第六話「人はその制服どおりの人間になる」その5
「ふぎッ!痛ぁ~!」
石畳で舗装された街道を二頭立ての四輪馬車ががらがら音を立てながら駆け抜ける。車輪が石や溝を通るたびにガクンと揺れてカロリーナは舌を噛み悲鳴を上げた。
「ジョミニさんこの馬車凄く揺れますわ!!」
「あー、そりゃまあ、その、当たり前でしょ軽馬車なんですから。貴族のお坊ちゃんやお嬢さんが乗るような豪華な馬車とはワケが違うんですから慣れてください。私は軍事研究者ですから、そりゃ当然兵隊流に慣れてます。こんな揺れも雨もなんともありませんよ平気です。それより、軍隊の勉強の続きです」
馬車の移動時間を利用してカロリーナはジョミニからこれから指揮することになる軍隊のイロハを教わる。
「あなたが指揮する連隊の名前は?」
「ソワン連隊ですわ」
「今は違います。さっき言いましたよね?ソワン連隊は第四十戦列歩兵連隊に改名されました。王政時代の名前は全部廃止です。第四十戦列歩兵連隊。はい復唱して」
「第四十戦列歩兵連隊……」
「で、軍隊は正三角形のピラミッド。上下の関係がきっちりしている組織です。連隊の下にはいくつかの大隊があります。何個大隊がいるんでしたか?」
「えと……四つ!」
「はいその通り。一つの大隊には六百人から八百人の兵士が所属しています。これが四つでだいたい千五百人から二千人前後があなたが指揮する部隊です。実際には大隊長がいるので安心してください。では逆に、連隊の上にあるのは?」
「あー……師団。でしたわね?」
「だいたいそうです。たまに旅団が挟まりますが……まあおいときましょう。はい、三つの連隊の上には一つの師団があります。これを師団長が指揮しています。わかりましたか?」
「頭が破裂しそうですわ……」
カロリーナは次から次に飛び出す聞きなれない言葉と数字に頭から湯気を出しそうになっていた。
「休憩はいつですの……?」
「あと二時間ですね。途中の駅で馬を替えます。その間に食事を済ませてください。あとトイレも」
「わたくしの食事は馬のついで!?」
「まあ、そういう事になりますね。それからは日が落ちるまで走るのでそのつもりでいてください」
「夜まで!?」
カロリーナにはお嬢様の召使として馬車に乗り、あちこち移動した記憶はあったが常にゆったりとした馬車に乗り、頻繁に休憩をとってお昼ごろには駅宿についてくつろぐのが常だった。矢のような速さで移動するので既に目の前がくらくらする。
「……にしても、なんで軍服を着てるんですか。任地につくまで着なくてもいいんですが」
「今のうちに慣れておきたいですわ。それに、いい服はいつでも着ていたいものですのよ!」
◆
ぴったり二時間後に馬車は駅に到着した。白い壁と赤い屋根が美しく、厩舎には何頭もの馬が繋がれていて他の馬車も何台か止まっていた。大抵は街から街まで移動する乗合馬車で安い値段で人を運んでいる。
人を乗せれば乗せるだけ運賃が増えるので、御者は本来は四人乗りの馬車に八人も九人も詰め込み、屋根の上にまで人を乗せている。重量オーバーの馬車を引かされる年老いた馬が恨めしそうな顔で主人を睨む。
駅ではパンとチーズ、それに牛乳が出された。カロリーナは胃袋が求めるままにそれを頬張る。パンは硬く、チーズは異臭がする。牛乳だけは新鮮でおいしかった。とはいえ、この前食べたペリゴーヌの屋敷の料理に比べれば天と地の差がある。
「はあ……」
カロリーナは思い出す。お嬢様と旅行に出た時はあったが、その時には何台も豪華な馬車が続いて食材も調理器具もコックも一緒で、お屋敷の料理がそのままでてきたものだった。あの頃が恋しい。ジョミニは相変わらず何かメモを見ながらパンをかじっている。この人に食事を楽しむという感覚はないのだろうか?
若い男女の二人組に興味を持ったのか、牛乳のおかわりを持ってきた女将が話しかける。
「お若い二人、どこかの劇団員かい? 立派な服を着ているけれど」
「わたくしは連隊長ですのよ!」
カロリーナは胸をはった。
「あははははははは、そりゃ失礼。ここから南に行くのかい?」
女将は本気にしていないようだった。
「ええ。ヴァランまで」
「ヴァラン! あそこはアタシの故郷さね。いいところだよ。風は気持ちいいし、葡萄がよく育つ。でも、気を付けなよ。この頃街道に盗賊が出るって話だからね」
「まあ! ジョミニさん聞きました?」
「え?なんですか?」
「盗賊が出るそうですわ!」
「あ、まあ、そうでしょうね。盗賊の一つや二つ出るんじゃないですか?革命からこのかた、取り締まりのパトロールも行政も在ってないようなモンですしね。でも心配ありません。このあたりは軍の巡回部隊が見回りをやっているはずですから。徒歩の人間を襲うならともかく、馬車強盗なんて滅多に出やしませんよ」
◆
「よう旦那さん。その顔と女房に怪我をしたくなかったら大人しくしていてもらおうか」
駅を出た馬車は森に入ったところで銃を持った盗賊と出くわした。倒木が道を塞いで立往生したところに素早く茂みから飛び出してきた連中である。御者は盗賊を見た瞬間に素早く走り去ってしまった。盗賊のほうも御者を追うよりも馬車に興味がある。
「で、で、で、出ましたわよジョミニさん!!賊が!!」
「八、九、前に十人、後ろに、六人ですか。あー……いや、これは……ソワン伯、あの連中の服を見てください。あれはコルスカ共和国軍の軍服です。武器も、軍用のマスケット銃。倒木で待ち伏せするやり口といい、こいつらただの盗賊じゃありません。軍隊です」
ジョミニはいやに感心したように腕を組んで窓から盗賊の一味を見回す。
「なんで軍隊が強盗やってるの!!!!」
カロリーナは狭い馬車の中で叫んだ。




