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走るセツナは特殊魔力を発動させる。
「あいつら、どこにいるのか教えて……」
それは草花への問い掛け、答えは直ぐに返ってきた。
大地を埋め尽くす雑草達が標的の居場所を一瞬で割り出し教えてくれたからだ。
これは地面の植物を媒介にしてセツナを中心に張り巡らされる特殊魔力の探査網と言ってよい。
その索敵範囲は彼女の意思と使用する魔力量次第である。
「なんだ? 一人増えてる……」
索敵に引っ掛かったのは三人、逃げた二人と誰かもう一人。
別の仲間だろうか、セツナはそう思ったがカオルにも心当たりはなさそうだ。
まあいい、邪魔するならそいつも殺す。カオルに酷いことをする奴、荷担する奴、それを笑って見てるだけの奴も全部殺す。
憎い相手の死を望む、それこそが自分の使命だとセツナは足を速めた。
※
あの場を離脱した二人の魔族は、逃げた先でまた別の驚異と対面していた。
「貴方達から漂う血の匂い、我が眷属のものですね。やれやれやっと縄張りに帰ってきたと思えば、まさか留守の庭を荒らしている輩がいようとは……。ようやく魔王から解放されたというのに難儀なものですね」
「な、なんだてめぇは!」
二人の前に立ちはだかるのは黒装束に身を包んだ長身の美青年であった。
丁寧ではあるが、どこか上辺を装った鼻につく口調の男は目礼を見せながら魔族の問いに答える。
「私はこの辺りの管理者をしております、ノクスという者です。まあ名乗ったところで……ですが」
男は黒き魔狼の王にして樹海の一画に君臨する神獣ノクスの人化した姿。
彼はクロによって魔王の呪縛から解放された後、城を抜け出し数日前にこのヴェネム大森林へ魔女ルサーリアと共に帰還したばかりである。
「うるせえな、どきやがれ!」
「自分で聞いておきながらなんとも無礼な方ですね」
魔族の片割れが怒号を飛ばしながらノクスを押し退けようとするが、彼の手がノクスの身体に触れることない。
何故なら魔族の男は既に生気を失い、今はただ力無く地面へ突っ伏し地面を赤く染めているからだ。
彼が倒れた原因は一目でわかる。
いくら魔族と言えど胴体と首が斬り離されて立っていられる道理はない。
「ひ、ひぃぃぃ……! な、なにしやがった!」
「さあ、見ての通りですが? さて質問ですがお仲間は六人で合っていますか?」
ノクスは得意の感知能力で魔力の数を辿り、縄張りへの侵入者を割り出している。
「あ、ああ、それであってる! 答えたんだから俺は見逃してくれるよな!? いやみ、見逃して下さい……なあ頼みますから!」
パーティーで唯一生き残っていた魔族は必死の命乞いをするが、ノクスは既にそんなもの眼中にはない。その横を素通りし、残りの侵入者の元へと足を進めていた。
魔族はフゥ――と安堵の溜息を一つ溢して胸を撫で下ろす。
「おっと、これは申し訳ない。命乞いはもう少し早く言ってもらわないと」
「へ?」
肩越しに振り返り、一言告げるノクス。
言葉通り魔族の首は既に無い。
彼は無惨に血を吹き上げる自身の体を地面から見上げながら絶命した。
辺りの草花が血で染まり、緑と赤が酷く美しいコントラストを映し出す凄惨な光景の修羅場。
そこへ駆けつける影が一つ。
セツナであった。
「これはこれは、また一人自らお出ましですか」
ちょうどよかったと、ノクスは酷薄な笑みを浮かべる。
セツナの目に写るのは、美しい外見とは裏腹に禍々しいまでの不吉さを含んだ異様な男。
下に目をやれば標的二人は既に死んでいる、殺したのはおそらくこの黒ずくめの男。
状況的には敵ではないが、敵の敵は味方とは限らない。
そして何より。
相当に腕が立つことだけは確かであると、さすがのセツナも余裕の笑みが消え失せる。
セツナは周囲を見回し状況把握に努めた後、訝しげにノクスへと問い掛ける。
「アンタだれ?」
「同じ問いにもう一度答えるというのは何とも面倒ですね」
「はぁ?」
視線と視線。
強者同士の刹那の交錯。
先に仕掛けたのは相手に対して明確に敵意を持つノクスであった。
右手に持つのはカランビットナイフのような形状をした逆反りの短刀、黒狩。それを逆手に構えセツナの首を狙う。
その一刀は目で追える速さではない。
クロはこの斬撃により千度の死を体験しているのだから。
当然、セツナの首も落ちる。
「この手応え……。人ではないですね」
「どんな速さだよ……。お前、人間じゃないだろ……」
相手は手練れ。
そう予感していたセツナが正面からの真っ向勝負を嫌い用意していたのは、周囲に生える樹木の根を地上まで伸ばし造り出した、自身の姿に似せた分身人形。
その造形は極めて精巧であり、激しい戦闘の最中であれば瞬時に見分ける事は難しい。
更にそれらを幾つも造り出し撹乱する戦法にでるが──。
「この手のスキルは私には通用しませんよ」
「な、なんで……!?」
──即座に本体に当たりを付けて迫り、喉元へ斬りかかる。
魔力を嗅ぎ分けるノクスにとってすれば人間に似せた木人形などいくら作り出そうとも、そしてそれがどれだけ精巧であろうとも無意味。
例えるなら、この場におけるセツナの魔力は『モノクロの世界で鮮烈な赤色を放つ一輪の野薔薇』と言って良い。
ノクスはそれくらい鮮明に彼女の魔力を捉えている。
「ではさようなら」
言うが早いか一閃。
首は落とした。
ノクスがそう確信したのは本の束の間。
直ぐに異変に気付く。
「これは……」
振り切ったと思った筈の刃が首もとで止まっている。
見ればセツナの首には特殊魔力を大量に注ぎ込んで耐久性を最大限に強化した植物の蔓が幾重にも巻き付けられていた。
「ア、アンタ首ばっか狙うみたいだからさ……そりゃ対策くらいしとくぜ」
先程の人形への一撃、それに地面に転がる首の無い二人。それらの情報から考えるならノクスが最初に狙う部位は明らかだと、事前に防御策を施していたセツナ。
「ふむ、森の主より賜ったこの黒狩で斬れないとは……ただの植物ではありませんね」
愛刀の切れ味を上回る防御力に感心すら覚えたノクスの手が一瞬止まる。
セツナはその隙を逃さない。
首に巻かれた蔓を瞬時に解き、そのまま捕縛縄に流用。蔓はノクスの全身を這いまわり短刀と共に彼を拘束、その神速の動きを封じる。
「勝負あったなスカシ野郎。オレの全力の魔力で限界まで強化したその蔓はその細腕じゃ千切れないぜ」
「ふむ、確かに。この姿では少し難しいですね。仕方ありません……。しかし、人間相手にまたこの姿を晒すとは。なにやらつい先日のお二人を思い出しますね……」
「は……?」
ノクスの瞳が赤く輝き、辺りの空気が震えだすと、次第にその体は黒い魔力の霧に覆われていく。
徐々に体躯の大きさを増していくノクス、巻き付いていた蔓は自然と千切れ弾け飛ぶ。
神獣ノクスの黒い魔力は他者の魔力を中和し消滅させる。蔓に込められていた特殊魔力も例外ではない。
「おいおい、なんなんだよお前……」
額から脂汗が滴るセツナ。
その目の前に現れ出でたのは巨大な黒狼、ノクスの真の姿だ。
「くっそ! こんなことなら帰すんじゃなかった! ヤテベオ、出てきて!」
セツナの召喚術と同時に地面から突き立つ無数の棘がノクスを急襲する。だかそれはノクスにとって不意打ちとはならない。
魔力を帯びた攻撃の一切は彼にとって予告した上での攻撃と何ら変わらないからだ。
それでもノクスは避けない。
魔力により硬質化させた鎧のような毛皮が、避ける必要はないとばかりにヤテベオの触手を弾き返す。
「くそっ! 余裕かよ!」
「これは……、森の主殿の眷族ヤ=テ=ベオですか? 人間ごときがよくもまあ」
相手は思いの外に力のある使い手であると認めたノクス。
またとない暴れる機会であると、どこか楽しそうな口ぶりで彼女を正面から見据えた。




