けた。


「皆さんに対する無礼、いかがなものかと思いますよ。お兄様」


 リューグラン王国の第一王女で馬鹿王子の妹、メアリー姫もいたからだ。


 とはいっても馬鹿王子と同じ血を引いているとは思えないほど彼女はまともな思考の持ち主だった。


 メアリー姫は馬鹿王子からナリス卿に視線を変え、頭を下げる。


「いつもいつも私の兄がごめんなさい。ジョシュア。ハンカチは後で綺麗にして返すわ」

「……ありがとうございます。メアリー姫」


 そう、メアリー姫は王家の一員だからといって立場の低い者に対し傍若無人に振る舞うこともないし、気分によって理不尽なことを口にすることもない。


 それだけでなく。


「第一、ここは婚約者同士が仲を深めるために設けられた場。無関係な令嬢が顔を出すべきではありません。お兄様、マテナ様。いい加減何度忠告すればわかるのですか?」


 馬鹿王子の馬鹿な行動を注意する数少ない方でもあった。


 メアリ―姫に睨まれた性悪女はわざとらしい口を尖らす。


「と言われましてもぉ。王子が私をこの場に呼んでくださったんですよ~。国民の助けも必要だって。ねぇ、王子」

「そうだ。国民に慈悲を与えることに何の文句がある」

「慈悲とは公費で宝石類を買い与えたりなど特定の方を贔屓することではないと思うのですが」

「はぁ? なんでそれを知って……いや、お前こそ国民を差別するのか!」

「差別ではなく思慮分別をわきまえるべきだと言っているのです。聞きましたよ。宝石に限らず、嗜好品に調度品。魔術具まで。ここ最近は特にむやみやたらに散財しすぎです。このままではお父様のお耳にも入りますよ」


「人に優しくして何が悪い! 僕の優しさを無下にするお前こそひどい奴だろ!」


 相変わらずなんという自分勝手な主張。


 話が通じない馬鹿王子にメアリー姫も呆れ顔。

 頭を抱え深いため息をついた。


「ですから、私が申し上げたいのは、婚約者でもない相手に贈り物を何度も送ったり、身体を近づけるのはいかがなものかということです。これ以上、事を大きくしないでください。()()()()()()()()()()()()!」


「………………立場」


 そのメアリー姫の言葉に反応したのは何故か言われた馬鹿王子ではなく、性悪女だった。

 性悪女の顔から一瞬、笑みが消えたように見えた。


「メアリー姫。あなたは立場をわきまえるべきですって言いましたがぁ。あなたこそ」


 だが、見間違えか。次に顔を見た時はいつものにやつき顔に戻っており、周りを一瞥するとメアリー姫に向かって不敵な笑みを浮かべた。


「家族に逆らって、人のこと言えた口ですかぁ?」

「あなたっ!」


 性悪女の挑発的な物言いにメアリー姫は思わず声を荒らげてしまう。


 互いが睨み合い、一触即発の緊張状態。

 メアリー姫は今にも性悪女の胸ぐらに掴みかかりそうな勢いだ。


 正直、俺がいつも以上に静観を決め込んでいたのは、俺なんかが下手なことをするより、気合の入ったメアリー姫がうまく注意してくれればと思ってのことだったが。


 思ったより怖っ。

 気の強い女同士の戦い、怖っ。


 巻き込まれないようにちょっと距離を取ろ……


「お、お二人共、落ち着いてください!」


 内心で恐れおののく俺を尻目に今にもキャットファイトを始めかねない二人の間に割って入ったのはお嬢様だった。


「お二人共、一旦落ち着きましょう。そうです。お菓子でも食べて、ね……?」


 お嬢様は自身が持ってきた手作りクッキーを差し出した。

 場を和ませようとしたようだが、残念ながらお菓子ぐらいで釣られる二人ではない。


「どうしたんですかぁ、メアリー姫。お顔真っ赤ですよ。眉間にはシワも入ってますし」

「なっ!」

「マテナ様、そのようなことを口にすべきでは……! メアリー様、大丈夫ですよ。今日もお綺麗で……」

「折角のおめかしが台無し。嫌われちゃいますよぉ」

「………………っ!!」

「あ、あの……」


 女の戦いに、言葉の裏を読むのが下手なお嬢様はうまく宥めることができず右往左往。

 おろおろとクッキーの入ったバスケットを手に突っ立っているしかない。


 あー、お嬢様はどうしていつも黙っていればいいところで首を突っ込むんだか。

 ……仕方ない。


 俺はようやくポケットからビーズのような小さい玉、『蛇の戯れ』を取り出そうとしたが。


「そうですよ。お二人とも落ち着きましょう」


 その前にバーレン卿が助け船を出した。


「お二人共色々思うところがあるのでしょう。しかし折角他国から取り寄せた紅茶が冷めてしまっては勿体ないですし、ここは私の顔を立てるつもりでお願いしますよ」


 流石、甘いマスクに物腰が柔らかで紳士的なため、夜会で令嬢達に人気があるバーレン卿。

 目線で火花が飛び散るほど険悪な二人の間に割って入っているのに落ち着き払った様子で爽やかな笑みを向けている。


「なぁ、ジョシュア。君も皆でにこやかに笑い合える落ち着いた茶会をしたいだろ?」

「……あ、ああ」


 勿論、ナリス卿の同意を得て味方を増やすことも忘れない。


「いかがでしょうか?」


 バーレン卿の諭しに性悪女とメアリー姫は互いの様子を確認したのち。


「………………そうね」


 先に折れたのはメアリ―姫だった。


「申し訳ありません、ヴァレリー様。外部者が口うるさくしてしまい。ここはヴァレリー様とバーレン卿。それに……ナリス卿のお顔を立てて大事にはしませんが、いい加減きちんと話をさせていただきますからね」


 メアリ―姫は馬鹿王子と性悪女をひと睨みすると席に戻り砂糖が入った紅茶を手に取った。


 性悪女も周囲の顔色を見渡したのち、馬鹿王子から身体を離すと。


「……は~い」

 ミルクティーにした紅茶に口をつける。


 席に戻った二人を見てお嬢様は胸を撫でおろすとバーレン卿に礼を口にした。


「ありがとうございます。バーレン卿」

「気にしないでください。こちらこそ二人を止めようとしてくださりありがとうございます」


 お嬢様に顔を寄せ、先程同様爽やかな笑顔を向けるバーレン卿。


 ……お嬢様を助けてくださったのは感謝するが顔近くないか、おい。


 俺は再びポケットの中のビーズに手を触れたが。


「………………」


 なんだか嬉しそうにしているお嬢様を見て、ポケットの中で握った拳を離した。





 まぁ、何はともあれ。

 これでひとまず終息。


 ()()()()()()()()()()()


 問題は何一つ解決していないが、仲を深めるというのを建前にした不毛な茶会が続く。




 はずだった。




 ガチャッ!!



 乱暴にカップを置いた音がガゼボに響き渡る。

 顔を上げると音の先には性悪女が。


 まだ何か嫌みでも言うつもりなのかと思ったがなんだか様子がおかしい。


 喉を抑え額に汗が滲んでいる。


「マテナ様?」


 お嬢様の性悪女の様子がおかしいことに気づいたようで不安げに顔を覗き込む。


 性悪女はその問いには答えず普段のように悪態をつくこともなく、カリカリと喉を掻いている。


「お、おい。大丈夫か?」


 馬鹿王子も心配そうに声をかけるが性悪女はいつもの愛想のいい笑みを浮かべることなく表情はますます険しくなっている。


 顔面蒼白。息も荒く普通の状態ではないことは誰の目にも明らか。


 そして。


「うっ……」


 小さな唸り声を出したかと思うとそのまま床に倒れたのだ。


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