第六話「人はその制服どおりの人間になる」その4
軍服の試着を済ませると、ちょうどボーン、ボーンと大きな置時計が鳴った。
「ああ、お昼時です。食事にしませんか。うちの料理人たちは評判ですよ」
「ぜひ!」
カロリーナは空腹を思い出していた。そういえば朝から何も食べていない。
ペリゴーヌに案内され、カロリーナは食堂へと通された。良い香りがする。長く広い机に、何十枚の皿が並べられ、そのどれもに味だけでなく見栄えも慎重に考慮された料理がのっている。向かい側にはヴァイオリンを持った二人の男が控えている。
「白くて柔らかいパンは久しぶりですわ……銀の食器も!」
革命からこの方、平民と変わりない食生活を送っていた。パンは黒く硬いもので、食器は木皿だった。何が入っているか怪しい、いやそもそもほとんど何も入っていない薄いスープに硬く酸っぱいパンを浸して食べるのは辛かった。ナイフとフォークの使い方を忘れていないか、握りしめるまで自信が持てなかった。
「今日はなんだったかな。ヴァイオリン弾きが居るから……ああ、そうだ、ヒラメが出る日でした」
ペリゴーヌはゆっくりと給仕が取り分ける料理を口に運ぶ。口に運ぶ仕草も優雅で、それ自体が何かの芸に見える。
カロリーナには召使が食事の世話をしてくれるのも久しぶりだった。食事中に音楽が演奏されるというのは、あまり経験がない。
「ヒラメ! わたくしの大好物ですわ。もう何年もヒラメどころか、ちゃんとした魚を食べたことがありませんの。んー、どの料理も絶品ですわ。シェフはアジャオク一、いいえ大陸一、世界一ですわ!」
「美味しそうに食べてくれる方を見るのは好きです。見ていて気持ちがいいですよ」
「うーん……確かに美味しいですね。栄養バランスもとれているんでしょう、これ? 肉はよく仕込まれている。乳製品の味は、まあ私の国のほうがいいですけど、これは仕方ありませんかね」
ジョミニはというと出てくる料理について何かブツブツ言いながら懐から取り出したメモ用紙を見ている。
「食事中にお行儀悪いですわよ!」
「ええ? 非効率じゃないですか。我々は明日出発するんですよ。確認しておくことが山ほどあるんです。あなたと違って私は忙しいんですから……」
「あなたねえ……!」
カロリーナが体を乗り出すとペリゴーヌは諫めた。
「まあまあ、彼はこういう男なんです。アントン、君たちが行くヴァランの街は、確か300マイルほどだったかな。四日あれば着くだろうか」
「537キロメートルです。軽馬車と御者、道中の宿は全て手配してあります。駅で馬と御者を替えながら一日中馬車を飛ばせば翌朝には着く計算です」
「そんなに早く?」
「ええ。二十四時間ぶっ通しで走れば」
「滅茶苦茶言わないでくださいまし! 死んでしまいますわ!」
「まあこれは現実的ではありませんね。ご安心ください。三日の予定です。間に休憩を挟んでいますし、宿もちゃんと街道沿いの上客用の宿を手配しています」
「ほっ……」
カロリーナは安堵の溜息をついた。
「一晩のうちに方々へ手紙を送って手筈を整えさせたんです。優秀でしょう?彼は。ついでに言えば、あなたの服のサイズを調べるために夜中に仕立屋を回ったのも彼です」
カロリーナは自慢の大きな赤い瞳にジョミニの眠たそうな青い眼と、眼鏡。痩せた神経質そうな頬、大きな鷲鼻ともじゃもじゃ伸びた癖毛の髪で出来ている顔を見た。
「それは凄い、ですわ……」
「これぐらいは当然です」
ジョミニはこともなげに言って見せた。
◆
出されたデザートまですっかり平らげて、久しぶりに「満腹」というものを味わったカロリーナは幸せだった。人間、腹いっぱい美味しいものを食べてこそ幸福に違いない。
ふとカロリーナは料理の横に小さな水の入ったボウルに目を止めた。手に取ってみると、良い香りがする、香草か香辛料かで香り付けがされている水だった。
「こういうのも久しぶりですわね……」
カロリーナはボウルを手に取るとそっと口へ運び飲み干した。ペリゴーヌもそれに続いてボウルの水を飲む。ジョミニはブツブツ言いながら書類に何やら書き込むのに夢中なようで気づく様子もない。
昔、お嬢様と食事を共にしたときもこうやって、ボウルの水を飲んだものだった。お嬢様と伯爵様はそれを見ると驚いたような顔をして、クスクスと笑っていたが、同じように水を飲んでいたのだ。とカロリーナは懐かしい過去を思い出した。




