5 化け物夫婦、王宮に参上する
王宮から、招待状という名の出頭命令が届いた。
曰く、結婚の報告を兼ねて夜会に顔を出せ、と。差出人は国王陛下その人で、この結婚を命じた張本人である。
「つまり、これは査察よ、マルタ」
馬車の中、私は声を潜めた。
「『化け物同士、ちゃんと番つがいになったか』の確認なのよ。仲が悪いと見なされれば王命違反。最悪、両家お取り潰し……!」
「お嬢様、その前に。よくお似合いですよ、そのドレス」
……それは、その。私は視線を落とした。
今夜の私がまとっているのは、旦那様から贈られた夜会用のドレス。深い灰青はどこかで見た色だと思ったら、鏡の前で気づいた。旦那様の瞳の色だ。
最初は震えた。妻に自分の瞳の色を着せる。これは所有の刻印、「逃げ場はない」という宣言に違いない、と。だが袖を通してみれば、布は羽のように軽く、銀の髪に驚くほど映えて、サイズは指先まで完璧だった。恐ろしいことに、私の体のどこをどう測ったのか、完璧なのだ。
そして迎えに現れた旦那様は、漆黒の正装の襟元に、銀のタイを締めていた。
——私の、髪の色である。
お揃い。偶然? 公爵ともあろう方が偶然で色を選ぶ? いいえ、これは対外向けの演出だ。「夫婦円満」を王宮に見せつけるための、完璧な軍略。さすが旦那様、そういうことなら私も全力で乗ろう。
……それにしても、と馬車の暗がりでこっそり思う。
正装の旦那様は、その、なんというか。攻撃力が高すぎないだろうか。
* * *
大広間に夫婦の名が読み上げられた瞬間、王宮のさざめきが、ぴたりと止んだ。
「グランハルト公爵ご夫妻——」
数百の視線が突き刺さる。残虐公爵と毒婦。社交界が誇る二大怪談の合体に、人垣がモーセの海のように割れていく。私は震えそうになる指を、そっと旦那様の腕に添えた。逃げるな、レオノーレ。今夜の任務は「円満な夫婦」だ。
その時だった。
「おやおや、エルメンライヒの毒姫ではないですかァ」
ねっとりとした声。振り向けば、見覚えのある中年の貴族、ローデン伯爵の縁戚だ。そう、二人目の元婚約者の、一族。
「公爵閣下もお気の毒にィ。その女の淹れる茶には、くれぐれもお気をつけ」
言葉は、そこで途切れた。
男の顔から血の気が引いていく。視線は私を通り越し、私の頭上……背後に立つ旦那様に注がれていた。
恐る恐る見上げる。旦那様は、無表情だった。いつも通りの、ただの無表情。だが冬の湖の瞳が男を映した瞬間、湖面の温度が三度ほど下がった気がした。
「妻の茶は」
低い声が、静まり返った広間に響く。
「……俺のものだ」
男は白目を剥きかけながら後ずさり、人混みに消えた。周囲から「ひっ」と小さな悲鳴がいくつか上がる。
……今のは、何?
守って、くださった? いや、それより「俺のものだ」って。茶が? 茶がですよね? 心臓に悪い言い方をしないでほしい。誤解する。誰が? 私が。
「ほっほっほ!仲良うやっておるようだな、若夫婦よ!」
愉快そうな大声とともに、人垣の奥から国王陛下が現れた。豊かな金髭を揺らし、面白くてたまらないという顔で私たちを眺める。
「どうだ、お二人、結婚生活のほうは」
「「つつがなく!」」
声が、重なった。一拍の遅れもなく。
広間がどよめいた。「即答……」「あの化け物夫婦が声を揃えて……」「見ろ、お揃いの色だ」「公爵が妻の色を……」。さざ波のように広がる囁きの中、陛下は腹を抱えて笑った。
「ほっほっほ! 実に、よい!」
何がよいのかは、最後まで教えていただけなかった。
* * *
帰りは、同じ馬車に乗ることとなった。旦那様はずっと窓の外を見ている。
沈黙が怖い。何か粗相があっただろうか。あの即答が芝居がかりすぎた? 私は意を決して口を開いた。
「あの、本日は……助けていただいて」
「……」
旦那様は窓の外を見たまま、ぼそりと続けた。
「……そのドレス、似合う。と、思っていた。ずっと。今日」
単語が、ばらばらと落ちてきた。文章になっているようで、なっていない。だからこそ、意味だけは真っ直ぐ届いてしまって、私は俯くしかなかった。灰青の膝の上で、自分の頬が燃えているのが分かる。
毒婦は毒に強いはずなのに。この胸の苦しさは、一体何の毒なのだろう。
* * *
——同夜、王宮の回廊。
宴の喧騒を背に、宰相クナイプは扇の陰で舌打ちした。
化け物同士を娶せてめあわせて隔離する。王の道楽に乗ったのは、それが「残虐公爵」の評判をさらに地に落とす一手だと踏んだからだ。毒婦に骨抜きにされ、あるいは醜聞にまみれ、どちらに転んでも公爵の威信は削れるはずだった。
それが、どうだ。
今夜の社交界の話題は、あの夫婦一色。恐怖の象徴だった男は「妻を一途に溺愛する寡黙な英雄」に化けつつある。悪評という名の檻が、内側から溶け始めている。
「……手を打たねばな」
宰相の呟きは、宴の楽の音にまぎれて消えた。
誤解は花開き、そして、それを枯らしたい者が動き出す。




