第十話「徳や悪徳にも際物がある」
「今日の食事はパンに肉のスープに、ワインまである。どうしたんだ、調達の連中がどっかの屋敷でも襲ったのか?」
「いや違う。新しい連隊長の命令で倉庫を開けたらしい」
「なんだ、ある所にはあったんだな。主計長の野郎ため込んでやがったのか。縛り首にしちまえ」
「新しい連隊長はまだほんのガキで、しかも女と聞いたぞ。どういうつもりなんだ。気に入らねえ。誰か撃ち殺しちまえ」
「へっ、そんな必要もねえ。銃声を聞けば小便漏らして逃げ帰るさ……美味い、肉なんか半年ぶりだ!」
「俺たちに飯を食わせて、ご機嫌とりのつもりか?」
「だとしたら、機嫌の取り方は心得てるみたいじゃないか」
「そりゃそうだろう。女で連隊長になったヤツだぞ。首都でクーデター騒ぎをやらかしてたあの、なんとかって執政官のご機嫌とりがさぞ上手かったヤツにちげえねえんだ」
「ははははは……いつまで続くか見ものだぜ」
第四十戦列歩兵連隊の兵舎では久しぶりに食料の配給を受け取った兵士たちがテーブルを囲み談笑する声で溢れていた。
◆
着任そうそう兵士たちの窮状を聞かされ、非常用の倉庫を開放して二日目。カロリーナは四人の大隊長を集めていた。
「閣下の決定を聞いた時には耳を疑いましたが兵士たちは満足しています。聞けば司令部の家具装飾品の類も売りに出したとか。革命戦争の初期を思い出します! 全てのモノを前線の勇者たちに送り出したあの栄光の日々を。ああ、あの時には全てがありました。美徳、勇気、献身……すっかり失われていた精神が蘇ったようです。私は感激しました! 閣下のみなぎる行動力、革命の精神に!」
第二大隊長のドニュエルが柔軟な獅子のような筋肉全部を使って感激を露わにする。大柄な身体はさながら巨大なパイプオルガンのように重厚な音色を響かせる。
「兵隊連中は素直ですから閣下が飯を食わせてくれる人なら大人しいでしょう。が、ここからが正念場です。閣下は皆に希望を持たせましたがそれを持続させるのは難しい。倉庫が空になれば配給は止まり兵士たちはぬか喜びさせられたと、裏切られたと感じるでしょう。そうなったときは恐ろしいことになります!」
第一大隊長のヴァレフスはしゃがれた声で言う。歳はカロリーナの三倍か四倍はありそうだが声の調子は元気いっぱいの子供のようで、いささかアンバランスな風だった。
「ともかく時間は稼ぎました。この時間を使って問題を解決し、ソワン伯の連隊長としての資質を兵士たちに証明しなければなりません。問題は補給が滞っていること。さてそれにはいくつか原因が考えられます。一つはシンプルで首都の総司令部の連中がこの連隊を放置している。つまり忘れられている……」
「そんなことってありますの? ここには二千人以上の人間がいるんですのよ。二千人!お屋敷にもそんなに人はいませんのに! それが忘れられるなんて」
ジョミニの言葉をカロリーナが遮る。
「二千人など全軍からすれば些細な数です。ご存じないかもしれませんがコルスカ共和国には現在、約百万人以上という桁外れの、ええ、そう。正確には八十九万四千、いやそれは二か月前のデータだから、今は九十一? あー、でも消耗と動員を考えると……まあ、その、とにかく世界中どこを探してもあり得ないほどの兵隊がいるんです。二千なんか誤差みたいなモンですよ」
「ひゃくまんにん!」
カロリーナは机を叩いた。
「コルスカ人の革命精神と国民動員令の賜物です! おお、これこそ共和国の原理! コルスカ人民の主権を守るために全国民が立ち上がったのですよ! ヴィラールの精神が、百万の国民軍の洪水が、大陸全ての玉座を押し流して自由と平等の真理が全ての民にもたらされるのです!」
ドニュエルが拳を振り上げながら叫ぶ。ヴィラールとは国民を軍隊に徴兵する国民動員令を定めた革命家議員の名だ。
「ドニュエル大隊長の言う通り、コルスカは革命によって共和国になりました。国は国王のものではなく、国民のもの。したがって、国を守るのは国民の義務ということになったわけで、国民を徴兵することで百万人という他の国を上回る大兵力を集めることが可能になりました。しかし急拡大は弊害もあります」
「兵隊の数が増えたのに、管理体制がお粗末で貧弱。目が届かない」
シモンが火のついていないパイプを咥えて端的に問題の核を突いた。
「ああ、いえ。問題はむしろ軍ではなく政治です。勝利請負人ことマルグリット将軍の組織改革でコルスカ軍の組織問題は大幅に改善されました。ところが惜しいことに行政がそうではない。不安定な革命政府はクーデターだのなんだのを繰り返すせいで行政組織が安定しない。政治家や役人の首が文字通り飛びまくるせいです」
「この前もナブリオーネ将軍がクーデターを起こして執政官になったしな……全く首都の奴ら、自分たちだけで国を動かしてる気になりやがって……貴族も革命家もクソだ」
クラリーが毒づく。
「聞き捨てなりませんな!」
ドニュエルが食いつく。
「なに!」
勢いよく立ち上がった二人がガタンと椅子を倒す。
「やめてくださいまし!頭が痛くなってきましたわ。もっと短く、しゃきっと纏めて」
「ああ、はい。つまり不安定で巨大な組織の中で我々が忘れられている。ということです。最前線ならともかく、国内にいる我々など重要度も高くないでしょうし、ほったらかしにされている可能性はあります」
「じゃあ、今から首都に戻って直談判すれば解決するということですわね」
「ははは」
フレースは面白くない冗談に愛想笑いするように笑ったがジョミニは本気にした。この人は実際にそれをやっている。やりかねない。
「今連隊を離れるわけにはいきません。手紙を送りましょう。ペリゴーヌ伯に個人的に手紙を出せば必ず執政官閣下の目に留まります」
「一件落着ですわね!」




