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春秋の牡丹13話

 一三章 楚隆


   1


 李観と張孟談によって、智氏への返礼が無事に成功したのを喜んだ趙鞅と趙無恤は、彼ら二人と高蓮英、新稚狗、天狙ら随員を労い、宴を張った。時節が冬であったのもあり、使節団にとっては何よりも嬉しい雪見酒であり、年の暮れを祝う主演であった。

 華やかな宴で持てはやされる孟談を見て、焦燥感に駆られていた者が招待客の中にいた。陽虎と並んで戦車隊の統率を任せられていた若き青年軍人・楚隆であった。

(またしても張殿か……私とても武官だが、礼儀作法も政治も学んでいるのだ。いつか、大手柄を立てて見せる!)

 以前から無恤の憶えめでたい孟談に対し、嫉妬にも近い対抗心を抱いていた楚隆は、代々の武門である自分こそが趙氏家臣団の明日を担えると自負していたのだ。彼は、その思いを飲み乾すかのように盃を乾したのだった。

 

 だが、彼の思惑に反して目立った事件は趙氏に起こらず、一年が過ぎた。それは、紀元前四七五年、趙氏に仕える役人達に、一斉招集がかかったのが発端だった。

「諸君に集まって貰ったのは他でもない。呉の王であらせられる夫差陛下が窮地に立たされておるとの報が参ったのだ」

 二年前に鄭を攻めた時、無恤が援軍を求めようとして延陵生を呉に派遣したが、越王勾践に呉が攻められ、失敗に終わったことがあった。それ以降、呉は越の来寇に苦しめられ、衰退の一途を辿っていたのだ。

 過去に趙鞅と対立したことがあったとはいえ、盟約を結んでいた王の窮地を慮った無恤は、食事を粗末にすることで痛みを分かち合おうとしていた。父の盟友を救うべく軍を起こしたいが、それもできない無念を現したのだ。

しかも、姫午の喪中と重なっていたのもあって、彼の食事は粗食同然になっており、生まれつき痩せ形で色黒な無恤だったが、誰の目にも顔色が悪かった。

「誰かを呉に派遣し、呉王陛下に我らの言葉を伝えたいのだが、我こそはと思わん者は名乗り出て欲しい」

 その言葉に、居並ぶ群臣は戸惑いを隠せなかった。陵生が派遣された時のように、呉越が国境を侵し合っているだけならまだしも、越が呉を圧倒しているのだ。自ら激戦区と言う名の死地に飛び込む者は居るはずがない。

「御曹司、ご安心を。この楚隆めに御役目を与えて頂けますでしょうか。私が、呉に親書を運びましょう」


 名乗りを上げた楚隆の目は、自信と希望に燃えて輝き、自分がやらねば誰がやるのかと言わんばかりの気迫を発していた。そうした楚隆の姿には無恤も喜んで、

「おう、その心意気を買おうではないか。じゃが、敵地に踏み込むようなものだぞ。それでも、お前は行ってくれるか?」

「我が家には、代々にわたって賜りし御恩がございます。我が命も、御家に捧げたようなもの……この一命をとした策で呉へと参りましょうぞ!」

 楚隆は、呉がかつて中原を脅かしたこと、晋と幾度か争った過去をあげ、越の行為は中原にとっては義挙と言う見方もできると説いた。それを口実に、晋の軍人である自分が使者になりすまして呉に潜入すれば、夫差への面会も叶う計画を語ったのだった。

 楚隆の作戦を聞いた一同は、その大胆ながらも緻密な計略に感嘆の声を漏らした。確かに、越は中原諸国の動向を気にするだろうし、晋が越に好意的な態度を取れば、呉への潜入も用意であろう。

 無恤は、楚隆の決意も作戦も万全であることを認めると、宝剣を彼に与えた。それは、主君の代理として他国に赴くことを委任する意味があった。

 ―これで、学問しか取り柄の無い田舎者に大きな顔はさせない!

 楚隆は、御曹司の前に拝礼しつつ、心中で誓ったのだった。


   2


 夫差への使者が決まって会議が解散すると、楚隆は原過と新稚狗を伴って宮殿を出た。戦の相棒である新稚狗には長旅に耐え得る馬を選んで貰い、友人の原過には武運長久を祈って貰いたいと思っていたのだ。

「おめでとうさん、楚の旦那! 俺様の牧場で一番良い馬を差し上げ、餞別にさせてもらいやす」

「ありがとう、新稚狗殿。高貴な御方に仕える男子なれば、我らのように身命を賭してこそ本望……料理人の真似事など、女々しい限りです」

 楚隆の目には、銅鍋と漆塗りの弁当箱を乗せた車を押して、渡り廊下を歩く孟談の姿が映っていた。鍋と箱には、粗食で衰えた無恤の体調を治すための薬膳料理が入っているのだろう。

「楚隆殿、斯様な悪口を言ってはいけません。張殿とて、前職の経験を生かして御家に尽くしているのでしょう。お気持ちは分かりますがね」

 原過も、学問を修めたのを理由に実績もなく取り立てられた孟談に、対抗心を持ってはいた。だが、常に祈りの気持ちを持つべき神官として、理性的であらねばならないと努めていたのだ。

「ははっ、そうでしたね。お二人とも、出立前には我が家にいらして下さい。家内と子供達も、会いたがっておりましたからね」

 楚隆は、親友と相棒と別れると自前の戦車を駆って家路を急いだ。その表情は、宮殿や戦場で見せる険しさはなく、朗らかさを湛えていた。


 楚隆が立ち去った後、孟談は無恤の私室に料理を持って参上していた。物憂げに薬湯を飲んでいた無恤は、

「孟談や、私は呉王陛下の御傷心を思うべく食を減らしておる。折角だが、主の御馳走でも食うことはできぬわ」

「いいえ、御曹司。畏れながら、これは一汁と一飯の粗食ですので、ご安心して召し上がって下さいませ」

孟談が持参した銅鍋の中には、細かく切られた野菜や細切れ肉を煮込んだ羹料理が入っていた。漆塗りの弁当箱に入っているのは、茸や筍などの具を焚き込んだ上等な黍飯を一口大に丸く握った物だった。確かに、これならば食事の品数を減らしても滋養を摂れる。

「ほう、こんなに美味い粗食ならば大歓迎じゃな。何と言う料理じゃ?」

「羹は、細かく切ったものを煮たので雑砕羹(ぞうさいかん)と名付けました。握り飯は、龍神様の持つと言う宝珠に因んで、龍珠飯(りゅうじゅはん)でございます」

 滋養の豊富な食事、それも宮殿の形式ばった料理とは違い、味を重んじたものを久々に食べた無恤の顔は、些か血色が良くなったようだ。

「お前のもてなしは、智卿が申しておるように面白い。料理も、旅人などから知識を得たものかな?」

「それもございますが、家内が他所から仕入れてきた調理法もあります。特に龍珠飯は、蓮英が楚殿の奥方様から聞いてきたのです」

 高蓮英は、高共の孫娘と言うだけあって士大夫の妻や娘と結婚前から親交があり、親しい女性達と会うたびに、他家の料理について聞くこともあった。それを、孟談は酒場の料理に活かし、客を集めるのに使っていたのだ。


「そうか。あのじゃじゃ馬も、今ではお前の良き奥方だな。時に、お前は楚隆の奥方について知っているか?」

「いえ。私のような者が、他所の奥様について詮索など出来ませんし、恥ずかしながら知りません」

 孟談が照れ臭そうに詫びると、久々に満腹して明るい表情の無恤は、蓮英に料理を教えてくれた楚隆の妻について語り始めた。

 楚隆の妻は周氏(しゅうし)と言い、高共の同僚で不慮の死を遂げた周舎の末娘だった。父を亡くして悲しむ彼女を見かねた趙鞅と無恤は、高共・郭氏夫妻を仲人にして楚隆と縁組みさせたのだ。

 これは、地味だが勤勉だった周舎に報いるため、娘だけでも家柄と才能を兼ね備えた殿方に嫁がせたいとの計らいだった。料理上手なのは、父が亡くなって減った収入を補うために始めた商売に起因しており、彼女の勤勉さは父譲りと言えた。

「やはり、楚殿は素晴らしい方ですね。知勇兼備であられるし、良き奥様を得る人望もおありです」

「うむ。じゃが、彼奴は相当な愛妻家で子煩悩なのだ……子供が生まれて以来、尻に敷かれていると専らの語り草なのだよ」

 楚隆と周氏のことを語り聞かせる無恤の表情は、さも愉快そうであったが、部下への愛おしさにも溢れていた。


   3


 その頃、楚隆は私宅に帰ると使用人に武器と防具を預け、自室で平服に着替えていた。そこに、いそいそと周氏が駆け込んできた。

「あなた、お帰りなさい。呉への使者になったと聞いたものだから、御馳走作りに夢中になってしまったの。ごめんなさいね」

 貴族、それも戦車隊を任される上級武官の妻になったにもかかわらず、彼女は今でも台所に立っていた。周氏も夫にぞっこんであり、彼を助けるべく料理の腕を磨いていたのだ。

「気にしなくて良いよ。私の留守を守る君も大変だが、これで成功すれば、更に昇進できるかも知れない。楽しみに、待っていておくれよ」

 愛妻を満面の笑みで楚隆がいたわっていると、

「父上、原過のおじ様と史のおば様が来ましたよ」

「新稚狗お兄さんも、お馬さんに乗っておうちの前にねえ……」

 見ると、可愛い盛りの子供達がおぼつかぬ足取りで入って来た。その愛くるしさには楚隆も頬を緩め、

「やあ、ただいま帰ったよ。おじ様とおば様、新稚のお兄様を客室まで案内しなさい。すぐに行くからね」

 戦場では卓越した戦略眼と指揮で、武門の若き英才と畏敬された楚隆だったが、妻子を前にしては柔和な夫にして、良き父親だった。


 楚隆が周氏と子供達を従えて客間に行くと、原過と彼の妻である史氏(しし)、そして新稚狗がいた。三人とも、楚隆の出立を祝うために訪れたのだ。

「御三方。私のために御来訪下さり、何とお礼を申せば良いか分かりません」

 楚隆が拱手して頭を下げると、原過が抱き起こした。

「楚隆殿、頭をお上げ下さい。あなたの晴れ舞台なのですから、お祝いして差し上げたいのです」

 楚隆は原過、史氏、新稚狗を上座に座らせると、周氏や子供達も交えて乾杯の音頭をとった。そこに、周氏お手製の料理を下男、下女らが運び込んで来たので宴が始まった。

 隻眼の巨漢である新稚狗を見れば、幼い子は泣き出しそうなものだが、楚隆の子供達は物怖じせずに宴を共にした。父親が世話になっている同僚であり、新稚狗も子供達に親切なので、非常に慕っていた。

 原過の妻である史氏は、若き日の趙鞅に仕えた家臣・史黯の孫娘で、亡くなった祖父の祭祀をした神殿で原過と出会い、結ばれた。名家に生まれたら驕りそうなものだが、彼女は常に夫を立てる慎ましやかな性格をしていた。


 ややもすれば謹厳になりがちな軍人の妻だが陽気な周氏と、謙虚でおっとりした淑女の史氏だが、夫が親友同士なのもあって性格の違いなど気にせず、親しく交際していた。そんな史氏が、宴も酣になったころにふと口を開いた。

「このような席で言うのもなんですが、楚殿に申し上げたいことがあります。旦那様、宜しいでしょうか」

「ええ、気にせずにお話しなさい。親しい者同士の集まりですからね……楚隆殿、家内の言葉を聞いてやって下さいますか?」

 互いに譲り合う謙遜を忘れない親友夫妻に、楚隆は自分達とはまた違った趣があると感心しつつ、話して欲しいと乞うた。史氏は一礼すると、

「祖父は生前、四十年後に呉は滅ぶと申しておりました。それが、今年にあたるのです。御曹司が言われたように呉は危険……ご自愛頂きとうございます」

 彼女の祖父・史黯は先を見通す賢人だったが、それをみだりに話さなかったため、君子と呼ばれていた。そんな彼を、心無い者達は隠し事をしていると疑ったが、史黯の予言はことごとく的中し、死後になって評価が高まっているほどだった。

「奥方様、ありがとうございます。史黯様のお言葉が的中するでしょうが、私も一端の将です。簡単に倒れるわけなどありませんよ」

 楚隆は笑うと、原過と史氏に手ずから酌をして礼を述べた。子供達は寝る時間になったので使用人に連れられて寝室に行き、残った五人で談笑は続いた。そんな晋陽の夜空を、呉の方角に向かって一筋の流星が流れていった。

 

   4


 楽しき宴を過ごした夜から数日後、楚隆は戦車に揺られながら呉に向かった。道中に立ち寄って報告をした絳では、晋公・姫鑿自らの出迎えがあった。

「おう、呉王への謁見とは大儀である。我の判と名を書いた手形を与えるから、持って行かれるが良い。越の者も、これならば無体はするまい」

 智氏に傀儡とされ、無念を極めていた姫鑿からすれば、趙氏が晋を守るために呉越に交渉してくれるのは有り難かった。同盟国の呉を助けるならば他国からの評価も高まるし、越と結んでも楚や斉の牽制になるので、どちらでも嬉しいのだ。

「四卿配下の隊長に過ぎない臣に、過分な御計らいでございます。呉王陛下との謁見、必ずや果たしましょう」

 趙無恤ばかりか、晋公からの援助も受けた楚隆は天にも昇る心地であった。同じ無恤の側近でも、四卿に過ぎない智瑶のお気に入りである孟談よりは、晋公に信頼された自分の方が上だと言う気負いもあったのだ。

 事実、晋公直筆の手形は各地で抜群の効果を発揮した。紛争状態の土地は、悪くすれば無政府状態になりがちだが、老いたりとは言え大国である晋の君主が発行した手形を所持している楚隆は、粗略には扱われなかった。

晋公の名を記した手形を持つ者を殺せば戦になり、暴力や侮辱を加えても外交問題になりかねないため、そうした報復を各地の諸勢力は恐れたのだ。そのため、楚隆は足止めを受けることもなく、一ヶ月で呉まで辿り着いた。


 楚隆が、呉の首都である姑蘇に近づいた時、見えてきたのは“越”や“勾践”などと大書された軍旗だった。手遅れであったかと嘆息すると、数十人の兵士を率いた将軍が彼を包囲した。

「そこの御仁、ここは我が越国と呉国の戦場である。悪いことは言わぬから、早く立ち去られよ!」

 その将軍は四十代後半で、どちらかと言えば儒者か神官出身に見えた。背後の旗手が持つ旗には“范蠡”と記されていた。

「あなた様が范軍師で在らせられましたか。私は、晋の四卿・趙氏に仕える者で、越王陛下にお話ししたき儀がございます」

 楚隆は、相手が勾践の配下である范蠡だと知り、勿怪の幸いとばかりに事情を伝え、越王への謁見を求めた。晋国、特に趙氏が親呉派だと言うのは越にも知られているらしく、楚隆に剣を突き付ける者もいたが、

「やめよ! 晋公殿下の手形を持っている方に無礼は許さぬ。楚隊長、どうぞお通り下さい」

 范蠡は、晋の使者と言うのに興味を示したらしく、配下の兵士らを厳しく叱って下がらせ、楚隆を陣中に導いた。しばらくして案内された越軍の本営には、様々な部族の長と思しき将軍達、そして総大将の席には王らしき人物がいた。

楚隆が平伏して目通りが叶った恩を謝すると、

「良くぞ来られた。儂が越の王、勾践である。」


 楚隆を迎えた勾践は、色黒で小柄ではあったが堂々たる風格は王者の雰囲気を現していた。体格の無さをものともしない負けん気の強さは、どこか無恤を思わせるものがあり、目元も心なしか柔和ではあった。

「范蠡が申すところによると、そなたは趙氏の使いと偽って呉の様子を探ってくれるそうな。やはり、貴国も越と組みたいとお思いか?」

 范蠡の取り成しもあって、楚隆と晋、そして趙氏に対して意外に優しげだった。これぞ好機と、楚隆は一世一代の芝居を打った。

「呉は叛服常なく、晋との同盟をいつ破るか知れませぬ。そこを、越王陛下の義兵が破るのは慶事です。どうぞ、探る許可をお与え下さいませ」

 謙虚を通り越して服従すら匂わせる使者に、越の覇王勾践も悪い気はせず、范蠡に命じて書簡を取り寄せた。

「楚隆殿と言われたな。では、そなたの願いは喜んで受け入れよう。その代わりと言ってはなんだが、これを呉王殿に届けてくれぬか。この美しい姑蘇を焼け野原にするのは痛ましい……降伏勧告の書じゃ」

 楚隆は、越王と軍師に歓迎されて呉に潜入した。だが、内容次第では生命にもかかわる書簡を届ける任務も、背負ったのであった。


   5


 勾践のお墨付きを得た楚隆は、姑蘇の城門を守る番兵に手形と晋の軍旗を示して入城を果たした。そして、城門近辺にある役所へと行き、役人達に問うた。

「私は晋に仕える趙無恤の使者です。火急の用にて、国王陛下へのお取り次ぎをお願い致します」

 晋の使者と聞いた役人は、丁重に楚隆を長官の部屋に通した。長官は、二十代後半から三十代前半の、貴公子然とした若い男性である。

「ようこそ、我が国へ。我が王に御用とのことでしたが、私が承りましょう」

 楚隆は、無恤から託された言葉をつぶさに語り、越王を説得して単身潜入したことを話した。そして、夫差に謁見したい旨を伝えたところ、

「趙御曹司ばかりか、晋公殿下までもがお気遣い下さったとは忝い。この公孫雄からも御礼申し上げます。しかし、王はこの都城にはいないのです」

「何と! それでは、陛下はどちらに行かれたのです?」

 愕然とする楚隆に、役所の長官―公孫雄は寂しげに言った。

「王は、この城の近くにある姑蘇山の城に籠城しております。都を灰にしてしまうよりかは、山城で一戦交えんとのことでした」

 公孫雄の言葉を聞いた楚隆は、丁重に礼を述べると戦車を駆って都大路を通り抜け、姑蘇山に向かったのだった。


 夫差が籠っていると言う姑蘇城は、山の中腹にあった。近くには川も流れており、山肌はゴツゴツとした岩が多いため、攻め落とされにくい構造だ。そのため、楚隆は徒歩で夫差の下に参上したのだった。

 趙無恤の書簡を奉った楚隆が跪くと、夫差は逆境に立たされた国の指導者とは思えないくらいに、穏やかに笑った。

「趙御曹司の気遣い、誠にありがたい。余の不才が、貴家の憂いを作ったことをお詫び申し上げる。そう、お伝え頂けぬか?」

 楚隆は、叩頭して呉王の返答を承ると、越王勾践からの書簡を献上した。書かれていることが挑発的であれば、処刑は免れないだろう。しかし、夫差は慌てもしなければ、怒りもしなかった。

「勾践王は、まこと慈悲深いのう。余を許すから、降参して越に仕えよと言うてくれている。彼こそ、覇者の器なのやも知れん」

 夫差の様子を見た楚隆は、趙氏と一時は争ったが盟友としての義理も守ろうとした王の姿を哀れに思った。何とかして助ける手はないかと考えた結果、自分でも思いがけない一言が、口をついて出てしまった。

「陛下、ここは一時の恥を忍んで晋に蒙塵なさっては如何でしょう? 以前、陛下が派遣して下さった職人衆も活躍しておられますし、我が主もきっと喜ぶはずでございます」

 蒙塵―天子が難を避けて亡命すること、即ち都落ちである。使者の分もわきまえず、このような発言をするのは越権行為だ。しかし、憔悴した王を見捨てるなど、この実直な若き武官には到底できないことであった。


 楚隆の進言を聞いた夫差は、しばし沈黙していたが、破顔一笑してその言葉を褒め称えた。

「楚隆殿の気持ちは有り難いが、余は呉の王じゃ。この地で果ててこそ本望であれ、蒙塵なぞできぬ。職人達は、貴国に仕えさせることとするゆえ、可愛がってやって下され」

 説得が無意味に終わったのを知った楚隆が項垂れると、夫差は玉座を下りて珠玉の入った箱と、龍の意匠が施された一領の革鎧を彼の前に置いた。珠玉は趙氏に、鎧は楚隆への贈り物だった。

「これを持って帰る前に、一言聞きたい……溺れて死にかけた者は笑うと申す。帰国の史黯なる賢者は、四十年前に我が国の滅亡を言い当てたそうな。その史黯殿は、どうして君子になれたのであろうかのう」

 溺れて死にかけた者―まさしく、死を前にした呉王夫差は微笑み、楚隆に同郷の偉人である史黯について問いかけてきた。


   6


 楚隆は戸惑った。史黯は原過の妻・史氏の祖父にして晋の賢者だが、どうして彼が君子として扱われることに対し、夫差は問うのだろうか。楚隆は、迷った挙句にきっぱりと言い切った。

「はっ、それでは畏れながら……史黯は公の場でも人に謗られず、そのために官職を退いても謗られることが無く、君子たり得たのです」

 楚隆が述べたのは、多言を嫌った史黯の人柄をそのまま言ったものだ。すると、夫差は満足そうに笑った。

「見事な答えじゃ。余も、史黯殿のように慎ましい忠臣がおれば、斯様な憂き目は見なかったやも知れぬ。いや、呉の史黯と言うべき子胥を殺した余の愚行が、今日の災いを招いてしもうたかのう……」

 夫差の微笑を見た楚隆は、再び叩頭して御前を辞去した。姑蘇の城門前に布陣した越の陣に楚隆が戻ると、そこには公孫雄が肌脱ぎになって跪いていた。これは、降参の印であった。

「おう、楚隆殿。首尾は如何であったかな? 見ての通り、公孫雄殿が主君の命乞いをしておるのだ。儂も、寛大な処分をと考えておるが、范蠡めが許すなの一点張りでな……」

 聞くと、公孫雄は会稽山で負けた勾践を夫差が助命したのに免じ、今度は夫差を許して欲しいと頼み込んでいたのだと言う。しかし、范蠡は敵を滅ぼせる好機を逃がしたからこそ、呉は滅亡したと言って処刑を主張したのだ。

「越王陛下の御威光で、私も任務を果たせました。これが、呉王陛下より賜った返書です」

 楚隆が夫差からの返書を奉ると、勾践は静かに一読して答えた。

「天晴れな御仁じゃな。臣民を救い、己の誇りを貫くべく散るおつもりか……楚隆殿、重ね重ねご苦労であったな。気を付けて戻られい」

 宿敵であるが、好敵手でもあった夫差の悲壮な覚悟に、さしもの勾践も心を裂かれる思いなのだろう。楚隆もまた、叩頭して越王の厚意に謝意を表し、晋への帰路についたのだった。


 出立した時と同じく、一ヶ月ほどかかって楚隆が晋陽に到着すると、多くの人々が彼の戦車を歓呼の声で出迎えた。彼は、呉であったことを伝令を使って首府である絳や晋陽に報告していたため、情報も伝わるのが早かったのだ。宮殿に凱旋した楚隆が、夫差を助けようと独断で動いたことも含めた一連の出来事について報告すると、無恤は寂しげに笑った。

「良い、良い。お前ならば、呉王陛下を救おうとするだろうと思っていた。頂いた珠玉と鎧は、お前の心と堅実な振る舞いそのものではないか」

 夫差の一件での叱責と処罰を覚悟していたにもかかわらず、むしろ賞賛された楚隆は恐縮し、平伏した。そこに、竹簡を持った高共が入って来た。

「楚隊長の働き、まさしく知勇兼備の名将。そなたの功績を称え、陽虎殿の後を継いで戦車部隊を率いる大将の位を取らせる事とする」

 戦車部隊は、貴族や職業軍人の特権と言える当時の精鋭部隊であり、その大将は軍の最高責任者と言える。高齢の陽虎が一線を退くことを望んでいたのもあり、趙氏では陽虎の副官でもある楚隆を、彼の後継者として目していたのだった。


「良いか、楚隆。原過と新稚狗がお前を次期家宰にと懇願したが、お前は軍の指揮で活躍できると思い、任命したのだ。良き友を持って、幸せじゃな」

 楚隆は、己の胸中に秘めていただけだと思っていたことを原過、新稚狗が悟っていた事、そして家宰に推挙してくれていた事に驚愕した。それと同時に、張孟談への対抗心に目がくらみ、無恤も自分を評価していたことに気付かなかったことを、いたく恥じたのだった。

「はい、確かに家宰になりとうございました。しかし、大将の地位を拝命したことの方が、何よりも嬉しゅうございます。私を、御曹司や原過殿、新稚狗親分が見捨てずにいて下された事もです」

 楚隆の目から、止めどもなく涙が溢れた。己の猜疑心と非を悟り、何度も叩頭して謝罪する彼に、無恤はそっと諭した。

「莫迦者、赤子のように泣くでないわ。斯くも誠実なお前を、誰が見捨てられようか……これからも頼りにしても良いのじゃな? のう、楚隆よ」

 楚隆は、嗚咽しながら何度も頷き、改めて無恤と趙氏への忠義を誓った。呉王夫差、越王勾践の両雄を相手にして命がけの謁見を果たした晋の楚隆、その名は各地に広がったのだった。


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