Dive3:事故発生
また節電時間となり、格納庫は薄暗い光で照らされていた。
足元の鉄板の床にころがる工具をよけながら、ひざまずいた姿勢で休んでいるマクリールに近づいて、メルはその顔部を見上げた。
空気中では鋼鉄より少しもろいが、熱を通すと水圧に耐えられるようになるマクハリウム合金。その金属で包まれたボディが、頼もしい光を放っている。
今はまだ試作品とはいえ、これが量産されれば、無人潜水艇ではできないような微妙な作業を深海底でできるようになる。
ボートロイド開発の主な目的は海底資源の開発だ。
開発が自然破壊に繋がるということは、メルにもわかっている。けれど、人類が社会生活を行う上で、いま、石油やレアアースといった海底資源は欠かせない時代となった。どうしても必要な開発なら……自然破壊を最小限に抑える開発方法を模索するしかないではないか。
そのために、有人で操り、指型のマニピュレータを使っての微妙な作業を可能とするボートロイドは、絶対に必要な機材なのだ。
その試作機がこのマクリール・ゼロ。メルが行う試験運用は、問題点をすべて洗い出して量産型を改良するために行われる。自分がマクリールの開発に関わっていることに、メルは大いなる満足を感じていた。
そんな思いに浸っていると……後ろから足音が聞こえた。格納庫に誰かが向かっている。
メルは反射的に、横にあった中型潜水艇の陰に隠れてしまった。別に理由はない。条件反射みたいな行動だ。
梯子を降りて格納庫にやってきたのはキースだった。照明器具を担いでいる。
ケーブルが接続され、強い光が放たれた。思わず目がくらんで、メルは目をつぶる。
キースは工具を拾い、マクリールに歩み寄った。そして、そのボディに手を置いた。
「……お前は、もっと優れた機械なのに」
キースは、マクリールの外装を開いて、機械の整備作業を始めた。布で汚れをふき取り、ボルトの締まり具合もひとつひとつ確認する。整備に熱中していて、メルがいることになんか気が付きそうにない。
作業を進めながら、キースはマクリールに語りかける。
「丁寧に使えば、深海作業のほとんどをやりとげられるのに……。外装をこんなにへこませて……乱暴なんだよな、あいつは」
メルは少しムッとしてキースを見た。が、
照明の中で見えたキースの表情は、慈しむような穏やかさで、ボルトを締める手つきも実に丁寧なものだった。それはまるで……自分の子供をかわいがる父親の姿を連想させた。
もしも子供を乱暴に扱われ、「デキが悪い」などと文句をいわれれば、たとえ愛のある悪口だろうと親は不快に感じるだろう……メルにもそれは理解できた。
……と、突然。ビーッ、ビーッ、と、思考を引き裂いて警告音が響き渡る。
「緊急事態発生! 緊急事態発生! 全員、通信室に集合!」
通信室に基地の全員が集まっていた。そんなに広い部屋ではないので、さすがに少し息苦しい。
「パイプラインの基底部分で石油が漏れている」
サィードが困惑した顔で説明する。モニターは普段どおり、データが並んでるだけだ。事故の映像や模式図などはまだ届いていない。
キースが鼻を掻きながら尋ねる。
「原因は?」
続きはボックが答える。
「無人潜水艇が予想外の潮流にやられて、パイプの基部に衝突したらしい」
「ったく……事前調査や安全対策のコストをケチるから」
キースが吐き捨てた。そこへアーウィが
「でもバルブは閉めたんでしょ?」
「それが……閉めても流出が止まらないんだとさ」
ボックは、「もうお手上げ」というしぐさを見せた。
「パイプの根もとに亀裂ができたのか、あるいは岩盤じたいにひびが入ったか……こないだからの海底地震で、地盤が弱くなっていたのかもしれないな」
たちまちアーウィの顔が曇った。
「自噴式の油田よ? ほっといたら膨大な石油が海中に……」
そして……あたり一帯は死の海になるだろう。
…………。
誰もが思い浮かべてしまったその想像を、誰も口に出せない。
A~Cの各基地からも無人潜水艇が出て、対策にあたることだろう。けれど海底には潮流があるし、遠隔操作では作業にも限界がある。
「待ってよ?」
メルが声をあげる。
「要するに、開いた穴に蓋をすればすむ話じゃないの?」
「300気圧の中に吹き出してる石油だぞ」
キースが呆れたように答えた。
「300気圧がどれだけの高圧かわかってるか?」
キースの言葉にサィードも付け加える。
「1平方センチあたり300kgの水圧を跳ね返して、石油が噴出してるわけだ。コンクリートを流し込んでも固まる前に吹き飛ばされてしまうし、特殊繊維で押し包む作業も遠隔操作では困難だろうね……潮流があるから。ボートロイドなら可能かもしれないけれど……」
一同が押し黙ってしまったとき。ぴーっ、と呼び出し音がした。
「本社からだ」
モニターに、背広姿の、小太りで髪の薄い初老の男が映る。彼らの上司だった。
「海中基地Dの諸君、もう事故のことは聞いてるな?」
「はい」
ボックが代表して答える。
「こんな事故で企業イメージを落としてはたまらん。そうでなくても、海底開発は自然破壊だとかうるさい連中がいるからな。マスコミにすっぱ抜かれる前に、早急に対策にあたろう。基地Dにはたしか、新型の有人機があるんだったな?」
「試作品ですが……」
ボックの言葉が終わらないうちに、
「そいつを使って、石油の流出を止めろ」
上司は、「ちょっとボールペンを貸せ」くらいの軽いノリでそう言った。
だが基地のメンバーは全員が顔を引きつらせる。
「待ってください、操縦者はまだ1800mまでしか潜ったことのない、二級免許の新人ですよ? 機材もまだテスト中で、納入だって済んでは……」
「緊急事態なんだ、手段を選んでる場合ではない」
イラついてる様子は、モニターからもわかる。が……
「無茶です。どうしてもやるなら、せめて深海作業の経験がある一級潜水作業士を派遣して……」
「言ったろう、手段を選んでる場合ではないんだ!」
上司は、「もう異論など受け付けない」という強い意思で言い放つ。
「でも、危険すぎます」
「危険なことなんか承知の上だ! やってみる前からできないなどという返事をするな! ……で、技術的にはどうなんだ、出向技師君? 新型の有人機は3000mまでは潜れないのかね?」
上司の馬鹿にするような口調に、キースはムッとしながら答える。
「理論上では6000mでも可能です。ですが、試作機はまだ1200mまでしか試して……」
「可能ならやれ。もし不可能なら可能なように工夫しろ。とにかく有人機を出して穴をふさぐんだ。今すぐに」
「ですが……」
「これは『業務命令』だ。以上!」
「……!」
プツッ。
モニターから上司の姿が消え、元のデータの羅列に戻った。
サィードが溜息をつく。
「会社はいっつもこれだ。可不可の検討もしないで、一方的に命令してくる」
「危険は承知の上って……危険なのは現場だけで、本社のデスクに命の危険なんか無いのにね!」
アーウィも不満そうにうめいた。他のメンバーも、口々に溜息や悪態を漏らしている。ただ、メルだけは漏らす前に考え込んでいた。
「……他に方法はないんですよね?」
一同の目がメルに注がれる。
「ほっとけばここも死の海になる……それなら私、やってみます」
(つづく)




