表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
八鬼  作者: 城谷結季
PR
12/13

別離

「用って何よ、宗谷」


 不機嫌丸出しの夕香は、綾乃達がいる部屋とは少し離れた場所で立ち止まり、腕を組んで壁に寄りかかった。背と壁に挟まないよう手で払い除けられた髪から仄かに甘い香りが漂い、退治屋は嘆息した。


「今二人だけにして大丈夫だと思ってんの」

「だからに決まってるだろ」

「は?」


 突然ダン、と夕香が壁に手をついた。退治屋の目の前にまるで通せんぼするかのように腕が行く手を遮っている。


「能力者だとしても、もし人の中に妖がいたら倒せると思ってんの!? いくら乗り越えてきた綾ちゃんだとしても今回のは」


 夕香は続きを言葉にできなかった。途中でぐっと肩を押され何が起きたのか理解する前に目の前に退治屋の顔があり、その眼鏡の奥の瞳を見て息を呑んだ。


「結果は同じだよ。どこだろうといつであろうと、妖が狙ってるのは彼女だ。言っただろ? 人の為にも妖の為にも立ち止まるわけにはいかないって」


 口を開きかけた夕香だが、音にならずただ退治屋を突き飛ばした。あっさりと離れた退治屋は肩を竦め、元来た道を見据えた。


「どうするの? 何を企んでるの、宗谷。私にはあんたを見張る義務がある」

「そんな義務に縛られなくていい。君は君らしくいればいい」


 振り返った宗谷の顔には柔らかい笑みが浮かんでいる。それを見た夕香の顔がくしゃりと歪み、隠すようにそっぽを向いて一度目元を擦った。


「夕香。何もできなかったあの頃とは違う。全てを効率良く解決する」


 再び夕香が顔を上げた時にはいつもの表情に戻っていた退治屋は呟く。それに夕香は口角を上げ、答えた。


「それじゃあ私は、あんたが兄のような犠牲を払わないようしっかり見張らなくちゃね」


 お互いにふっと笑むと二人は来た道を戻る。ひしひしと伝わる気配に夕香は微かに体を震わせた。




 宙に浮かぶ時、綾乃はいつも一瞬目を閉じる。それは無意識のことで、瞼裏にはいつも過去の失敗が浮かぶ。一度だけ犯した罪。その為に払った犠牲。それを焼き付けてから再び目を開くのだ。

 辺りを見回す朝子の姿にもう揺らがなかった。その痛みも全て、記憶も思い出も全て、無かったことにすれば誰も痛まなくていいのだと腕を振るう。


「無に還……」


 突如、目の前の標的が姿を消した。慌てて地に足をつけ見渡せば、布団の上で丸くなり傷口を押さえる朝子と側に寄り添う夕香、そして僅かに驚きを露わにする退治屋が入口に立っていた。


「やっぱり君が……」


 不意に聞こえた呟きに頭の中が真っ白になった。

 どこから聞かれ、見られていたのだろうか。動揺を押し隠す綾乃の側で呻き声が聞こえる。


「宗谷さん……夕香さん……綾乃さん、も……どうされたんですか」


 苦し気な声音の中にいつもの朝子の気遣う優しさが窺えた。驚いて振り向けば、夕香の治療を受けながら青白い顔で微笑む姿があった。

 どういうことだろうか。妖はどこへ?

 戸惑う綾乃の足元にぱたりと何かが落ちた。


「綾乃ちゃん、話はとりあえず」


 必死に妖の気配を探ったが、もうそこにはない。もしかしたら退治屋たちが来る前に朝子から離れてどこかに逃げたのかもしれない。

 慌てて駆け出した綾乃は、退治屋に腕を掴まれそれ以上進めなかった。


「落ち着いて、綾乃ちゃん」


 綾乃は手を振りほどこうとした。けれど予想以上にきつく掴まれ、じんじんと痺れてきた。ぐらぐらと揺れる視界になぜか足元にも力が入らなくなってきた。ずるずると座り込む綾乃を呼び止める声が木霊する。


〔マナツグリ〕


 意識が薄れる最後に、ざらついたあの妖の声が聞こえた気がした。


「ああ、くそっ……こっちだ夕香!」


 さっと朝子から離れた夕香は素早く綾乃と退治屋のもとに駆け寄る。今まで夕香がいた場所には割れた花瓶があった。

 退治屋は夕香と綾乃を背後にすぐに札を手にし、床に叩きつける。


「静止!」


 退治屋の声に札は青白く光り、それに呼応するよう床全体に幾何学模様が浮かび始めた。ちょうど朝子をその中に囲めるような大きさの陣。呻く朝子が傷を押さえ退治屋たちの方を見る。


「そう……や、さん……たすけっ……」


 悲痛な声、歪む顔。頬を滑り落ちる涙に夕香が息を呑んだ。そんな彼女に退治屋は指示を出す。


「夕香。陣の左側に落ちてるお守りを拾って、綾乃ちゃんに持たせて、すぐに」


 前を見据えて視線を外さない退治屋を夕香は睨もうとし、札を持つ腕が震えていることに気付いて慌てて陣を踏まないよう気を付けながらそっと赤い巾着袋を拾い上げた。また戻って綾乃の手に握らせる。


「くっ、間に合わないかも」

「どういうことなの宗谷!」


 夕香の問いに退治屋は答えない。必死に震える腕をもう片方の手で押さえている姿から、答えないのではなく答えられないのだと夕香は悟った。


「どうしてっ、宗谷さん……! しんじて、た……のに」


 どうして、どうして、どうして、どうして。そればかりを繰り返し泣き続ける姿は心を揺さぶられるものだが、退治屋はそれをただ冷めた様子で見つめていた。


「そうやってあなた方は妖を封じてきたんですね」


 不意に聞こえた言葉に夕香ははっと振り返る。倒れていたはずの綾乃が起き上がり、腕の調子を確認していた。


「間に合ってよかった。その巾着は君がこの家に入るための許可証みたいなものなんだ」

「それって……綾ちゃんを妖と同類だと言ってるの?」


 つまり退治屋をやっているだけあって家にも妖対策が施してあったということなのだろう。しかし綾乃は二人の会話には加わらず、立ち上がると迷いなく陣の中へと入っていった。

 青白い光が他者を拒むように明かりを大きくする。あと一歩と綾乃が迫っても朝子は身動きできないらしくただ見つめてくるだけ。僅かに腰を屈め視線を合わせた綾乃は、ただ一言告げた。


「おびき寄せる為のエサだったのは、あなたの方みたい」


 はらりはらりと、両の目から溢れた滴が零れ落ちていく。口を開閉させ、声にならない頼みを朝子の唇から読み取った綾乃は一拍瞼を閉じ、懐から札を取り出すとすぐに手を朝子の頭上に掲げた。


「姿を現せ、別鵬べっぽう


 その瞬間、陣の中で物凄い強風が吹き荒れた。高く耳を劈く様な叫びが入り混じり、大きくうねる。けれど綾乃は目を閉じず朝子の様子を眺めていた。やがて僅かにぶれ始めた姿を見て、綾乃は息を吸った。


「あなたのいるべき場所へ還りなさい」


 それは黄泉だろうか。綾乃は妖がどこへ還るのかは知らない。けれど妖はもともとこの世界の住人ではなかったというから、元の正しい場所へと送るのが綾乃の使命。

 ふわっと金色の粒子が立ち昇り消えていく。ほっとしたような笑みを浮かべた朝子は、そのまま崩れ落ちた。

 乱れた布団の上に横たわる朝子は気を失ったようだ。静かな間を振り返った綾乃は呆けた表情の夕香と無表情の退治屋を一瞥し、壁側に置いてあった自分の荷物を持ちさっと二人の間を通り抜けた。

 今度は腕を掴まれなかったのを幸いに、綾乃はこの家を出る為冷たい廊下を歩いた。


「綾乃ちゃん!」

「やめておいたほうがいい」


 背後で聞こえる言い合いにも綾乃は足を止めない。それほど経たずに駆けて来る足音がし、綾乃の手を取った。


「綾ちゃん、信じてもらえないかもしれないけど宗谷は」

「信じてもらえないと思っているならどうしてわざわざ言いに来たんですか」


 早口で捲し立てようとしていた夕香の言葉を、冷たい声音で綾乃が遮る。綾乃自身も驚いたのだが、それよりも怒りで胸中は冷え冷えとしていた。


「私は兄を妖のせいで亡くしているの。正確には、妖退治の為に使われた。宗谷はそれを悔やんでる。もう二度と犠牲を出さないようにする為だったの」

「それならあなたもわかっているはず。私も妖のせいで兄を亡くしました……彼女は苦しんでいた」


 息を呑みそれ以上言葉を紡げなくなった夕香に振り返る。


「妖の言葉と人の言葉を見分けられないような方々にお任せするつもりはありません。短い間でしたがありがとうございました」


 引き留める手に力はなかった。これ以上夕香が何も言ってこないとわかり綾乃は再び玄関へと向かう。

 そこへあの家令だという館夜が現れた。


「綾乃様、こちらをお召しください」


 そう言って渡されたガウンに綾乃は自分が浴衣姿であることをやっと思い出し、悩んだがその間に無理矢理羽織らされる。そしてその有無を言わせぬ空気のまま、「お車を用意しました」と押され車内に押し込められた。

 よく状況が飲みこめないまま扉は締まり、恭しく礼をした館夜に見送られ車は発車する。運転手は「ご自宅へお送りします」と言ったきり無言だった。

 飛び降りるわけにもいかないので仕方なく窓の外を眺める。こんなに準備が良いということは、これは最初から想定内だったに違いない。綾乃は嘆息した。

 思えば綾乃が張り紙を見つけ退治屋を訪れたのも、マナツグリである自分を見つける為の罠だったのだと考えれば辻褄が合う。それでも妖を退治する目的が同じであればいいと思っていたが、他人の犠牲を躊躇わない行いには共感できない。これが綾乃の譲れない信条だった。

 朝子は利用されたのだ。体の内に妖を封じられ、苦しみに耐えていた。両親を殺した犯人が自分の中にいるという屈辱にも。

 それを行った退治屋たちへの怒りは収まらない。けれどそれよりも、傍に妖がいるのに気づけず、朝子をあそこまで追い詰めた自分自身に腹が立っていた。

 いろんなものを諦めていた綾乃は久しぶりの気分の高ぶりを持て余していた。それをどうすることもできないまま景色は移り変わっていく。

 いつの間にか打ち付けるような激しい雨が降り、窓を壊さんばかりに叩きつけていた。



別鵬=妖の名前


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ