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欲深い親友が欲しがったから、聖女の座を譲っただけなのに国が滅びかけています  作者: クロネコ


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2/4

中編


王都の朝は、いつもより少しだけ騒がしかった。最初に異変に気づいたのは、城下のパン屋だったという。


「発酵が、うまくいかねえ。どうしたのかしら?」


何度やり直しても、生地が膨らまない。水も小麦も、昨日までと同じはずなのに。


同じような声は、次々と上がり始めた。


畑では芽が出ず、井戸の水は濁り、家畜は落ち着かない。ほんの些細な違和感。


だが、それは確実に広がっていた。


 


「・・・報告は以上か?」


王城の執務室で、アルベルト王太子は書類から顔も上げずに言った。


「は、はい。現在、各地で同様のーー」


「一時的なものだろう」


食い気味に言い切る。

報告に来ていた文官は、言葉を失った。


「季節の変わり目には、よくあることだ。大げさに騒ぎ立てるな」


「し、しかし、例年とは明らかに傾向が――」


「だから何だ?」


ようやく顔を上げた殿下の視線は、苛立ちを隠そうともしていなかった。


「問題があるというなら、解決策を持ってこい。“異常だ”などという曖昧な報告に価値はない」


「・・・申し訳、ございません」


文官は深く頭を下げるしかなかった。


 


「まったく、騒がしいな」


報告者が下がった後、殿下は小さく舌打ちした。


「新体制になった途端にこれだ。古い連中の嫌がらせかもしれん」


「殿下」


控えていた側近が、恐る恐る口を開く。


「聖女様の件と、関係がーー」


「無関係だ」


即座に切り捨てた。


「聖女の力は象徴に過ぎない。あの程度のことで国が揺らぐはずがないだろう」


きっぱり断言した。疑いすらない声音だった。


「それよりも、エレノアはどうしている?」


「は。大聖堂にて、民のために祈りを捧げておられます」


その言葉に、殿下の表情が緩む。


「そうか。やはり彼女は違うな」


満足げに頷く。


「リシェルには、ああいう姿勢が欠けていた。民の前に立ち、心を示す。それこそが聖女の本質だ」


 


その頃、大聖堂では。


「どうか、どうか、皆をお救いくださいーー!」


エレノアが、必死に祈りを捧げていた。大勢の民衆がその姿を見守っている。涙を浮かべ、震える声で祈る姿は、確かに人の心を打つものだった。


「聖女様!」


「ありがたい」


感動したような声があちこちから上がる。


――だが。


「ねえ、本当に大丈夫なのかしら」


「分からない。でも、何も変わってない気が」


小さな不安の声も、確実に増えていた。


祈りは続く。


けれど、空気は変わらない。


風も、水も、大地も――何一つ。


ーーーーーーーーーー


さらに三日後。


異変は“違和感”の域を超えた。王都近郊の森で、魔物の出現が確認される。それも、一体や二体ではない。


「討伐は?」


執務室で報告を受けた殿下が、眉をひそめる。


「現在、騎士団が対応中ですが、数が多く押し返されております」


「馬鹿な!?」


短く吐き捨てる。


「王都周辺だぞ?そんな場所に群れが現れるなど――」


言いかけて、言葉が止まった。ほんの一瞬だけ、何かを思い出しかけたような顔。だが、それもすぐに消える。


「・・・偶然だ」


無理やり結論づける。


「たまたま重なっただけだ。いちいち騒ぐな」


 


その日の夕刻。


城門が、慌ただしく開かれた。


泥にまみれた騎士が、馬から転がり落ちるようにして報告に駆け込んでくる。


「ほ、報告いたしますっ!!西の村が、村が壊滅しました!!」


「なに?」


執務室の空気が凍りついた。


「魔物の群れが、結界を、突破して!」


「結界が?」


思わず声が荒くなる。


「何を言っている。結界は常時展開されているはずだ!!」


「そ、それが、機能しておりません!!」


その言葉に、場が静まり返る。


「・・・エレノアを呼べ」


低く命じる声。


 


しばらくして、大聖堂からエレノアが呼び出された。


「で、殿下」


エレノアは不安げに駆け寄ってくる。


「落ち着け。大したことではない」


そう言いながらも、殿下の表情にはわずかな焦りが浮かんでいた。


「結界が弱まっているらしい。お前が強化すれば済む話だ」


「え・・・?」


エレノアの顔が固まる。


「で、でも、強化って・・・どうすれば」


「は?」


殿下の眉がぴくりと動いた。


「お前は聖女だろう?」


「そ、それはーーでも、具体的に何をすれば?」


「祈ればいい」


即答だった。


「民のために、強く祈れ。それで十分だ」


「ーーっ」


エレノアは言葉を失う。


「まさか、それすらできないのか?」


その一言で、彼女の肩がびくりと震えた。


「で、できますっ!やりますっ!!」


半ば悲鳴のような声でそう答える。


「ならばいい。すぐに取りかかれ」


 


その夜。


王都の空に、黒い影が現れた。

遠く、城壁の向こうで上がる悲鳴。


火の手が広がっていた。

鐘の音が、けたたましく鳴り響く。


「ーーこれはっ」


バルコニーに立つアルベルト王太子は、初めて言葉を失っていた。


眼下で、現実が崩れていく。

結界は張られていない。


いや、“張られていたもの”が、消えている。


「そんな、はずは」


呟きは、誰にも届かない。


 


その頃、遠く離れた街道では。


「ずいぶんと、早いですね」


馬車の中で、リシェルは静かに目を閉じていた。

向かいに座るルークは、無言で頭を下げる。


「王国は、大丈夫でしょうか?」


「さて」


小さく微笑む。


「“問題ない”はずですから」


かつて聞いた言葉を、そっとなぞる。


馬車は止まらない。


王国から、遠ざかっていく。


夜空の向こうで、かすかに光が揺れた気がした。


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