第十一話「徳や悪徳にも際物がある」その3
カロリーナは街の外れにある廃墟と化した倉庫の、地下室へと案内された。上層部分は火事か何かで焼け落ちたのだろうが、広い地下室は無傷だった。
「お呼びだてして申し訳ありません連隊長閣下。いえ、伯爵とお呼びしたほうがよろしいですか。お酒はどうされますか。マーキアの逸品から、コルスカの赤ワインまで何でも揃っています」
通された地下室には主計長のタルマが待っていて、カロリーナにワイングラスを差し出した。その態度にカロリーナはその言葉の丁寧さよりも、むしろ声に潜む品の無さに困惑した。
「単刀直入に。この際、腹の探り合いはやめましょう。閣下の探している物資。それはここにあります」
「な……」
カロリーナは頭を金づちか何かで殴られたように感じた。これから頼ろうと思っていた人物が、堂々と罪を告白したのだから。
「あなたが……物資を横領していたということですの……?」
タルマは少しだけ眉を上げた。
「何を驚かれるのです。あなたは私の不正を取り調べに来た執政官の査察官。そうでしょう?」
「ささつかん……?」
カロリーナにはタルマが自信満々で言っている言葉の意味がよく理解できなかった。
「何か特別な意図が無ければ、あなたのような小娘が連隊長として送り込まれるわけがない。案の定、着任そうそう貴女は物資の供給を約束した。なんのアテもなく大見えを切るわけがない! 私の不正に気付いていた。そうではありませんか?」
タルマは推理小説の主人公さながらに自らの推測を披露する。
「私の推測が当たりだろうが、外れだろうが、そんな事は問題ではありません。あなたは本当は何も知らないズブの素人に過ぎない……という可能性だってあります」
その通りですが。とカロリーナは言いかけた。
「私が堂々と自白しますのは、私が商売を続けていくには、どの道あなたの協力が欠かせないからです。そしてあなたは必ず私の提案にはいと言うでしょう」
タルマはテーブルの上に並ぶワインのボトルから一本選んで、視線をカロリーナに固定したままグラスに注いだ。
「前の連隊長とは、それでうまくやっていました。商人と話をつけたりなんだりという面倒な交渉事は私が引き受けます。閣下はただ目をつむって、名前を書くだけです。莫大な、とは言えませんが郊外に屋敷を構えるぐらいの財産は作れますよ」
「あの……つまり、あなたは前の連隊長と組んで、軍の物資を横流ししていたと……?」
「ええ。そして今の連隊長とも。大隊長共は何も知りません。亡命貴族の老いぼれと、最前線で命を張る事しか能のない馬鹿者、出来損ないの扇動屋。そういった類の連中です」
ワインを一口飲んでタルマは笑った。
「そのせいで多くの兵士が、飢えているんですよ? 悪いと思わないんですの?」
「伯爵、伯爵。あなたがそれを言いますか。ええ?貴族が。民衆を飢えさせて、革命なんて馬鹿騒ぎを起こさせたのはどこの誰です。あなたがた貴族でしょう」
「……」
「まあ、騒いでる阿呆どもは好きにやらせておけばよいのです。我々賢い人間は財産を作りましょう。共和国では伯爵なんて称号はありませんが、金持ちになれば以前と同じように屋敷に住んで、召使たちを従えることもワケありません。そうではありませんか?」
カロリーナの前に注がれたグラスになみなみと赤ワインが注がれた。
「革命騒ぎで財産を失ってさぞ苦労されたでしょう。まあ、どうぞ。互いにうまくやっていきましょう」
カロリーナは思う。この一杯を飲み干せば、多額の財産が得られるだろう。連隊には、少しばかり取り分を放出して改善したようにみせれば不満も収まるに違いない。うまく利益を吸い上げていく。
「私は……平民が嫌いです」
カロリーナはグラスを手に取る。
「革命騒ぎを起こした平民なんか大嫌いです。革命家も兵隊も、暴徒もなにもかもみんな大嫌いです」
蝋燭に照らされ透けて見えるのは、血のような赤色だった。
「貧乏も嫌です。お腹を空かして眠れない夜を過ごすのは嫌です。大家にペコペコ頭を下げるのは嫌です。お屋敷で、美味しいものを食べて、暖かいベッドで眠りたい」
カロリーナは勢いよく、その赤ワインを目の前の男にぶちまけた。
「でも私は、金持ちになりたいんじゃあないんですよ。……貴族になりたいんですわよ!」




