春秋の牡丹19話
一九章 挽歌
一
「そうだったのですか。あの碑は、智卿と豫譲様を弔うために御隠居様がお建てになられたのですね。神殿で守られているのも、納得がいきました」
昔語りを終えた張孟談の盃に、旬愛が燗酒を注ぎ足した。孟談は頷きつつ杯を乾し、
「ああ。お主があの碑を見てしもうたのも、あの御方のお導きかもな。もうそろそろ、うちの婆様も戻る頃じゃ……」
それから程無くして、包みを持った老婦人が玄関口に姿を現した。他でもない、孟談の妻・高蓮英だ。
「爺様、旬愛ちゃん。遅くなってごめんなさいね。あら、お二人とも何だか楽しそうにお喋りしていたけれど、面白いことでもあったかしら」
年老いても昔の茶目っ気は失われない蓮英は荷物を片付けると、夫の隣に着席して粥と酒で体を温めた。
「婆様、お帰り。実は、神殿にある商王朝の墓碑のことなんじゃ。お前さんとも話したかったことでのう」
孟談が旬愛に聞かれたことをつぶさに話すと、蓮英もしみじみとした様子で夫の話に聞き入っていた。そして、
「ねえ旬愛ちゃん。あの碑のことなんだけれど、実は貴女にも深いかかわりがあるのよ。爺様、話してあげましょうよ」
「おお、そうじゃの。旬愛、お主にとっても大事な話だから、心して聞いて欲しい。それは、儂と婆様が宮仕えを辞した後のことなのだ」
今までは気軽に昔話でも聞かせるかのような口調だった孟談が、覚悟を決めたような表情で話し始めた。
張孟談の退官―晋陽郊外の町や村は、その噂を聞いてにわかに活気付いた。特別な家柄でもない彼は学問で身を立てて先代家宰の孫娘を妻とし、趙氏滅亡の危機までも救った大英雄として時の人となっていた。
「弱ったなあ。私は神様でもなければ偉人なんかでもない、ただの張孟談なのにな。ねえ、蓮英」
「ふふふ、いいじゃないの。皆、あなたの活躍で救われたのだから」
馬車の窓から外を見ながら気恥ずかしそうにする夫が愛おしくてたまらないらしく、蓮英はくすくすと笑った。やがて見えてきた孟談の実家である酒屋は、孟談が趙の家臣になってからは子供達や親族に切り盛りを任せており、収入が増えたのもあって改装されていた。
「それもそうだね。この地を盛んにすれば、皆さんを助けてご恩返しもできる。さあ、どんな店にしようかなあ」
本来の主人である孟談と蓮英の名声のみならず、一族の弛みなき努力の甲斐あって張家の酒屋は、従来の役割である酒や食料品を商って民間人が集う憩いの場を提供するだけではなくなった。
孟談は、諸国の情報を得るために各地の都市で酒場を営んだ頃の経験を活かし、料理屋も開いた。かつて孟談が宴で高貴な人々に珍しい酒肴や催し物を供して感激せしめた噂を聞いた文武の役人や学者の集う店は田舎町の人の目を引き、その繁盛にあやかろうとする商売人達で集落は賑わったのである。
されど、孟談一家はこうした成功者に有りがちな驕って奢侈にふけるようなことはせず、酒屋と料理店の商いで儲けた利益で奉公人らや取引先の零細な農民・商工業者の生活向上や、戦災・災害に喘ぐ貧困者の救済に充てた。
そして、自分達の生活は趙無恤から褒美として受け取った免税の対象となった農地を手ずから耕して賄うと言う暮らしぶりに、多くの人は敬意と愛慕の気持ちこそ抱いても、疑いや不満を持つものは皆無であった。
こうした平和な日々が三年続いた紀元前四四九年のある日、晋陽の城から孟談宛てに親書が届いた。孟談が押し戴いて封を切ると、それは旧主・趙無恤からの文だった。その親書によると、郊外で巻狩をするので久々に孟談に会いたいとのことだった。退官の時に約束したように、時たま無恤と連絡を取り合っていたにも関わらず、どうしたことだろうか。
「殿が会いたいと仰せとはありがたいことだ。ただ面会するのも恐れ多いこと、ささやかながら酒盛りを支度させて頂こう」
疑問を抱きつつも、無恤と再会できる嬉しさが優先した孟談は家人や使用人らに無恤一行をもてなす準備をするように伝え、巻狩の日を待ったのだった。
二
巻狩の日、無恤は明け方から数十人の将兵を率いて郊外で狩りを楽しむと、孟談と面会する約束の場所に到着した。そこには、料理屋の給仕や料理番達を連れた孟談が大樽に酒を満たし、机上には様々な料理を並べて待っていた。
「殿、お懐かしゅうございます。粗酒粗肴ではございますが、疲れを癒して頂きたく思い、お待ちしておりました」
「久しいな、孟談。しかし、ここまで立派な宴を用意してくれていたとは、お前にとんだ散財をさせてしまったのではないか?」
「ご心配には及びません。殿より年貢を免ぜられた土地で採れたものですので、むしろその謝意を示さねばならないくらいです」
無恤は相変わらずお人好しな孟談を苦笑して見つめ、
「相分かった。者ども、先代家宰からの酒肴を有り難く頂くが良い。後ほど、城から店を改装した祝いの土産を届けさせるゆえ、辞退はせぬようにな」
代金を払うと言えば孟談が遠慮するであろうことを見抜いた無恤の計らいに、孟談も少し恥ずかしげに微笑んで頭を下げ、一同を宴席に導いたのだった。随員の将兵らが酒食を楽しむ傍ら、孟談は無恤の隣に呼び寄せられて久方ぶりに談笑していた。
「お前の後を引き継いだ楚隆は、原過や陵生の助けもあって日々の政務に励んでおり、公務には差し支えない。じゃが、我が一族は悲喜こもごもでな」
「御一族の方々に、何か重大なことでもおありでしたか?」
無恤が言うことには、越夫人が趙嘉の子を懐妊しており、彼にとっては待ちに待った初孫の誕生が間近に迫っていた。一方、代に赴任していた趙周が先月に看病の甲斐もなく死去したのだと言う。この巻狩は、狩猟民も多く住まう代を治め、仮に親しむ暮らしをしていた彼を弔う意味もあるとのことだった。
「確かに悲喜こもごもでございますね。御曹司と天狙さん……いえ、若奥様が親になられ、殿もお祖父様におなりあそばすのはめでたい限りです。しかし、趙周様が旅立たれたことをつゆ知らず、申し訳ございません」
「宮仕えを退いたお前が知らぬのは当然のこと、詫びずとも良い。趙周殿には趙浣公子と言う跡取りがおるから、亡兄の孫に家督を譲ることはできる。しかし、私にも孫ができるのだから、それを慰めにしようと思うぞ」
晋国内で飛ぶ鳥を落とす権勢を誇る無恤ではあったが、かつて後継者の権利を譲ってくれた優しい兄・趙伯魯に報いようとする心に変わりはなかった。また、自分にも孫ができたという幸せを語る彼のまなざしは慈父のそれであった。
「その子らのためにも、この老骨は為さねばならぬことがある。甥の喪中であるにもかかわらず、巻狩を催したのはお前の知恵を借りたいからなのだ」
そう言うと無恤は懐中から麻布を取り出すと、孟談の前に広げた。その目付きと口ぶりは、戦いに明け暮れていた頃の彼に戻っていた。
三
無恤が広げた布には、晋国とその周辺の地図が描かれていた。目を引いたのは、楚と斉の二ヶ国と晋国内に韓と魏が朱字で書かれていたことだった。
「これはどうしたことでしょう。楚と斉ならばまだしも、趙のお家と同盟を結んだ韓魏の両氏だけが目立っているように思われます」
「ふふ、お前もそれには気付いたようじゃな。実はのう、韓卿と魏卿は何を思ったのか、楚や斉と結託して我らを討滅しようとしているらしいのだ。如何に我らが騎射戦術を駆使しても、苦戦しかねん。孟談、お前ならばどうするかね?」
苦笑する無恤が問いかけると、孟談はしばらく考え込んだうえで口を開いた。
「私のような非才にお声をかけて頂けて、有り難き幸せでございます。必要な準備について申し上げてもよろしゅうございますか?」
「おう、お前にならば一万の兵を預けても良いし、国の金蔵ひとつを開けてもよい。何が必要じゃ?」
だが、孟談が欲したのは兵力でも軍資金でもなく、無恤が帯剣している君主の証である宝剣を借りる権利であった。
「ふむ、分かった。それでは、我が剣を私の命令を代行する権利の証としてお前に与えよう。それで良いな」
君主の証たる剣を借りるとは、裁量を委ねて欲しいと言う意図だと見抜いた無恤は、それを快諾した。
会食が終わり、使用人らに後始末を任せた孟談は無恤の馬車に同乗して久々の晋陽城へと向かった。そこには、晋陽を守る家宰の楚隆を始めとした家臣団、邯鄲の城主趙嘉と弟達、そして代君・趙浣の名代である新稚穆子が集まっていた。
「殿、お帰りなさいませ。先代家宰、お待ちしていましたぞ。どのようにすべきか、お示し下さいませ。私も学ばせて頂きます」
楚隆は一門を守る意欲に溢れた様子で馬車に駆け寄ると、無恤の宝剣を帯びた孟談の手を取って宮殿に導いた。
「楚家宰、勿体無いことです。皆様も、私などに頭を下げるはおやめ下さい。確かに殿の宝剣は帯びておりますが、既に退官した身なのですから」
孟談は一同に深々と頭を下げて会議場に入り、無恤から貸し与えられた宝剣を手にして皆に告げた。
「皆様。不肖ながらこの孟談、韓魏両氏と楚、斉両国を退ける案を献策致します。この策は大軍を使わぬものであり、戦わずして勝てるものです」
これには、趙嘉と新稚穆子が驚いた。彼らが呼ばれていたのは、他でもなく得意の騎射戦術を活かして敵国を撃退することを前提としていたからだ。
「張殿、敵は共闘して我が趙を攻めようとしているのです。大兵力で攻め来る相手を、戦わずして退けることができるのでしょうか?」
「確かに若の言う通りですな。我が遊牧民の兵ならば、彼奴らを蹴散らすなど朝飯前でしょうが、策で追い払えるならそれも面白そうだ。その案とやら、俺達にも教えて下され」
二人の言葉が終ると、孟談は無恤から受け取った地図を広げて皆に示した。
「趙に攻め込まんとする敵軍は、元々が一枚岩ではありません。彼らの結束を瓦解させてしまうのが、良策と存じます。そこで、殿にお願いがございます」
策のあらましを説明した後、地図をしまった孟談は無恤の方を振り向いた。
「何じゃ、孟談。お前が私の剣を求め、己の腰に帯びた理由は分かっておる。遠慮なく采配を振るうが良いぞ」
改めて無恤から裁量権を委ねる言葉を受けた孟談は、無恤の前に平伏した。
「それでは殿、私からのお願いでございます。敵の結束を断つため、四つの敵陣営に等しく友好の使者を同時にお送り下さい。特に、奥方様や御曹司ご兄弟が宜しいかと思います」
それは、かつて豫譲を探していた時に無恤と子供達に乞われて説いた策を基にして、漠然としたところもあった以前の計略を改善したものだった。
「ふむ、なるほどな。使者ならば原過と延陵生ら家臣もおるし、代君の趙浣公子、崇公主の婿である新稚穆子もおる。彼らではなく、奥や息子共が適任と申すのはどうしたことかのう」
無恤の疑問も尤もで、孟談は無恤の妻子を使者として派遣する理由を説明した。趙浣は代君と言う特別な地位にあり、新稚穆子の妻である崇公主は旧・代王家の王女なので、彼らは“特別すぎる身分”なのである。すなわち、等しく友好の使者を送る策には適さないのだ。
それに比べると正室の空氏はれっきとした豪族出身で、彼女と無恤の子である御曹司達は花も実もある貴人である。この顔ぶれであれば格の優劣はなく、敵国の結束を突き崩す“演出”を行うには最適と孟談は睨んだのである。
「孟談、相変わらず見事な演出ぶりじゃ。皆の者、この策で敵を退けてやろうではないか!我が子らよ、わざわざ出向いてくれた孟談じいに見込まれたからにはしっかりと励むのだぞ」
無恤の言葉を聞いた御曹司達は、父と孟談の前に進み出て拝礼し、二人の命令に従うことを誓った。かつての血気に任せて戦をしたがっていた荒武者の姿はなく、やんごとなき貴公子の振る舞いであった。
「父君と先代家宰のご期待に背かぬよう、精進致します。趙嘉兄の役に立てる日が来て、無上の喜びです」
「若様方にまで先代家宰と呼んで頂くとは恐れ多いです。私などは退官した老臣で、これこそ殿が言われるような孟談じいでしかないのですから……」
これには、孟談が何とも言えない気分だった。主君の子供達から尊敬されているのはありがたかったが、“じい”と呼ばれてもおかしくない年齢になっていたことへの寂しさがあったのだ。会議が終わって一同が退出すると、ひと段落した無恤が孟談に近づいて静かに告げた。
「親の贔屓目で恥ずかしきことじゃが、あれらは後継者になれないにも関わらず、趙のために献身してくれておるのが、孫が出来たことに並ぶ喜びなのじゃ。ただ、趙嘉への愛情が強過ぎるのが玉に瑕でのう」
「殿、この乱世に御兄弟の仲が宜しいのは素晴らしいではありませんか!趙浣公子と趙嘉様が力を合わせ、弟君方が補佐に当たれば趙のお家は安泰と思います」
孟談の返答に、無恤は満足そうに微笑んだ。
「そうか、全くお前は優しい男よな。その薫陶なのか、元武官で役人気質の楚隆が、厳格なだけが政では無いと、様々な善政を試みておるのだ。その感謝を伝える意味でも、こうして会えて良かったわい」
憂いがなくなった無恤の明るい表情に、孟談も心安らぐ思いだった。あとは正式な命令書を仕上げるため、二人も楚隆らの待つ執務室へと足を進めたのだった。
四
張孟談の献策による反・趙氏連合の結束を崩す策略は、即日実行に移された。
一、空氏は延陵生を副使として楚国の王都である郢に派遣。
一、趙嘉は原過を副使として韓氏の本拠地たる平陽に派遣。副使は延陵生。
一、二の御曹司は四男を副使として魏の安邑に派遣。
一、三の御曹司は末子を副使として斉の臨淄に派遣。
このようにして編成された四つの使節団は、趙の領内で得られた特産品に加え、代国産の駿馬を国主への贈り物として携えて各々の任務を果たすために旅立って行った。
「孟談や、これは見事な使節団じゃな。あとは、お前が考えてくれた策が成功することを祈るばかりぞ」
「殿、恐れ多いことです。奥方様はもちろん、若君達はきっと成し遂げて下さるでしょう。報告を待ちましょうぞ」
この策が実行された後、孟談は無恤の御前を辞して私邸へと帰っていった。それから十数日後、趙の領内がにわかに騒がしくなり始めた。孟談の酒屋の前では、材木や皮革、金属を売りに来た人々と得意先らしき商家の長老が話し込んでいる。
「聞きましたかな。韓と魏のお殿様が仲違いを為されたそうじゃ。仲が良いと思うていたのに、全く分からんものだ」
「ええ。そればかりか、晋の国境で様子をうかがっていた斉と楚の軍隊が、そそくさと引き揚げたそうですよ。せっかく、戦に役立つものを売りに来たのになあ」
そうした人々の話を、孟談は何食わぬ顔で聞き流しつつ、己の策が成功したのだと喜ぶ一方、同じ平民である人々の儲け話をふいにしたことへの罪悪感がない交ぜになった、ほろ苦さを伴う勝利だった。
それから程無くして、晋陽の宮殿から使者が孟談の私邸を訪れた。孟談が出迎えると、その使者とは楚と隆の妻周氏だった。
「おお、奥方様。今すぐ、おもてなしの支度を致しましょう。蓮英、周夫人が来られたよ」
奥で仕込みをしていた蓮英が果物と飲料を捧げて現れると、周氏は久々の再会を喜んだ。
「お気遣い、痛み入りますわ。私が参りましたのは、殿と夫の名代なのです」
周氏が言うことには、孟談が進言した敵国退散の策で趙が救われたため、感謝の宴を開きたいとのことだった。
「その宴の主賓は先代家宰であり、奥様共々お越し頂きたいとのことです。如何でしょうか?」
「謹んでお受けします。ありがたいことだね、蓮英。君にもご招待が来ているよ」
孟談が蓮英の方を振り向くと、彼女は嬉しそうに何度も頷いていたので、孟談と周氏の顔に笑みがこぼれた。快諾を得た周氏は程無くして晋陽城へと戻っていき、名誉な招待を受けた孟談一家は喜びに沸いたのだった。
それから数日後、宴の主賓たる張孟談夫妻を送迎するための馬車と騎馬隊が派遣された。町の英雄を顕彰する宴が開かれるとあって、住人達はお祭り騒ぎをして孟談と蓮英を送り出した。皆の完成と笑顔に見送られた孟談一行が晋陽に着くと、多くの人々を従えた延陵生が出迎えた。
「先代家宰、ようこそお越し下されました。皆様、お待ちかねですぞ」
孟談と蓮英が延陵生に導かれて宮殿へと歩を進めると、至る所が花や細工物で飾り付けられ、いつになく煌びやかになっていた。それだけではなく、山海の珍味と美酒を抜かりなく整えた給仕達、歌舞音曲を披露しようとする芸人衆が揃って着飾り、主賓の到着を待ちかねていた。
これは元家臣を招いた酒宴どころか、他国からの客人それも王侯をもてなす大宴会のようではないか。孟談が絶句していると、主催者である趙無恤が上座から声をかけてきた。
「孟談、お前の功労をねぎらうべく粗酒粗肴を支度させて貰ったぞ。蓮英もよく来てくれたな。亡き高じいも喜んでくれておるじゃろう。さあ、遠慮するな」
見ると、孟談夫妻に与えられた座席はは無恤のすぐ隣で、主賓とはいえ退官した臣下には過ぎたる待遇なのは、だれの目にも分かるものだった。
「殿、宮仕えを退いた賤しき夫婦にこのようなお気遣いを賜り、恐悦至極でございます。蓮英、恐れ多いことだが座らせて頂こうよ」
孟談と蓮英が着席すると、まずは無恤が孟談の功績と忠義を称え、次いで楚隆が臣下と一族を代表して感謝の式辞を述べた。一連の儀式が終わると酒食が運び込まれ、数々の催し物が披露されて参列者一同を楽しませた。いずれのもてなしも、華夏ばかりではなく、呉越や北狄の文化を取り入れた趙らしい国際色豊かなものであり、興隆した趙氏の繁栄とそれを守った功臣を称えるにふさわしいものだった。
すると外からも、明るい歌声が聞こえてきた。それは、民謡に孟談の活躍を盛り込んだ替え歌だった。
“めでためでたの孟談様は、戦わずして勝ち戦。
戦を見込んだ商売できぬは悔しいが、
大事な命にゃ代えられぬ。
泰平の世を過ごせるも、孟談様のお恵みよ“
一同が庭先でその歌声に聞き惚れていると、無恤が説明してくれた。
「おお、そうじゃ。民にもお前がもたらした勝利のお福分けとして倉庫を開けて、少しだが穀物と酒を施しておいたぞ。預かった年貢を返してやったまでじゃが、大喜びでのう。その感謝の歌なのだよ」
「然様でございましたか。私のしたことで生業を失い、不満を抱く人もいるのではないかのかと憂えていたこともありましたが、殿のお情け深さで救われました。御厚恩、感謝の言葉もございません」
孟談の言葉を聞いた無恤は、満足そうに笑った。
「全く、お前はどこまでも優しい男じゃのう。そんなお前の施策が実って民の支持を我らは勝ち取り、繁栄したのだ。お互いさまと言ったところじゃわい」
趙氏を守り抜いた一門の人々、そのおかげで悲惨な戦いを免れた民衆、皆の喜ぶ声と笑顔こそ、自分にとっては最高の褒美だ。孟談はその思いと共に、祝福の美酒を飲み乾し、この記念すべき宴のひと時を過ごしたのだった。
5
張孟談の献策で韓と魏、斉、楚の侵攻を退けてからの趙氏には目立った戦はなく、君臣は泰平を享受し、各々の務めを果たす日々を送ることとなった。しかし、晋を一歩出れば中原には戦の火種が燻りづけていた。
もっとも、行政の行き届かない開拓地や異民族同士の抗争が多く、治安の悪い場所には騎射戦術に長けた無恤の子供達が送り込まれて治安向上にあたり、太平楽に溺れると言うことはなかった。新鄭攻撃、智氏を打ち負かした晋陽の戦いを生き抜いた趙の家臣団は最年少だった延陵生が経験を充分に積んだことで次期家宰として推挙され、楚隆は原過と共に後進を育成しながら穏やかに年老い、世を去っていった。
高共、董安于、史黯、周舎など亡くなった家臣の一族ないしはその門人が成長し、意欲に溢れた若手として趙氏一門に加わってくるのが、彼ら重鎮となった者達の楽しみだった。孟談も一族をまとめ上げて家業を切り盛りし、地方豪族と言っても差し支えない繁栄を謳歌していた。しかし、同じ年月を生きた人々が死んだり、老いたりと表舞台から去っていくのに居たたまれない思いだった。
「爺様や、元気がないですねえ。また、御不幸を聞いたからかしら?」
「うん、まあな。儂と年が近い人々は、次々に亡くなっているんじゃ。三卿で一番お若かった魏桓子様が早々と亡くなられているしのう」
すっかり張家の長老に相応しい風格になっていた孟談が嘆息しつつ語った魏桓子とは、魏駒のことである。晋では珍しい水軍を率いて活躍した魏駒だったが、孟談が計略で趙氏を守ってから三年後の紀元前四四六年に夭折していたのだった。
彼の死後に分かったのが、不治の病に侵されていた魏駒は幼い愛息・魏斯のために脅威を除こうと趙氏討伐の尖兵足らんとしたが、生き急いだのが祟ったのか余命を縮めてしまい、呆気なく世を去ったのだった。
「不謹慎じゃが晋国内が平穏になったのは、魏桓子様の逝去が一因だったように儂は思うのだよ。あの韓卿閣下が意気消沈してしまわれるのだからね」
かつては智氏、今は趙氏に戦力で劣っていることから、魏氏と歩調を合わせていた韓氏の当主・韓虎は、魏駒と親子のような仲だった。自分を老師と慕ってくれた魏駒を息子のように思っていた韓虎の嘆きは並々ならぬもので、肥大した巨躯がやつれて別人のようだと噂になっていた。その韓虎は葬儀の帰りに、魏斯の前でこう述べて立ち去ったと言う。
「魏斯殿、お若いのに父上を亡くされてお気の毒であった。この爺は貴殿の父上と親子同然の仲であった故、困ったことがあれば儂を祖父と思うて下され」
群雄割拠の乱世では、身内であっても些細な理由で敵になりかねない。が、共闘がきっかけで異なる勢力が信頼を築くこともありうる。孟談は自らが仕えた趙氏の強さと繁栄を誇ってはいたが、韓魏のように助け合える同盟相手がいないことにも一抹の寂しさを感じていたのだった。
そんな思いを振り切るかのように家業に励み、紀元前四二五年の春を無事に迎えた孟談と蓮英のもとに、思いがけない来客があった。なんと、趙無恤が一族や家臣を連れて訪ねて来たのだ。
「これは殿!ご健勝で何よりでございます。おやおや、お孫様方も大きゅうなられましたのう」
「主らも息災で何よりじゃ。今日は先代の命日でな、墓所への道中に立ち寄らせて貰うたぞ」
亡き先代・趙簡子こと趙鞅が亡くなったのも、春先のことだった。あの時に趙鞅が皆に伝えた、天帝と神々に出会った夢の話に花を咲かせていると、無恤が寂しげに語り掛けた。
「のう孟談や。私は亡父が天帝陛下から授かった子じゃと言うことだが、その夢を正夢にできておるかのう。中行と范、代国、智氏を倒す予言は成就されたが、天下は広い……私が生きているうちに趙が大国の主とせねばならぬが、中々うまくはいかんな」
眼光と覇気は潰えていないものの、老境に入って流石に衰えを感じた無恤が嘆息すると、孟談はゆっくりと首を横に振った。
「我が君、その予言は趙のご子孫のことではありませぬか。焦らず、立派な国作りをなされば、その夢は叶いましょう。最も、儂とて殿が天下を取るのが一番でございますがのう」
にこやかに笑いながら自分を元気づけようとする孟談の言葉に、無恤は微笑み返した。
「お前の申す通りじゃ。去年は奥を亡くし、今年の正月にはあの韓卿も身罷ってしまい、私は元気をなくしておったのかも知れん。礼を申すぞ」
良き男子を五人も儲けた糟糠の妻空氏、好敵手で大先達だった韓虎が立て続けに亡くなって張り合いをなくしていた無恤の目に、再び光が宿った。
「どれ、そろそろ行かねばのう。あの智瑶に国士豫譲がいたように、私には孟談がいてくれて嬉しいぞ。お前ともこうやって会う事も難しくなるじゃろうが、奥方や皆と達者で過ごせよ」
「殿、遠からぬ内に死に別れるかのようなお言葉は、戯れでもおやめくだされ。不吉でございますぞ」
孟談には、無恤の呟きがまるで遺言のように聞こえた。そんな彼の慌てぶりに対し、無恤は落ち着き払っていた。
「ははは、年を取ったならばいつ何が起きても分からんから申したのじゃ。どちらが先かは分からんが、私が先に逝った時に良くないことがあったら、その知恵を貸してくれい。頼むぞ、我が国士殿よ」
こうなると孟談は諌めることもできず、無恤の言葉を噛み締めつつ謝意を表し、一行を見送るしかなかった。
この再会からひと月が過ぎた頃、趙無恤はその人生に幕を下ろした。趙氏興隆の礎となった武人もまた、散りゆく一輪の牡丹のごとく姿を消した。




