春秋の牡丹18話
一七章 晋陽決戦
1
晋随一の権力者となった智瑤は、まず晋公の名前で三卿を呼び集め、協議を行った。
「皆様にお集まり頂いたのは、他でもありません。晋公殿下の御領地は、出公の反乱で荒れ果ててしまいました。そこで、我らが食邑を奉還することで忠誠を誓うべきではありませんか!」
智瑤の考えは、一見すれば麗しい忠義であったが、その話には裏があった。智瑤
は、領地を差し出すか否かで晋公家への忠誠心、すなわち晋公を擁立している自分を盟主として認めているかを推し量ろうとしたのだ。
そこに、待ったをかけたのが趙無恤だった。
「智卿の御言葉、まことに忠臣の鑑ですな。されど、どの食邑が良いかを検討する必要もありましょう。一度、熟慮されるのは如何かな?」
無恤は智瑤の腹黒さを見抜いて、時間を稼ごうと思って意見を述べた。すると、韓虎と魏駒も無恤の案に賛成したので、四卿による領土奉還会議はまたの機会に持ち越しとなった。
(流石は趙卿。我が大業の前に立ちはだかるからには、これくらい粘り強くなくては面白味もない。)
飛ぶ鳥を落とす勢いの智瑤は、立ち去る無恤の後姿を眺めつつ、ひそかにほくそ笑んだのだった。
それから数ヶ月後、韓虎の居城である平陽に、智瑤から領土奉還の名目で文が届けられた。だが、その内容は明らかな恫喝であった。
「無礼な智氏めが、儂を老いぼれと見くびりおって!」
主君の怒り狂う姿を見た段規は、当初こそ感情を和らげるように諌めた。だが、文の内容をみると嫌悪感を露わにした。
「のう、お主も腹が立つじゃろう。あの若造めは、儂とお主を魏卿の前で侮辱しただけでなく、懲りもせずに食邑をせびりおった。彼奴を相手にした戦になろうとも、この韓虎は一歩も引かぬ!」
韓虎は藍台で智瑤、魏駒と宴を張った際に段規を同伴していたのだが、彼が童顔で美形なのを見た智瑤は、侮蔑的な言葉を吐きかけたのだ。
「軍略自慢な御様子だが、美醜と才能は関係しませんぞ。段規殿、君はその容貌で夜伽でもして韓卿に取り立てられたのかね? さもなくば、こんな未熟な若輩者が軍師になる訳が無いからな」
あの時は酔っていたからと段規は耐え、韓虎も忍耐に徹した。だが、彼ら主従を見下す文を送って土地をよこせと言う智瑤には、もはや我慢の限界だった。されど、軍師と言うだけあって段規は冷静だった。
「我が君、ここは一万戸の食邑を智氏に与えましょう。そうすれば、智卿閣下は与えなかった一門を狙うはずです」
段規の言葉は一理あった。韓氏の領土は、四卿の中で最も狭く、人口も少ないため、広大な支配地を持つ智氏の軍を迎え撃つなど死地に赴くようなものだ。斯くして、韓虎は不承不承ながらも土地を割譲し、智氏におもねる事となった。
同じ頃、魏駒の城がある安邑にも智瑤から割譲を求める文が届いていた。四卿では最年少であり、血気盛んな魏駒もこれには戸惑った。
「趙葭、任章。お主達は、これをどう思う? 我が魏氏水軍もあることだし、戦うべきと俺は思うが」
だが、二人の官僚は土地の割譲による安泰を主張した。特に趙葭は、機会があれば領地を取り返すこともできるが、滅ぼされては元も子もなく、死に恥を晒すだけだと説いたのだった。
「なるほど。韓老師、いや韓卿閣下もお与えになったからな……二人とも、良く教えてくれた」
このような経緯があって、魏駒は韓虎に倣って魏領から一万個の食邑を晋公に奉還した。むろん、建前上は晋公への領土奉還だが、本当は智氏に領地を差し出したのと同じであった。
二万個の食邑が転がり込んで来た報告を受けた智瑤は、絳の宮殿に赴いて晋公に言上した。
「殿下、韓と魏が公家に領地を奉還致しましてございます。どうぞ、御検分下さいませ」
姫驕が報告書を読んでいると、智瑤が何かを思い出したかのように口を開いた。
「畏れながら、趙氏からの報告は来ておりませぬか? 私めのもとには来ておりませぬゆえ……」
智瑤の言葉を聞いた姫驕は、言い辛そうに返答した。
「実はな、余に対して趙卿から上奏文か届いた。これを読まれよ」
姫驕が智瑤に渡した書簡には、晋公家への領土奉還は嘘であること、智氏の私利私欲などに与する事は出来ないと、智瑤を糾弾していたのだった。
そう、趙は智氏に抑え込まれて隷属する存在ではなく、広大な天空に飛び立とうとして挑戦状を送って来たのだった。
2
姫驕のもとに智瑤糾弾の上奏をしてから十日後、邯鄲で政務を行っていた無恤のもとに報告が入った。領土割譲に応じなかった趙を征伐すべく、智瑤が姫驕から討伐の綸旨を賜ったと言うのだ。
「孟談、ついに来たのう。いつか、智氏と決着は付けねばと思うていたからな。先代が天帝陛下から受けた啓示を、現実にせねばならんわい」
無恤の言葉を聞いた孟談もまた、決戦に向けての支度を整える旨を言上した。邯鄲を始めとした各地の城は増築・拡大してあり、迎撃態勢は整っていた。
「はい。高家宰から授かった策を実行しましたので、晋陽はそろそろ防備が整う頃でしょう。宮殿が武器の材料になりますゆえ、矢の心配はございませんね」
高共が孟談に授けたこの策は、一朝事あらば晋陽を要塞として戦うことができるようにと、董安于や尹鐸の代から練り上げられていた策だった。晋陽建設に尽力した尹鐸は、民生向上に尽力して晋陽を大きな都市に生まれ変わらせた。
董安于もまた、有事の際に矢を作るのに用いる茨を宮殿の垣根として植え込み、柱も銅を使うことで、仮に晋陽が包囲されて武器が不足しても、矢尻を作る事が出来るように計らっていた。董安于が自害する前にそれを密かに伝えられていた高共は、退官する際に自分がそうであったように、孟談へと策を引き継いだのだった。
孟談も、それに勝るとも劣らない計略を行っていた。庶民出身と言う利点を生かした彼は、税と労役を減免する一方で商業と開拓を奨励したため、晋陽の民は豊かな資金と食糧を貯蓄できた。
そのため、晋陽は最近まで城壁の整備も行われず、兵糧と武具の備えも不足していた。しかし、無恤の名で献納を命じたところ、民が善政に報いようと武器と兵糧を持参したため、一日で倉庫にいっぱいの物資が納められた。城壁も、民衆が進んで労役をしたので、その五日後には完成していたのだった。
「見事じゃ、孟談。褒めてとらすぞ。先代も、晋に難事があれば晋陽へ行けと言うていた。尹鐸殿を軽んじず、晋陽を遠いと思わず、必ず帰れとな。」
無恤もまた、趙簡子や董安于、尹鐸らは死してもなお、趙を守っているのだと感じていた。その上、天帝の加護もあるのだから智氏との全面対決は負けるわけにはいかない。
「殿、そろそろ晋陽に参りましょう。楚大将、原神官がお待ちです」
無恤と孟談は、趙嘉と天狙に邯鄲を任せると、戦車を駆って晋陽への道を急いだ。代国には趙周、崇公主、新稚穆子に趙嘉の弟達を付けて配備し、中牟には李観と延陵生を派遣して防備は万全だ。
趙氏と智氏の決戦が、刻一刻と迫っていたのだった。
それから十数日後、智瑶が率いる趙氏征伐軍が晋陽に殺到した。周王朝の宗族であることを意味する晋軍の旗は、王朝の色である赤で統一されており、まるで炎が晋陽を取り巻くかのようだった。智氏の周囲には“韓”と“魏”と記された軍旗も見えた。韓虎と魏駒も攻城部隊に駆り出されているのだろう。
「いよいよ、来おったか。智氏め、天に護られし晋陽を攻め落とせるならば、落としてみよ!」
防衛軍の指揮は晋陽の番をしていた楚隆が執り、少し遅れて晋陽入りしていた原過は、神殿に仕える巫女や行者、神官らを率いて軍楽隊を担当した。宮殿の垣根と柱を使用した矢の威力は抜群で、城壁を登ろうとする智軍を次々に射落とした
「ほう、これは恐らく董安于か尹鐸あたりの遺産だろう。亡者にすがるとは、やはり臆病者だな。少しばかり、驚かせてやれ!」
智瑶の命令で戦線に出てきたのが、破城槌とも呼ばれる攻城兵器だ。車に丸太を取り付けて城門を破壊する武器だが、楚隆も抜かりなかった。
「火矢を射かけ、丸太を焼くのだ! 兵士にも岩をお見舞いせよ!」
矢尻に火を付けて破城槌を燃やし、城門前にも大量の石を投げ落としたため、今回も智軍は後退していった。趙の善戦ぶりに、智軍は晋陽を陥落させることが出来ず、睨みあいは一年に渡って続いたのである。
3
晋陽を包囲したが、敵が十分な防衛態勢を整えているのには、智瑶も業を煮やさざるを得なかった。正攻法ではいたずらに犠牲を増やすだけであり、韓や魏の仲立ちにして裏切りを迫っても、趙は相手にしなったのだ。
「少し、気晴らしに行くか。婿殿、一緒に参りましょう」
智瑶は、自らが馬車を操縦して豫譲と共に晋陽近辺を探索した。晋水のほとりまで来た時、おもむろに豫譲に尋ねた。
「趙氏もさることながら、張家宰は粘り強いな。婿殿、そなたの友人であるのだから、説得は出来ないか?」
「そればかりは、義父上の御命令でも出来ません。張君、いえ張家宰は趙卿に心服しており、寝返ることは無いでしょう。私が、義父にして主君である貴方に従っているのと、同じことでございます」
娘婿の返答を聞いた智瑶は、寂しげに笑った。だが、その表情に諦めの色はなかった。
「そうだな。だが、私は不可能を可能にしてみたい……あの城を落とし、張殿はもちろん、趙卿一門をことごとく軍門に下して見せようぞ!」
晋水の流れを見つめる智瑶の目は、私室にあった饕餮さながらの、怪しげな光芒を放っていた。
一方、晋陽の城では趙無恤が市街地を視察していた。しばし見回った後に休憩すべく立ち寄ったのは、張孟談の酒場だった。そこでは孟談と高蓮英、楚隆と周氏、原過と史氏が束の間の休息をとっていた。
「三人とも、待たせたのう。奥方達も、協力に感謝致す」
晋陽に籠城することが決まった時、多くの者が家族を代や中牟に逃がした。しかし、張・楚・原の三家臣の妻達は逃げるのを拒否して留まった。彼女らは智氏と対立した高共、周舎、史黯の血縁者なので、逃げても殺されるくらいならば夫と添い遂げることを選んだのだ。
「畏れ多いことでございます。私達は戦えませんが、傷病兵の方を手当てしたり、矢を作るお手伝いなどをさせて頂きますわ」
祖母の郭氏そっくりな陽気さを持つ蓮英に、極度の緊張を強いられていた無恤も破顔一笑した。すると、今度は楚隆が口を開いた。
「閣下。城壁から見たところ、智軍は攻めて来る気配がございません。それどころか、土木工事を川べりで始めたようなのです」
それを聞いた一同は、晋水が増水する時が近付いているのに気付いた。この時期に土木工事をしているとは、何か悪い予感がした。
「もしや、水攻めではなかろうか? 晋水を晋陽近辺に流し込まれたら、ここは孤立じゃぞ!」
無恤の予感は的中した。晋陽を攻めあぐねた智瑶は、晋水の流れをせき止める工事を行うよう指示し、晋陽を水底に沈める計略を実行に移していたのであった。
「趙氏よ、そなたらは晋陽の守りが自慢であろうが、その堅い守りこそが命取りになるとは気付かなんだか……覚悟を決めておれ!」
それから間もなく、晋水は増水の時期を迎えた。その結果、智瑶の読み通りに晋陽は殆どが水没し、孤島同然となったのだ。これには、孟談も絶望を隠しきれなかった。守り抜いて反撃するために整えた防衛態勢が、完全に仇となってしまったからだ。
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籠城してから三年が過ぎた。一年目こそは難なく耐え抜いたが、二年間も水攻めの状態が続き、寒さや疲労で多くの人が命を落とした。かまどは水浸しになって蛙が発生するほどであり、生きのびた者は高い所に鍋をかけて自炊をした。
それだけならばまだ良い方で、食料と薬も尽きて子供などの弱者が死んでしまい、
そうした犠牲者の肉を同じ人間が喰うと言う、悲惨な光景が見られた。飢餓は古代の戦場に付き物だが、古くから城壁都市が成立していた中国は、そうした事例に事欠かない。
豊穣なる中原に深淵なる文明をもたらした華夏の民だが、災害や乱世と言う見境の無い責め苦の前では、餓えたる獣と化さざるを得なかった。ただ、我が子を食べるのに忍びなく、互いに交換し合う点は理性を保っていた。
このように荒んだ晋陽城下の様子を聞かされた無恤は、元から痩せ形だった体型が重圧でやせ細り、顔も青白かった。彼は家宰として隣にいた孟談の方を向くと、力無く話し掛けた。
「孟談や、お前は智卿のお気に入りで、婿君の友人じゃ。降伏の使者として赴いてくれぬか……私と奥は首を斬られるじゃろうが、お前がとりなせば助かる者とているはず。私は、きっと天帝陛下に見放されたのであろうな」
寂しげな表情で命じる無恤の顔は、もはや死を覚悟している者の憔悴しきった表情だった。弱り切った無恤の姿を見た孟談の脳裏には、彼と出会って以来の様々な思い出が甦っていた。農民と酒屋を兼ねた庶民上がりで不器用な自分を取り立て、ついには家宰職までも与えた殿が降伏し、首を斬られる―そのようなこと、あっていいはずが無い。いや、必ず阻止せねばならない!
己に言い聞かせた孟談は、無恤の前に立つと大喝した。
「殿! 滅びかけた国を永らえさせず、危うい国を安らかに出来ないようでは、我ら臣が謀をする必要などなく、召し抱える意味もありません! お願いでございますから、このような弱音を二度と仰せにならないで下さいませ」
孟談が怒り、泣き叫ぶのを目の当たりにした無恤が面喰らっていても、孟談はさらに続けた。
「この張孟談めに、必勝の計がございます。そのための使者としてならば、喜んで発たせて頂きましょう」
孟談が些か落ち着きを取り戻したのを見た無恤は、改めて彼の忠誠心が不動であることを思い知った。そう、ここまで忠義な家臣がいるからには、死んでも希望を捨ててはいけない。孟談の策を採用し、乾坤一擲の賭けに出る決意を固めたのだった。
「相分かった。お前は、今すぐに向かうのだ……頼んだぞ」
孟談に小舟を与えて出立させた無恤が、その後ろ姿を見送っていると、原過が入って来た。手には一本の竹筒を持っていた。
「閣下、お耳に入れたき儀がございます。籠城する前、私が少し遅れてしまったことは憶えておいでですか?」
「ああ、真面目なお前にしては珍しいと思うた。何があったのじゃ?」
無恤が怪訝そうに問うと、原過は竹筒について話し始めた。この竹筒は、晋陽へ籠城する前に出会った三人連れの旅人から、困った時に無恤に渡して欲しいと言われて、とって置いたのだと言う。
「そのお三方は、私に竹筒を渡すと同時に姿が見えなくなりました。これもまた、天帝陛下の思し召しなのでしょうか?」
無恤がお清めをしてから竹筒を割ると、一巻の巻物が出て来た。それには、“三月丙戌に趙が智を倒す”と記されていた。孟談の忠義と、原過がもたらした奇跡を見せられた無恤は、再び闘志を燃え立たせたのだった。
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晋陽の宮殿を小舟で離れた孟談は、まず智瑤の陣営に赴き、謁見を申し出た。孟談の訪問と聞いた智瑤は、喜んで目通りを許した
「君の御主君も、これに至ってはようやく目が醒めたと見える。晋公家の忠臣たる私の軍を阻み、それで許されようなどと言うのは、虫の良過ぎることだぞ?」
鋭い眼差しで睥睨する智瑤に対し、孟談は慈悲を願った。
「それは、主君も存じております。首を斬られる覚悟は出来ているので、家臣を閣下のもとで召し抱えて欲しいと申しておりました……されど、臣としては主君が死んでしまえば生き甲斐もありませぬ。どうか、寛大な御処分を!」
ひれ伏す孟談の言葉に、智瑤は些か動揺した。家臣を助けよと言うことは、孟談を配下に出来るのではないか。原過、楚隆はもちろん、代や邯鄲にいる武将達は、いずれも欲しい人材ばかりだ。
「ふむ……相変わらず、主思いだな。私とて、惨いことはしたくないのだ。帰って趙卿に伝えたまえ。服属するならば、助命して流罪で済ませようとな。配下の事は、私に任せるが良い」
上機嫌で降伏を認めた智瑤の恩を謝すると、孟談は足早に本陣を離れて韓と魏の軍へと足を進めた。豫譲は見回りに出ていて会えなかったが、智過とすれ違った。その表情が険しくなったのを、孟談は知らなかった。
智氏への計略を遂行した孟談は韓虎と魏駒に面会を求め、趙氏が降伏する旨を奏上した。すると、韓虎が怪訝そうな顔をした。
「張家宰も大儀じゃな。しかし、面妖じゃの。晋陽は惨憺たる有様じゃが、お世継ぎは代国、重臣方は中牟、御長男も邯鄲におるではないか。兵力、物資共に温存されているはずなのに、潔いことじゃな」
流石に韓虎は老練な軍人で、熟練した政治家でもある。孟談は、すかさず第二の計略を実行に移した。
「……唇亡ぶれば、即ち歯寒し。我が趙が降れば、閣下が仰せられたようにその温存してある兵力で狙われるのは、御両家でございませんか?」
孟談の言葉は短かったが、韓虎と魏駒の胸を剣の如く刺し貫いた。韓と魏よりも豊かで、人材と兵力も豊富な趙が降伏すれば、智瑤がそれを使って自分達を狙わないとも限らないではないか。
すると、今度は魏駒が口を開いた。
「張家宰、我々を見くびって貰っては困るな。俺も韓卿も、それには気付いているゆえ、いつまでも従ってはおれぬと思う。だが、あの智卿が我らの裏切りを知ったら、大きな災いになるのを恐れているのだ」
晋陽が水攻めになった時に恐れを真っ先に感じたのは、他でもない魏駒だった。汾水流域に居を構えている彼は、智瑤が今回と同じことを思い付きでもしたら、如何に水軍自慢の魏でもひとたまりも無いと痛感していた。
韓虎と魏駒が喰い付いて来たのを感じた孟談は、さらに続けた。
「御二方の口から出た御言葉は、私の耳に入っただけです。そして、私が申し上げることもまた、両閣下を除いて知る人はいません」
韓虎と魏駒、孟談はしばし密談を交わして計略決行の日取りを打ち合わせた。その日は三月の丙戌―そう、奇しくも孟談は原過が神から授けられた予言の日を、決行の日に選んだのだった。紀元前四五三年、春のことだった。
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韓魏両氏の内応を取り付けた孟談は、喜び勇んで晋陽へ戻った。その後ろ姿を眺めていたのが、誰であろう智過だった。孟談と謁見した後の韓虎と魏駒が、どこか落ち着きが無いと間者から聞いた彼は、すぐさまに智瑤の御前に参じた。
「閣下、韓卿と魏卿は様子がおかしゅうございます。その変事は、張家宰とあの御二人が会われた直後からです。内応をしかねない様子でしたぞ」
智過の諫言は続いた。内応を避けるには韓虎と魏駒を殺してしまうか、反対に高圧的な態度を改めて友好的にすること。そのためには、韓氏の段規と魏氏の趙葭に一万戸の食邑を賄賂として与え、こちらの味方にすることだと説いた。
「智過殿、そなたの言葉は一理あるだろう。だが、趙氏の降伏は間近であり、韓魏両氏がそれを見て裏切るなどありえぬ。第一、盟主たる者が配下とその部下に遠慮して領地など与えては、我が一門の土地は無くなるぞ!」
智瑤が頑ななのを見た智過は、更に諫言を試みた。だが、智瑤は全く受け付けなかった。
「そなたは、いつも兄面をして私に接してきたが、位人臣を極めてからもそうするつもりか。くどいわ! 士気を低迷させるならば我が軍に不要、しばし智の城で謹慎しておるが良い!」
その罵声を聞かされた智過は、もはやこれまでと智に引き上げた。そして、子供や孫を呼ぶと、彼らに言い聞かせたのだった。
「お前達はこれから智ではなく、輔の姓を名乗りなさい。殿様が、分家して名乗るが良いと下さったのだよ。嬉しいことだね」
智過は、このまま智瑤の暴走が続けば荀氏、すなわち商王朝の末裔は途絶えてしまうと危惧し、女子供だけでなく成人男子も逃がそうと決意したのだ。そして、縁戚に当たる他国の貴族に宛てた文を託すと、出立させた。
「これで悔いはない。子孫も絶えなかったのだからな。荀玲姫……婿殿と幸せに暮らしておくれ」
そう言い残すと、智過改め輔過は毒薬を入れた酒を一息に飲み干し、自害した。智氏の未来を憂えた英雄の、哀れな最後であった。
韓虎と魏駒が内応を約束し、諌めた智過が追い出されたと聞いた無恤は、楚隆と原過に命じて決戦の支度をさせた。そして、約束の日が迫る夜半のことだった。
「趙卿閣下、任章でございます。我が主君の命で参りました。さあ、船にお乗り下さい」
魏駒が手を回して魏氏水軍を派遣してくれたのだった。趙軍は魏の軍船に乗ると、城壁の壊れた部分から智氏の陣へと回り込み、突撃を敢行した。軍人の楚隆は先陣を切ったが、原過と孟談も剣を手にして暴れ込み、寝入っていた将兵に斬りかかったのだ。
「魏が裏切ったぞ! 韓卿閣下に応援を頼め!」
斧を手にした猛将郄疵が叫ぶが、韓虎が来る筈が無い。彼は、晋水をせき止めている堤防にいた。智氏だけでは堤防の警備が大変だろうと言い繕った韓虎は、自軍の将兵に堤防を抑えさせたのだ。
「それ、智卿の本陣を洗い流してやれい!」
韓虎が怒号を飛ばして堤防を決壊させると、濁流は晋陽ではなく智氏の陣に流れ込んでいった。突然の鉄砲水と、魏の裏切り、趙の奇襲で智軍は大混乱に陥り、精強無比な将兵だろうとも、為す術も無く斬り伏せられていった。
その戦況は、狼煙で各地に伝わった。邯鄲の趙嘉と天狙は、中牟にいる李観と延陵生と共に南から智の城を攻撃し、陥落させた。名将輔過が自害して一族がいなくなった状態では、堅固な城も無意味であった。
「夏屋山に陣を構えて三年過ぎたが、ついに叔父上が動き出しましたわ。あなた、いえ新稚総督。代君様にも御出馬頂きましょう」
「ええ、公主。俺はこの度の戦果、愛しの貴女に捧げましょう!」
崇公主の言葉に、代軍総督・新稚穆子は照れ臭そうに笑った。彼は、晋陽の戦いが始まる少し前に公主の婿として迎えられていたのだ。共に闘った戦友と言うのもあったが、崇王彦が王家の姫を穆子に嫁がせたいと願っていたのを叶える、贖罪の意味もあったのだ。
代君・趙周と息子の趙浣は戦車、そして無恤の息子達は兄と同じく胡服姿で騎兵を率い、公主・穆子夫妻と共に夏屋山を下りて晋陽へと進撃した。北狄の騎兵までもが出現したのを見た智軍は総崩れとなり、趙と韓・魏の連合軍は奇跡的な大勝利を収めたのであった。これが、歴史に名高い晋陽の戦いである。




