疑惑
「うっわあ! すごいお屋敷ですー」
車で三時間。先日の話、退治屋の家に合宿という名目で四人揃って降り立ったのは、まさに豪邸。とはいってもそれは日本家屋で、平屋に庭園と定番ともいえる造りにますます退治屋の素性がわからなくなった。
あまりに似つかわしくない様子なのに、朝子は気にせずはしゃいでいた。
前に夕香から退治屋の家は裕福だとは聞いていたが、どこまでも続く塀に圧巻させられる。
「はぁ……あまり気乗りしないな」
「どうしてですか」
「何年ぶりかの里帰りだからよ。宗谷はね、家出同然なの」
ぽん、と肩に手を置かれた。彼女の柑橘系の匂いが鼻をくすぐる。
「家の方針と合わなくてね……とりあえず、行こう」
肩を竦めて歩き出した退治屋がふと立ち止まり、ポケットをまさぐり出す。
「そうそう、綾乃ちゃんにこれを渡しておこうと思って忘れてたよ。お守りみたいなものだから、ここにいる間は身につけておいてほしい。まぁ、気休めみたいなものだけどね」
そう渡されたのは赤い小さな巾着袋だった。青や黄色の花が散りばめられ、退治屋らしくない物に首を捻るが、とくに説明もなく皆歩き出していたので慌てて追いかけた。
退治屋が玄関を開くとすぐに声がかかる。
「尚お坊ちゃま! 無事にお帰りになられて嬉しゅうございます。爺は、爺はこの日を……」
「挨拶は後にして、まずは彼女たちを部屋に案内してあげてくれないか?」
感極まり、というように涙ぐむ男性は背広姿。少し伸ばされた髭も髪も整えられていて品がある。
「そうでしたそうでした! 尚お坊ちゃまの大切なお連れ様だというのに大変失礼いたしました。私、この宗谷家の家令を務めさせていただいております、館夜と申します」
館夜は深々と頭を下げた後、こちらですと言って三人を先導する。
「宗谷さんは?」
「僕は両親に挨拶してくるよ。終わったらそっち行く」
朝子の問いに笑って答える退治屋だったが、その顔はどこか引きつっている。
「こってりしぼられるんでしょうねぇ」
夕香は含み笑みを乗せ今にもスキップしそうだ。幼馴染というだけあって何度か来たことがあるのか、懐かしそうに見て館夜に話しかけている。
「突然どうしたんでしょうね」
隣を歩く朝子が小声で尋ねるも、首を傾げるしかできない。学校が冬休みに入るのを見計らって計画された(?)この退治屋の家でお泊まり会だが、妖退治に対して意味があるものなのかよくわからなかった。
だが単純にそういったことをした覚えのない綾乃にとって、胸が躍るものだったことは確かだ。断る理由などなく一も二もなく承諾したが、祖父を説得するのが一番大変だった。
行き先に嘘つけるほど交流も行くあてもない。それに祖父に心配をかけるのは気が進まない。正直に話したところ案の定「行くな」の一点張りだったところを、父と一時退院している母が説得して今に至る。
――――そう、今綾乃の家族が揃っている。
正直嬉しいのかどうかわからない。今朝朝食を前に四人そろった時、面映ゆい気持ちが大きくてぎくしゃくとしてしまったのは否めなかった。気付いたら兄と祖父しかいなくて、そして祖父と二人きりの生活がずっと続いていたのだ。まるで時が仕事を放り投げたかのように緩やかだった空間に、叶わないと思っていた両親との対面。
突然のできごとに戸惑うばかりだった。
そして同時にその時間を、家族といる時間を大切にしたいとも綾乃は思った。
退治屋たちとの約束を躊躇う気持ちもあった。それでも最後には選択した。
逃れることはできない運命。それさえ終われば、もっとゆっくり家族と過ごせる。
やっと手に入れた大切な時を、もう二度と失いたくない――
「綾乃さん?」
朝子の声にはっと我に返ったら、もう部屋の前に着いていて部屋が開かれていた。部屋の中はやはり畳で、床の間にはネコヤナギを背景にした生け花も置かれている。大層な部屋だというのに夕香は早速上がって大の字に寝転がっていた。
「ほ、ほんとにこのお部屋で間違いないんでしょうか? ここは旅館とかではないのですか?」
夕香とは違いおろおろとする朝子に、館夜が柔らかい笑みを浮かべる。
「御用があればこちらの鈴でお呼びください。夕食まで少々時間がありますね。夕香様がいらっしゃれば迷子になることもないでしょうから、ご自由に棟内を見て回ってみてはいかがでしょう?」
「それはいいわね! 宗谷の小さい頃のアルバムとか見る?」
「見てみたいですけど、ご迷惑では……」
「いーのいーの! ね、綾ちゃんもさっそく行きましょう」
どさどさと荷物だけ置いた形で部屋を堪能することもなくまた廊下へ出た。床には赤い絨毯が敷かれていて等間隔に一輪差しの花が飾られている。これだけ立派ならありそうな絵画などは見当たらず、代わりに黒い警棒のようなものが腰辺りの位置の壁につけられていた。
何に使う物なのかはわからないが、退治屋の家は綾乃の家と似たようなものと前に話していたのを思い出した。おそらく対妖用の道具なのだろう。
前に借りた「飛車駆輪」は札を口で挟むだけで術が発動し(発動に使役者の体液が必要らしく札に唾液を含ませる)、念じた場所まで瞬時に移動できるというものだった。そのように使用者を補助する道具があれば、妖退治も素早く確実に行えるのだろう。
そうやって綾乃が一人考え事をしている間に夕香が辿り着いたらしい部屋の襖を開けた。
勝手知ったるや、という感じで壁側に置かれた棚も抜け襖を開ける。中には箱が押し込められており、黒い箱を掛け声とともに引きだした夕香が「これこれ」と白く分厚い冊子を取り出す。おそらくそれがアルバムなのだろう。
小さな丸机の上に広げられたそれを三人で覗きこむ。最初のページは白い産着に包まれた赤子の写真だった。
「うわぁ、髪の毛ふさふさですね~」
「きっとここで毛の生えるエネルギーを使い果たしたのよ。あと五年後にはきっとザビ×ルよ」
「宗谷さんが……ザビ……」
どこか空を見つめる朝子を眺めながら綾乃も夕香の言った意味を理解しようと務める。きっとよく使われる冗談なのだとはわかったが、綾乃にとっては目から鱗だ。
「……きっと、大丈夫……受け入れてみせる……」
よくわからないが何かを決意したらしい朝子が、先ほどよりも真剣にアルバムを見始めた。
肩を竦め苦笑した夕香と顔を見合せながら再び視線を落とし、ぼんやりと写真を見つめる。
「あ、夕香さん」
「あらほんと。髪色違うのによくわかったわね~」
「オーラが滲み出ていますから」
「それは喜ぶべきなのかしら……」
複雑な空気が漂っている気がしないでもないが、写真の夕香をじっと見つめ綾乃は驚いた。夕香が金髪ではない。
「私もれっきとした日本人よ。そんなに驚かないでね、綾ちゃん」
つん、と頬を差され夕香は笑う。高校生くらいの黒髪の夕香はどちらかといえば清楚だ。モデル体型であるのは変わらないが、今より落ち着いているように見える。
髪色を変えただけで変わるのか、それとも夕香自身が変わったのか、少なくとも今の夕香でなければ綾乃は近寄りがたく感じていたかもしれない。
「夕香さんと宗谷さんって親戚なんですよね? 宗谷さんのご両親と、こっちが夕香さんのご家族ですよね?」
「そうよ。親戚といっても付き合いはいとこの母親同士が女学院時代から、父親も仕事関係で親しくなっていったのよ。ま、だから子供も必然的に一緒に居ざる負えないでしょ?」
「そうなんですか~。宗谷さんの小さい頃ってどんな感じでしたか?」
「どんなって、かわんないわよ。昔から理屈こねて妙に冷めた態度で上から目線。むかついて一度飛び蹴りしてやったくらい」
なぜかありありと目の前に浮かんだ光景(幻影?)を振り払うように首を振ったら朝子も同じことをしていた。
夕香も変わらないようだ。清楚そうに見えただけらしい。
「夕香さんのお隣にいるのは誰ですか?」
「……ああ、それは」
夕香の右隣には退治屋。左隣に背の高い男子がいる。細目だが柔らかい面差しで、夕香の肩に手を置いている。
「それは兄よ。亡くなったわ」
一拍置いて綾乃は息を呑んだ。
あまりにもさらりというものだからそのまま相槌を打ちそうになり、内心で慌てながら言葉を探した。
そんな二人の空気を感じてか、夕香は「まぁ、だいぶ昔のことだから」と呆気なく流した。
「バカだったわー……お人好しで腰が低すぎて、騙されたのよね」
どこか遠くを見ているような声音。騙されたことが死に繋がったのだろうが、それ以上を聞くことは躊躇われた。踏み込んではいけない気がした。
「宗谷さんと仲はよろしかったのですか?」
「……あいつを止められるのは兄さんだけよ」
仲の良い幼馴染だったのだろう。
夕香は何か言いたげに口を開いていたが、ふっと笑うといつもの明るい笑顔で振り返った。
「宗谷の小さい頃の夢はねー」
「夕香」
背後から低い声が聞こえて綾乃は反射的に飛び退いた。
「綾ちゃんを驚かせないでよ。乙女の背後に立つなんてあるまじき行為!」
「ごめん、綾乃ちゃん。大丈夫かい?」
覗き込まれ目の前に現れた退治屋の顔を思わず凝視してしまった綾乃は、首を振ってなんでもないことをアピールした。
「そろそろ夕飯だってさ」
なぜかぽんぽんと綾乃の頭を叩いて退治屋は言う。朝子が羨ましそうに見ていたが綾乃は意味が分からず首を傾げる。
退治屋を筆頭にぞろぞろと部屋を出る最後尾につきながら、綾乃は考えていた。
長い間妖退治をしていた為、気配に敏感なはずの綾乃の後ろに気づかれずに立つことができた退治屋。いくら話に夢中だといっても、退治屋達と行動を共にしている間はなかったこと。
何か技だったとしても“それをした意味”がわからなかった。
8/21 変更
・(発動に使役者の体液が必要らしく札に唾液を含ませた)→(発動に使役者の体液が必要らしく札に唾液を含ませる)
・夕香さんと宗谷さんって家同士のお付き合いなんですか?→夕香さんと宗谷さんって親戚なんですよね?
・母親同士が女学院時代からの付き合いで、父親も仕事関係で親しくなっていったのよ→親戚といっても付き合いはいとこの母親同士が女学院時代から、父親も仕事関係で親しくなっていったのよ
すみません、親戚という設定がすっぽり抜けてました……orz




