3 重い、誠意
公爵家に嫁いで、三日目の朝のことだった。
毎朝の恒例になった旦那様の朝の茶を淹れ終え自室に戻った私は、扉を開けた目の前の景色に驚き、動けなくなってしまった。
部屋が、光っていた。
机の上に宝石箱が三つ。開かれた蓋の中で、ダイヤとサファイアが朝陽を弾いている。長椅子には絹のドレスが七着、虹のように並べられ、窓際に毛皮、香水の瓶、螺鈿らでんの手鏡、なぜか宝剣まで立てかけてある。
「マルタ……これは……何かしら」
「旦那様からの贈り物だそうです。全部」
「全部……」
私はよろめいて壁に手をついた。
考えろ、レオノーレ。これは何の試しだ。
仮説一、物欲の試験。毒婦がどれだけ強欲か見ている。喜んで全部受け取れば「やはり財産目当て」と断じられる。
仮説二、借りの積み上げ。返しきれない恩を着せ、「これだけ与えたのに」と処断の口実を作る。そうだ、戦場の英雄がやりそうな兵糧攻めの応用だ。
仮説三……単なる、好意?
「ふふ、ないわね」
「今、何か可能性を一つ捨てませんでした?」
マルタの声を聞き流し、私は決断した。受け取る。ただし「贅沢品」としてではなく「家宝」として。一つ一つ恭しく飾り、決して売らず、身につける時は必ず旦那様の前で。これなら強欲とも無関心とも取られない。完璧な防御である。
そして……もらいっぱなしは、駄目だ。
借りは返す。それも金額ではなく、誠意で。幸い、私には祖母仕込みの特技がもう一つある。
その夜、私は寝る間を惜しんで針を動かした。白い亜麻布リネンのハンカチに、公爵家の紋章と、その脇に小さな青い花を一輪。矢車菊。深い意味はない。ただ、刺している途中で気づいてしまっただけだ。この花の青、旦那様の瞳の色にそっくりだわ、と。
* * *
翌朝、私は震える手でそれを差し出した。
「あ、あの。昨日の贈り物のお礼に……手ずからのもので恐縮ですが」
旦那様は、ハンカチを受け取ったまま、動かなくなってしまった。十秒。二十秒。冬の湖の瞳が、刺繍の青い花を見つめたまま、凍りついている。
しまった。安物すぎた? 公爵家の紋章を勝手に刺したのが不敬だったかもしれない。指先から血の気が引いていく。
やがて旦那様は、ハンカチを胸の内ポケットに——軍人が最も大切なものをしまう、心臓の上の位置に収め、一言だけ言った。
「……家宝にする」
「えっ、あの、ただのハンカチで」
「家宝に、する」
二度言って、旦那様は大股で去っていった。
……怒って、いない? いないのよね? 家宝という単語は肯定的よね?
* * *
—— 同日、執務室。
「ギルベルトさん、見てくださいよ。旦那様ったら、奥様のハンカチを額に入れて飾ろうとして」
「マルタ殿、それだけではありませんぞ。『胸ポケットに入れて持ち歩くか、額装して永久保存するか』で小一時間悩んでおられた。最終的に『予備が欲しい』と」
「予備って! 」
「奥様に二枚目を所望できないか、真顔で相談されました……マルタ殿。これはもう」
「ええ。『仲がよろしい』では、少し足りませんねえ」
誤解の芽は、双葉を広げた。




