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初手を弾かれたヤテベオは地上へと姿を現し、無数の触手を利用してノクスへと絡みつき締め付ける。
「無駄な事を、眷族ごときが分をわきまえなさい」
諭すように穏やかな口調ではあるものの、その行動は穏やかとは程遠い。
刃のように硬質化した体毛を逆立て、すぶ濡れになった犬のように全身を身震いさせるとヤテベオの触手は寸断されその拘束力を失う。
「くそっ、ごめんヤテベオ……! 戻っていいよ後は何とかするから!」
怪物には怪物を。そう判断しての召喚であったがそもそもノクスは怪物としての格が違ったらしい。
このままじゃヤテベオもただでは済まない……。
そう判断したセツナの声で召喚は解除され魔獣は時空の裂け目へと姿を消した。
「ふむ……」
まるで魔獣を案じていたかのようなセツナの声色と采配を、「実に興味深い行動である」とノクスは一瞬気を取られ動きを止める。
その隙にセツナは後方へと飛び退きながら思案する。
このままでは間違いなく勝てない。勝てなければ死ぬ、自分が死ぬと言うことはカオルも死ぬ。
それだけはダメだ……。
今の自分にできることは植物の操作だが、目覚めたばかりの能力ゆえに技量も拙く応用力にも乏しい。
なら目の前の化物を退ける為に残った特殊魔力をどこに割くか。
他力本願ではあるが今は召喚に頼るしかない。それもヤテベオより強いのを。
そう考えたセツナは意識を保っていられるギリギリの量を残して特殊魔力を放出し呼び掛ける。
誰か、応えて――!
セツナの召喚様式は二種類。
契約を結んだ者を呼び出す通常召喚と、彼女の呼び掛けに応えた者を召喚するランダム召喚がある。
今しがた能力に目覚めたばかりの彼女に契約を結んだ相手などいる訳もなく、ヤテベオは当然ランダム召喚で呼び出し契約した魔獣だ。
ランダム召喚は例えるなら救難信号に近く、その要請に応えた者が彼女の元へと呼び出される形となる。
余談だが、セツナが召喚獣の身を案ずる理由はこれに起因する。誰にも護られることのなかった彼女にとって、人外とは言え自身の為にこの場へ馳せ参じてくれる召喚獣は『ピンチの時に駆けつけてくれる兄姉や親』のような存在に近く、強い感謝と愛着の情が湧いてしまうのだ。
先刻ナタラに対して魔獣を友達と言っていたあの言葉は、方便でも比喩でもなく紛れもない本心なのである。
「おや、まだ何か奥の手があるのですか?」
「さあね……、オレにも……わかんない……」
解らないのは当たり前である。誰が呼び掛けに応えてくれるか、セツナには選べないのだから。
しかし次の瞬間、周囲の木々がざわめき始める。それはノクスの変身時にも起こった大気の揺らぎによく似ていた。
そのざわめきは次第に大きくなり魔力の濁流となって空間に亀裂を造り出す。
それは闇の魔獣を召喚する際に現れる黒い亀裂によく似ているが、闇とは正反対の光に満ちた亀裂であり、そこから現れたのはノクスより更に二回りは大きな竜。
その全身は鼻先から尻尾の終わりまで蔦や草、苔に覆われ、翼の朽ちた背中には高さ二メートル程の小さな樹が生えている。
まさに植物のドラゴン。
「これはこれは……、どのようなカラクリで人間がこのような……」
訳知りげに話すノクスは、竜を見上げながらにどこか面倒臭そうに目を細めている。
呼び出したセツナも既にその存在がなにであるかは把握していた。
召喚獣が呼び出しに呼応した時点で召喚獣とセツナの情報はお互いに交換されるからだ。
竜の概要は既に彼女のスキルログに記載されている。
『名称:竜樹』
『主な棲息域:――――』
『まだ新しい竜の死骸に寄生樹が宿った非常に珍しい魔獣』
『名称:寄生樹』
『主な棲息域:ダンジョン周辺』
『雑草のような小さな木であり、生物の死骸に寄生する特性をもつ。死体を腐らせないよう特殊な樹液で保護しながら自身の宿主として操りその生涯を送る。宿主から引き剥がすと枯れてしまう』
ノクスと竜、その視線が交錯すると先に口を開いたのはノクスだった。
「久しいですね、ヘルバ殿。まさかこのようなところでお会いする事になるとは」
その呼び掛けにヘルバと呼ばれた竜も大きな口を開き低く重い声でゆっくりと語りだす。
「おお黒狼の坊か……、ノクスじゃったかいのう。元気なようで何よりじゃよ」
「坊はやめてくださいませんか、私ももう子供ではないので……」
フン――と鼻を鳴らすノクス、子供扱いに少しイラついている様子だ。それでもヘルバは何を気にする事もなく話を続けた。
「なに、ワシから見れば大概は子供じゃよ」
「その子供より更に子供に呼び出されていれば世話はないですよ」
「ん? なんと先程の魔力はこの人間の娘か? まだ人間がこの辺りに生き残ってるとはのう、これはなんとも珍しい」
足元を見下ろし、セツナを見て僅かに驚くヘルバ。
魔力欠乏症一歩手前で地面にへたりこんだままのセツナは、ヘルバの言葉に微かに微笑みながら会釈するので精一杯だった。




