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八鬼  作者: 城谷結季
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11/13

対峙

ここから展開していきたい(´・ω・)

 ひらひらとどこからともなく現れた蝶が月光を受け舞う。

 眩い明かりを纏いながら静かな夜の舞台を謳歌し、黒い袖を振う。そして挨拶をするように旋回すると、ひらひらと降り立つ。柔らかな地に安心したように羽を閉じた。それを、壊れないようそっと撫でる指があった。休める羽を指先ですっと擦る様はまるで大切なものを愛しむよう。


「よくできました」


 動作と違わぬ優しい労わりの言葉がかけられ、それを聞き届けた蝶は役目は終えたとばかりに飛び立ち、空へと向かう。その中に浮かぶ光の渦の中へと蝶が姿を消した後には、闇に紛れてしまいそうな夜色の着物に身を包む妙齢の女性が佇んでいた。


「いるんでしょう、ヨモツグリ」


 月光の射さぬ闇の密集地へとかけられた声は先程とは違い、鋭いものだった。その切っ先を向けた先で影が蠢く。じわりじわりと形らしきものが現れ、突然辺りを強い風が襲い掛かる。

 びりびりと空気が震える。青白い光の線が走り、女性を包む。


「約束を違えるつもりはないの! 大事な仲間を見捨てるなんてできない! 聞きたいことがあるだけなの!」

「それを聞いてどうする。聞かなくてもわかっているだろう、殻之夢」

「……」


 顔を庇っていた腕が下りていく。女性は唇を噛み締めていた。


「還れば君が慕っていた者達に会える。先日君が昇華した仄もいるだろう」


 なんの抑揚もない事実のみを告げる言葉と共に闇から現れたのは、長い髪を靡かせた長身の男だった。


君が戻ってきた・・・・・・・ということはそろそろこの茶番も終焉へと近づいたということ。君の代わりに、君の強欲と引き換えに、あの子が背負った業だ。褒めてあげるべきだな」

「そんなのはわかってるわ。あの子に無理を強いたのだって、わかってる……」

「それなら今更何を躊躇う? 何が君を未練がましく縛る」

「…………」

「君は妖だ、殻之夢」

「……あの子は」

「完璧な妖でなければ天門は開かれない。役目を終えれば自由に人の中で生きていけるだろう」


 女性はふっと息を吐くと僅かに口角を上げて空を仰いだ。その頬に涙が一筋流れ、彼女を慰めるようちらちらと星が瞬いた。

 しばらくその様子をじっと眺めていた男が不意に口を開く。先程までの断定口調とは違い、ほんの少し躊躇いの間を挟んで。


「……君が望んだ形になったのか」


 振り返った女性は笑顔を浮かべる。しかし、眉を下げて。


「……幸せなの。“人”の中に生きているのが、こんなにも満たしてくれるなんて。みんな、みんな、おんなじ想いになれたのかなぁ」


 その言葉に応える者は、もうそこにはいなかった。それでも女性は気にしていないようで再び空を見上げると、胸元で手を合わせた。


「綾乃」


 何かを願うような、そんな雰囲気だった。







「さて。お泊りといったら醍醐味は何でしょう! はい、朝子ちゃん」

「枕投げですね!」

「うん、健全でよろしい」


 そんなやり取りから始まった枕投げ。

 人様の家で借り物の枕と布団をぐちゃぐちゃに夕香と朝子は枕を投げ合い笑う。綾乃はおろおろしながら、落ちてきた枕を適当に投げ、それでも布団が皺にならないよう伸ばしたり整えながら飛んできた物体を避ける。

 お泊りの醍醐味にこんな行事があるとは知らなかった綾乃としては、居ても立っても居られない。それは乗り気というわけではなく、こっそり部屋を抜け出したいという意味で。

 そんな様子の綾乃を夕香は引っ張り、枕を持たせる。


「ほら、綾ちゃんも。宗谷んちのなんだから気にせず投げちゃっていいのよ」

「はっ……! 宗谷さん……怒るでしょうか……」


 なぜか急に現実に戻ったらしい朝子が若干青ざめている。それに夕香が「いーのいーの」と手振りで伝えるも、先程までの熱の入った空気はなくなっていた為、夕香はごろりと横になった。

 夕飯とお風呂をいただいた後なので三人とも浴衣姿なのだが、気にしない夕香のところどころ肌蹴た格好を見ていられなくて(同性だけど)綾乃はそっと目線を逸らした。

 その時ふと感じた。今度はわかる。誰かが部屋に近づいていることを告げるべきか悩んでいるうちに襖がさっと開かれ、朝子が慌てて夕香の体を布団で覆い隠した。その速さに綾乃も夕香も目を見開いた。


「朝子ちゃんありがとー。ちょっと宗谷、用があるなら一言声かけてから開けてよね」

「……それは悪かったね。二人は大丈夫そうだけど」


 溜息つきながらもちゃんと退治屋は目を逸らしている。その間に朝子が布団で壁を作り夕香は身なりを整えた。


「それで、なに」

「君に話がある」

「えー」


 くるりと振り返った夕香の返事に退治屋は肩を竦めた。そして入口近くにいた綾乃に「後で人寄越すね」と告げ、歩いて行った。それに仕方ないという風に夕香もついていく。

 パタン、と閉じられた音が部屋に響いた。

 布団を綺麗にしようかと綾乃が立ち上がりかけ、ぶつぶつと何か呟いている朝子の様子に気付いた。

 何事かと近づいてみると「浴衣……宗谷さんも浴衣……」と聞こえた。

 確かに退治屋も浴衣だったがそれがどうかしたのだろうか。いつものヨレかけた洋服ではないのでイメージが違うかもしれない。しかし白色に紺の絵柄は自分達と同じものだ。


「浴衣はよろしくないですー……綾乃さん! 夕香さんと宗谷さんもしやっ……」

「えっと、落ち着いて……」

「そもそもお二人はそういう仲なんでしょうかー!? 綾乃さんどう思いますっ!?」


 どういう仲なのかよくわからないが、朝子は退治屋が好きらしいと先日わかったので、それに関係あるのだとは気づく。けれど綾乃も二人がどういう仲なのか詳しいわけではないので、説明のしようもない。パニックになりかけた人を落ち着かせる方法もわからない。


「幼馴染は危険路線ですー。それに朝子よりも付き合いは長いですー……」


 今度は落ち込み始めたので、そっと背中を擦る。とりあえず部屋を飛び出したりしないようなのでほっと安心していると、ふと朝子がぽつりと呟いた。


「宗谷さんと出会ったのは、両親が妖に殺された時でした」


 一瞬綾乃は固まる。背筋を冷たいものが走り抜けて、脳裏に何かが掠める。


「その日は私の誕生日でした。三人でテーブルを囲んで、ロウソクの火を消そうと電気を消したら……」


 不意に暗い部屋でゆらゆら揺れる炎と蠢く黒い影の映像が流れてきた。実際には見ていないはずの光景だ。白い壁が点々と赤く染まり、テーブルの上のホールケーキがぐちゃぐちゃに切り刻まれている。横たわる二人の男女、蹲る少女……

 呑まれてはいけない。そう焦る心とは裏腹に次々と場面は展開していく。


「そこに宗谷さんは現れて……」


 朝子の声が遠くで聞こえる。入り込んでくる映像に縛られ、綾乃は身動きができなかった。

 玄関から飛んで入ってきた退治屋と数人の男達。彼らは黒い影と少女を取り囲むと一斉に何事かを唱え始めた。

 のた打ち回る影は少女に手を伸ばし、そしてその腕が吸い込まれていき――


〔わたシは体を手ニ入レタ〕


 突如映像は切られ、ガン、と頭を鈍器で殴られたような衝撃が襲う。真っ白な視界、陶器の割れる音、遅れてやってくる体の痛み。

 綾乃は咄嗟に腕を交差した。そこに加えられた衝撃は負傷した体の痛みと相まって激痛に近い。しかし放たれた攻撃を透明な壁がはじき返すので、直接的なダメージはなかった。

 これは妖。綾乃の能力が通じるのであればそういうことになる。しかし綾乃は朝子と二人で部屋にいたはずであるし、妖の気配があればすぐに気づく。

 綾乃が妖の存在に気付かなかったということは――

 頭に浮かんだ考えを頭を振って追い払う。今はどうやって止めるかを優先させよう、と。

 今は能力のひとつガラッゴツグリで身を守ることに精いっぱいだ。繰り出される攻撃は絶え間なく、そして目の前で踊るように身を翻す見慣れた姿に手を出せずにいた。

 同じ浴衣を着て、先程まで話していた朝子。揃えられた綺麗な黒髪が乱れ、虚ろな目には何も映っていないのだろう。

 綾乃はこの状態の妖と戦うのは初めてだ。人を乗っ取ることができるなど聞いたこともなく出会ったこともない。スボルノも擬態しかできないはずで、ロモモなど尚更。妖の最上級ガナベは意思疎通もできるが自身にプライドがあり、人に近づくことさえしないというのに。

 浮かんだのはあの映像。退治屋と数人の男達が唱えたのはなにか。


「盟約により彼の地、彼の光のもと封ぜよ」


 ダメもとで発した妖封じの力も、僅かに体勢を変えられただけで意味を為さなかった。

 綾乃は唇を引き結ぶ。本当に朝子の体を乗っ取っているのなら利かないかもしれないノメツグリという能力に集中する。シリンツグリで動きを抑え、じっと目を合わせた。しかし虚空を見つめるだけの様子では効果があるのかはわからない。熱くなる目頭に耐えるも、朝子の体はすぐに動きを取り戻したので慌てて距離を取った。

 妖の形を崩すというノメツグリがきかないということは、やはり体の中にいるのだ、妖が。


〔まなツグリ、ミツケた〕


 朝子の声で、朝子の顔で、妖は笑った。ぞっと鳥肌のたった腕を掴み、綾乃は目を細める。


〔おまエは、エさ〕


 右の口角だけを上げて言う。朝子は絶対しないその顔は不気味だった。


「何を言ってる」


 刺々しい綾乃の言葉にも妖は動じない。むしろますます近づいて愉快そうに言う。


〔おまエをやレば、かエらなクテイイ〕


 言葉が終わると同時に相手は動き出す。それを読んでいた綾乃もシリンツグリで応戦した。振り下ろされたのは折り畳み傘。朝子が愛用している水玉のそれは、退治屋からもらったものだと嬉しそうに話していた。


 綾乃にはもうわからなかった。誰を信じればいいのか、何を信じればいいのか。けれどそれでも妖退治の宿命はつきまとうのだ。


 迷いを断ち切るように両断した先で、苦しそうに肩を掴む朝子の姿があった。じわり、と赤い染みが広がる様子を見て綾乃の手は震えた。

 これは妖。引き剥がせないなら仕方のないこと。このままにしていては他の人々に迷惑をかけてしまう存在。

 必死に震える腕をもう片腕で抑え、息を整えた。

 やらなければやられる。ここはそういう世界だ。

 一拍瞼を閉じた綾乃は、次の瞬間大きく跳躍した。



※妙齢=結婚適齢期の女性(日本語表現インフォ様)

 諸説あるようですがこちらに。夢はまだまだ若い。


能力一覧(ここまでで出てきたもの)

*アビツグリ(阿鼻継ぐり)

 瞬間的に相手に打撃技を繰り返す目に見えない思念力。(効かない妖もいる)

*シノツツグリ/シノツグリ(篠突継ぐり)

 一突きで相手にかなりのダメージを与える力(体力消耗が激しい)

*シリンツグリ(刺針継ぐり)

 爪・髪・歯・骨などが針状になる力(使った歯や骨などは復活しない)

*ガラッゴツグリ(殻護継ぐり)

 殻のようになり敵から身を守る唯一の防御術

*ノメツグリ(箆目継ぐり)

 視線を合わせることで妖の形を崩す力(目を合わせると危険な妖もいる)

*ハマツグリ(破魔継ぐり)

 妖を封じる力

*ヨモツグリ(黄泉継ぐり)

 妖を黄泉に還す力




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