第十一話「徳や悪徳にも際物がある」その2
軍の倉庫を解放して三日目。兵士たちへの配給が止まるまであと四日となった。
「手続きには問題がない!?!?」
家具や調度品を売り払い、殺風景になった司令部の一室でカロリーナは部屋の窓ガラスをびりびりと震わせるほどの声を張り上げた。ペリゴーヌ伯爵から贈られた見事な軍服をきちりと着こなし、すらりと長い金髪は丁寧に櫛で梳かれている
「ええ。そうです。首都から送られてきた手紙によれば、物資は確かに軍商人に発注され、商人たちは物資を連隊に送り届けた……ということになっているそうです」
ジョミニが特に驚く風でもなく淡々と首都から届いた手紙を読み上げる。
「じゃあなんで連隊に物資が届いていないんですのよ!」
「そこが謎です。で、今御覧の通り書類をひっくり返してます」
殺風景な司令部の机の上には山のように書類が積まれている。
「連隊の報告書です。文書保管室にあったヤツ全部引っ張り出して調べてるんですが……いつ補給を受け取ったとか、人員の補充がいつ来たとか、戦闘の時部隊はどう動いたとか、誰が何したとかとかとか」
「全部記録されているんですのね 商人の帳簿みたいですわ」
「軍隊は巨大な官僚組織ですからね。裸で剣だの斧だの振り回してた時代はともかく、現代はとにかく書類です。何をするにも書類。署名。文書、文書、文書です。戦場で鉄砲を撃ち合うのはほんの一場面で、軍人は殆ど書類と格闘しています」
ジョミニはモジャモジャと手入れのされていない髪をぐしぐしかき回しながら話す。その声色には喜びの色が見て取れる。
「この膨大な記録のおかげで我々は彼らがどこで何をしたか知ることができます。ほら、例えばこれは半年前の北部戦線での記録ですが……ウール街道の戦いです。ああ、あの激戦になった……この連隊も参加してたんですねえ。ほら、これ見てください。連隊の三分の一が死傷して、連隊長が……ソワン伯の前任者の……シャルル・ヴァロー連隊長が戦死してます。他にも大隊長二人が負傷……それでも連隊は踏みとどまり、軍旗を守って戦い続けたそうです」
「勇敢ですわね」
「ええ。歴戦の勇者と言っていいでしょう」
カロリーナは書類の束をぱらぱらとめくり、ある一枚を見止めた。
「……村の食料徴発の記録もありますわね」
「そりゃあるでしょうね。どこから食料を徴発したか記録しておかないと。軍隊が民間人から物資を得るのは強盗ではなくキチンと対価を支払うわけですから。誰から何を借りたか、記録をつけておかないと」
「ほとんど強盗状態じゃありませんこと?」
「まー……建前と実際が違うのはよくある話です。補給が滞れば現地で徴発なりなんなりするしかない。しかし軍資金には限りがある。対価が支払えない。当然、民間人は物資の提供を拒む。とはいえ、餓死するわけにはいかない。あとはもう力づくで……となります」
ジョミニには報告書の記録が示す状況がありありと脳裏に浮かぶ。軍の規律が補給が失われたことで徐々に崩れていく様が。各部隊の隊長たちが必死に兵士を統制しようとし、それに失敗して規律が失われ、民間人から奪うことが常態化していった過程が。
「殺人や放火が起きていないのが奇蹟みたいな状態です。各部隊長たちは規律が完全に崩壊して、連隊が丸ごと強盗の集団になるのを食い止めていたようですね。兵士の盗賊化ほど恐ろしいモンはありません。」
「……首都の手続きに問題が無かったとしたら問題はなんですの? 解決しないと状況は最悪になりますわ!」
カロリーナは兵士たちに状況の改善を約束した。一旦抱いた希望が砕かれた時の反動は計り知れない。
「とすると物資がどこかで消えているわけです。例えば、物資を積んだ馬車がどこかの盗賊団に襲撃されているとか。それこそ、ここと似たような状況になってる部隊の兵士たちが襲ってるとか。他には、軍需物資の委託されてる商人たちが不正をしているとか。コルスカ軍は急拡大した軍隊ですからね。おまけに政情不安。不正が入り込む余地がいくらでもありますよ」
「ああああ、どうしましょう。どうしましょう……」
理由はなんであれ、物資が無ければおしまいである。
ふいに扉がノックされてカロリーナはバネ仕掛けの人形のように飛び跳ねた。
「閣下、連隊長閣下!」
「ひゃい!」
入って来たのは若い士官だった。肩には補給将校の章がついている。
「閣下、タルマ主計長が閣下に内密にご相談があるとのことです」
「ちょうどわたくしもお話がありましてよ!」
「……小官がご案内いたします。どうぞ」
「わかりましたわ」
カロリーナは飛び跳ねて乱れた服装をきちっと整え直した。
「ジョミニさんは……」
「あー……私はここに残りますよ。まだ書類を見てる途中なんで」
◆
カロリーナが去り、一人残ったジョミニは補給記録を読み続ける。ぱら、ぱら、書類をめくり続け、給仕係が持ってきた昼食がすっかり冷めきって硬くなっているがそんなことは気にも留めない。
記録上はなんの問題もないのだ。一見、記録上に問題や不正はない。数字のつじつまは合うし、署名もキチンと揃っている。日付にも妙な点は無い。
「……綺麗過ぎないか?」
手続き上どこにも不正がない。にも拘わらず物資は消えている。ということは、誰かが物資を「正しく」盗んでいるのだ。正式な手続きを守って。それが行える人物とは……
「しまった」




