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顔と服を血で深紅に染めたカオルが立ち上がる。
その不気味さは、森と草原が広がる長閑な風景には余りに似つかわしくないほど。
まるで怪物でも見たようにたじろいだナタラは、慌てて腰の刀を手に取った。
一瞬怖じ気づきはしたが彼は屈強な魔族。
たかが人間の、それも今の今まで奴隷にしていた者を相手に、逃げる選択肢などあり得ない。
堂々と臆すること無く、抜いた刀を振りながらその勢いのままカオルを問い詰める。
「おい! カオル! てめえなにした! これはお前の仕業なのか!?」
普段であれば男の怒鳴り声を聞くと縮こまってしまうカオルだが、この時はその大声に怯む様子も見られない。
それどころか睨み返し悪態をつく。
「うるせえカス、オレは薫じゃねえ。雪雫だ」
その言葉通り、桷仁薫は多重人格症だ。
雪雫は苛烈な虐待や辛い虐めからその精神を護るために産み出された、極めて攻撃的な性質を持ったもう一人のカオルである。
カオルは両親殺害によるショックから自己保身の為の記憶障害に見舞われ、セツナの存在を完全に忘れ去っていた。
それ以降、彼女が出なければならない切っ掛けもなく、カオルは記憶を失ったまま現在に至っていたのだ。
だが自身に向けられた汚らわしい劣情、容赦ない暴力、そして自分でもとうに枯れ果てたと思っていた怒りの感情が地の底のマグマのように噴出したことでカオルは全てを思い出す。
同時に強烈な経験や特異な個性が強力なスキルを目覚めさせる。
彼女の左手にあった赤い刻印はみるみるうちにその色を変えていく。
カオルはセツナが表にいるときのみ、スキルは紫となる。
佇む姿は以前と変わらないみすぼらしい少女。
だがどこか異様な威圧感を醸し出すセツナに気圧される二人の魔族。
ナタラは、逃げずに残ったもう一人の手下の背中を叩き怒鳴り付ける。
「おい! いけよ! あんなブスにビビってんのかよ!?」
「いや、そんなこと言われても……! ……くそっ……ぅぁぁぁああああ!」
ナタラは言い出したら聞かない奴だ、いかなければ殺される。それならガリガリの小娘に斬りかかる方が余程勝算は高い。
一瞬の思考でセツナに斬りかかった手下の魔族。
それは誤算──とも言えない。
遅かれ早かれどのみちセツナは二人とも殺す気なのだから。
「死んどけ、三下」
セツナが呟くとまたも地面から太い触手状の棘が矢のように飛び出し、迫る男の股下から頭を一直線に貫く。
魔族は手にした刀を落とし、人形のように力無く両腕を揺らしながら、地面から突き立つ棘によって無惨な串棘しとなっていた。
即死しているのは一目で解る。
「な、なんなんだこれっ……!」
色を失くした顔で狼狽えるナタラ。
「これか? オレの友達だよ、そう急かさなくてもすぐに会えるぜ」
楽しそうに語りながら地面を撫でセツナは、幼い子供の様な無垢な笑顔で顔を綻ばせる。
カオルのスキルはセツナが顕現することで完成される。
『スキル:森の化身』
『ランク:エクストラ』
『フォーム:常態及び能動、魔導、召喚』
『常態効果・体内に蓄積された大地のマナを魔力へと変換し特殊魔力を生成し続ける』
『能動効果・特殊魔力によりあらゆる植物との対話やその操作が可能。特殊魔力を消費しあらゆる植物を召喚可能』
セツナはこのスキルによって、カオルが『マナの循環』で体内に貯蔵した強力なエネルギー『大地のマナ』を魔力に換え、攻撃を含めたあらゆ用途に転用する事ができるようになる。
更にこのスキルは、元々多くはない彼女達の内包魔力量を爆発的に増加させる。
そしてこの特殊魔力により何ができるか、それはセツナ次第だ。
その自由度の高さと創造性を求められる性質は、スキルを自身の知恵で構築するルサーリアを始めとした魔女のそれに近いと言えるだろう。
「これまで面倒見てやっただろうが! 恩を仇で返すつもりか!?」
「カオルはてめえに恩なんざ一ミリも感じてねえっつうの。ほら、こいよ。強い強い魔族さんよ?」
「くっ、クソガキがぁ! 上等だ、てめえは食いながら殺してやるから覚悟しろや!」
声を荒げながら迫るナタラ、その鋭い切っ先から放たれる斬撃。
並の魔獣なら一撃で両断してしまうその威力は、先のおとり猟でも証明済みである。
「ハハ、見たまんま力押しかよ」
つまらないとばかりに鼻で笑いながら、セツナは静かに佇んだまま特殊魔力を発動。
すると彼女を囲うように幾本もの細い植物の茎が地面から伸び上がり、格子状に組み合わさって彼女を守る緑の檻となった。
それはセツナの特殊魔力により産み出された小さな、それでいて堅牢強固な結界。
リュウジの放った斬撃は草の一本すら斬ることはできず砕け散る。残ったのは僅かな短い刃の部分と柄のみ。
「とんだ鈍らだな、お前の武器って子供の玩具なんじゃねえのか。アッハハハハハハ」
「あぁ!? クソが……ふざけんなよおい!」
「あ、そういえばあと二人殺さなきゃならないな……」
「あ? てめぇまだ俺との決着はついて──」
まだ力量の差を悟れないナタラ、その戯言を遮るようにセツナは一つ告げる。
「いや、もうついてるって」
「はぁ? えっ……なんだおい、離せ! なんだこれ!?」
地中から現れた触手がナタラの体を拘束する。
木の枝にも似たそれらは、先程二人の魔族を瞬殺した棘と同じものに見える。
すると地面から芽吹くように現れた見慣れない植物型の魔獣、人間に似た形に無数の触手を持った植物の怪人とでも言えばいいだろうか。
怪人は徐々にナタラの体を締めあげていく。
その強靭な膂力には、屈強な魔族ですら抗うことができないようだ。
「ぐっ、く……苦し……」
「なあ、雪雫って花を知ってるか? 日本じゃ待雪草って呼ばれる白くて綺麗で可愛い花さ」
「こんな時に、なん……の話だよ……。んなことし、知らねえ……助け……て」
答えることができず助けを懇願するナタラを見て、セツナは肩を竦める。
「ハハハ、苦しいか? そりゃよかった、お前みたいな奴を地獄送りにするのが俺の役割だからな。なあ、おまえ雪雫の花言葉を知ってるか?」
「し、知ら、ね……」
「正解はな、『死ね』だ。お前らさ、魔獣を食ってんだからたまには食われても良いよな。ヤテベオ、殺っていいよ」
「ぐぇっ……!」
セツナの指示で、ヤテベオと呼ばれた魔獣が触手を全力で締め上げるとナタラは声を上げる間も無く絶命。
その四肢と首は切断され、ボトボトッ──と重く湿った音を立てながら地面に崩れ落ちた。
その血肉をヤテベオは触手で絡めとり、鋭い歯の並ぶ口に持っていっては静かに貪る。
ヤ=テ=ベオはヴェネム大森林最奥に生息する植物系の魔獣である。
他の生物を餌とする肉食の植物であり、遭遇すれば人間をも襲うため人喰い樹と恐れられる極めて危険度の高い魔獣だ。
普段は地面に根を張り水を吸うが、獲物を見つけると根を足のように使い二足歩行の生物のように移動したり、強靱な触手を使って地中を掘り進むこともできるらしい。
「ありがとう、あとは帰ってゆっくりお食べ」
優しく微笑むセツナがその頭を一撫ですると時空の裂け目が出現、ヤテベオはナタラの首だけを残して生息域へと帰還した。
「さあ、後は逃げた奴らか……」
そう呟いたセツナは、残る二人を追うため駆け出した。




