7 庭の、番人
罠だと思っていた。
監視付きの毒草園。「さあ毒を作ってみろ、その瞬間に首が飛ぶ」という、開けた処刑場。旦那様の「毒でも飲む」という宣言に至っては、もはや何の脅しか分からなくて三日ほど寝込みかけた。
「……育つわ。育つのよ、マルタ。誰にも抜かれずに!」
二週間後、私は土まみれで畝の前に膝をついていた。カモミールが双葉を開き、レモンバームが小さな株になり、実家から持ち込んだ祖母の種が、次々と芽吹いている。ローズマリーやパセリのような普段使えるものも植えたら夕食にも出してもらえるかしら?毒婦が育てたハーブなんて、誰も食べてくれないか。
実家では、私の薬草はよく「処分」された。毒婦の証拠品だから、と。婚約者が替わるたび、棚ごと庭ごと燃やされたりした。だからここでも、いつ燃やされるかと身構えている。けれど、この庭は今の所誰も奪いにくる気配はない。
それどころか。
「マルタ。……またあるわ」
園芸小屋の前のベンチに、木彫りの、小さなリスが置かれている。先週は小鳥が置かれていた。誰が置いていくのか、どこか不器用に愛らしい木彫りの動物たちが、一匹ずつ庭に増えていくのだ。
「庭の精霊かしら」
「左様でございますねえ(棒読み)」
マルタの目が泳いだ。何か知っているわね、この侍女。
* * *
その日の夕方、日課の水やりを終えた時ふと視線を感じた。
庭の入り口、生け垣の陰に、大きな黒い影。まぎれもなくそれは旦那様だった。漆黒の髪に葉っぱを乗せて、巨体を生け垣に半分隠して(隠れていない。全然隠れていない)、こちらを見ている。
み、見張られている……!?
いえ、待って。落ち着くのよレオノーレ。よく見なさい。あの御方の手元を。
旦那様の手には、小刀と、彫りかけの木片が握られていた。形は……アヒル? かしら。視線が合うと、旦那様は木片を背中に隠し、無言で生け垣の向こうに沈んでいった。190cmは沈むのが遅い。
「…………」
ベンチの木彫りたちを、私はそっと見た。リス。小鳥。まさかと思っていたけれど、精霊はすぐそばにいたらしい。精霊というにはあまりにも巨体だが。
鼻の奥が、ツンとした。
あの人はとても怖い人。百人斬りの残虐公爵。それが葉っぱを頭に乗せて、私の庭にアヒルを増やそうとして、隠れ損ねている、なんて……?
「……ふ、ふふっ」
いけない。声を出して笑ってしまった。毒婦は妖しく微笑むものよ、レオノーレ。
* * *
「マルタ殿。本日の閣下、生け垣から戻られて一言、『笑っていた』と」
「それだけですか」
「以後、執務に戻られず、アヒルを三体completed♩」
「ギルベルトさん、横文字に逃げましたね」
うちの夫婦は、庭で愛を育んでいる。
誤解は静かに根を張りはじめた。




