春秋の牡丹14話
一四章 崇公主
1
楚隆が呉越の両陣営から帰国して数ヶ月後、晋に呉が滅亡したと言う報告が届いた。姑蘇城に籠っていた夫差は、楚隆に語った通りに自害して果てた。
「余は、年老いているので越に仕えることは出来ぬ。なんの顔あって、冥府の子胥にまみえようか」
そう言い残すと、夫差は顔を布で覆って己の首を刎ね、呉の歴史に自らの手で幕を下ろしたのだった。その美しくも哀れな呉王の末路を悲しんだ勾践は、夫差を丁重に葬ったと言う。時に、紀元前四七三年のことだった。
年が明けてしばらくすると、首府では二十五ヶ月に及ぶ姫午の喪が明けたのもあり、四卿とその家臣団がやや遅めではあるが、晋公・姫鑿が主催する年賀の宴に招かれた。
「皆、先君のために服喪してくれたことを感謝致す。先だって、朝廷より旧鄭領の割譲についてお沙汰があった。全て、諸君達の忠節のお陰である」
地図を手にして喜ぶ姫鑿は、言動こそ君主らしい風格が備わっては来たものの、良く言えば心優しく、悪く言えば臆病で卑屈な性格は相変わらずだ。晋公の玉座に一番近い上座に鎮座していた智瑶が、じろりと地図を見た。
「晋南部に近い穀倉地帯が手に入ったとは、幸先が宜しゅうございますな。分割に当たってだが、趙御曹司にお願いしたい儀があるのですが……」
「おう、どうされましたかな?」
晋公を傀儡にし、四卿の盟主を自負するだけあって、智瑶の態度はどこか上から見下すように高圧的だ。穏やかに返答した趙無恤に対して智瑶は、
「崇王彦陛下からも出兵して頂いたので、何か恩返しをしたいものです。貴君には申し訳ないが、常山と周辺地域を代国に渡して頂けますまいか? 代わりに、鄭から奪った領地を多めにお分けしますゆえ」
一見すれば得な取り引きに見えるが、無恤にとっては長年治めた土地を奪われるようなものだ。韓虎と魏駒ばかりか、姫鑿の御前でせがまれてしまっては無恤も断れない。
「我が一門には多く頂けるのとは、誠に有り難いのう。だが、韓氏や魏氏の分も忘れんでいて下されよ」
無恤が苦笑しながら見ている先では、韓氏と魏氏の当主と側近同士が仲良く酒を酌み交わしている所だった。韓虎は若い側近、魏駒は自分よりも年かさの家臣を二人連れて宴に参じていたのだ。
老練な韓虎は段規と言う若く柔軟な軍師を、未熟な魏駒は手練れの官僚である趙葭と任章で構成される二人の重臣を召し抱え、それぞれの一門を盛り立てていたのだった。
年賀の宴が終わった後、趙氏から代国に常山割譲の使者が派遣された。大使は戦車隊の大将に任じられた報告を兼ねて楚隆、副使は北狄に顔が利く新稚狗で構成された。二人を送りだした無恤は、怪訝そうに家臣達に尋ねた。
「しかし、妙な話だな。如何に重大な話とは言え、朝廷が鄭の旧領分割をお決めになるまで、二年もかかるのじゃろうか?」
その中から、陽虎が進み出た。
「御曹司。儂が街で集めた情報によりますと、我が国内には中行・范両名の恩顧を受けた者達が、少なからず居るようです。彼らが、晋を憎んで工作をした可能性はありまする」
確かに、それは考えられることだった。元々、中行寅と范吉射の勢力は趙氏どころか智氏をも上回ったことがあり、その恩恵を賜った者も多かろう。無恤が陽虎の報告を受けていると、今度は孟談が言上した。
「畏れながら申し上げます。実は、私からも御曹司や皆様方に、ご報告致したい旨がございます……」
孟談は、豫譲と荀玲のもとに返礼の使者として出かけた帰りに、新稚狗が話していた事を、包み隠さず話したのだった。
2
孟談の報告を受けた無恤は、静かに微笑んだ。その表情は、何かを悟ったかのようだった。
「うむ、よく言うてくれた。言われてみれば、あの戦いも彼奴らの差し金だったと考えられるのう」
趙氏と北狄が争って喜ぶのは、一体誰なのだろう。不仲とは言え同盟関係にある智氏、弱小な韓と魏は趙無くしては成り立たない。つまり、四卿を弱らせることに執念を燃やす中行氏と范氏、そして彼らの配下しか居ないではないか。
「晋国内の疲弊と腐敗を取り除くためにも、反乱鎮圧は不可欠じゃな。孟談、お前は酒場を各地に作って、情報を集めよ。原過も神殿に来る者から、諸国の情報を集めるのだ!」
その後、無恤は晋公に奏上して中行・范の残党征伐を四卿に呼び掛けた。その檄文で勇んだのは智氏で、得意の軍略を生かせると二つ返事で賛成した。韓と魏は建前上こそ晋公への忠誠だったが、自分達の領地を守ると言うのが本音だった。
中行寅と范吉射が戦死しても、その遺徳を慕って反乱を続ける者達の中でも主だったのが、太原山脈近辺に割拠する異民族の政権である仇由国と、衛と隣接する中牟に居を構える仏肸政権である。
仏肸は范吉射に仕え、彼が亡命してからも粘り強く趙氏に抵抗した中牟の領主だった。彼は数年前に死去したが、孔丘の教えにも関心を持つなど情け深く、学を好む武人だったため、一門は仏肸の名を旗印にして晋への反乱を指揮してきた。
四卿で各地の反乱軍を討伐した後に、趙氏は中牟、智氏は仇由とそれぞれ二大首魁を討つことが会議で決められた。
「趙御曹司よ。長い戦いになるでしょうが、中行と范の残党を掃討し尽くしてから、今度こそ鄭を手に入れましょうぞ」
「おう、頼もしきお言葉じゃ。私も、貴殿と共に晋を覇者に押し上げる日が楽しみなのですよ」
―趙氏と智氏。策略と武勇を競う両氏だったが、この時は手を携えて共通の敵を征伐する志で結ばれていたのだった。広大な晋の領内で起きる反乱であったため、四卿は各拠点と本拠地の往復で数年間、反乱鎮圧に追われた。
受け持つ武将は、趙氏では陽虎と楚隆、新稚狗が名高く、智氏は郄疵、智宵、豫譲の三将が切り札だが、韓と魏も負けず劣らずだった。段規は若くして兵法に通じており、任章と趙葭も浪人時代に培った武芸で敵を圧倒した。
彼らの活躍は、晋国の英雄が活躍していることに違いはなかったが、それは晋公家が如何に四卿頼みであるかを示すことでもあった。
当然だが、反乱が起きていない時は四卿と配下も本拠で内政に勤しみ、富国強兵に努めた。中行寅と范吉射の乱、鄭遠征などで晋国内は疲弊していたので、民生を向上させて兵糧や武具を蓄えるのは、反乱鎮圧と並んで不可欠であった。
また、晋国の英雄達も時として平穏な暮らしを楽しんだ。姫午の喪中で婚儀を行えず、祖霊の祭りで報告するのに留めた豫譲と荀玲姫も、智瑶の主催で豪奢な婚礼を挙げることとなった。
また、趙嘉は祖父の趙鞅から成人の証である冠を授けられ、年の近い天狙も高共と郭氏から祝福を受けた。この時ばかりは、猛者として恐れられる無恤も優しき父親となって、屈託のない笑みで愛息を祝った。
孟談もまた、高蓮英との間に跡継ぎを儲けつつ、各地に張家の酒場を開いた。智の居城はもちろん、首府の絳、魏の安邑、韓の平陽と言った主要都市に配置された酒場は、膨大な利益と情報を趙一門と孟談にもたらした。晋内部を整える期間は、孟談にとっては戦の合間とは思えないほどに喜びの多い時であった。
3
反乱と内政に追われる孟談のもとに、敵の動向が伝わったのは反乱軍討伐が始まってから八年経った、紀元前四六四年のことだった。中牟で、仏肸政権が反乱の兆しを見せたとの知らせが、張家の酒場にもたらされたのだ。
「仏肸軍が、ついに痺れを切らしたな。御曹司に知らせねば!」
酒場に来た馬商人と戦車職人から、斉の君主に仕える大商人から受注を受けたと聞かされた孟談は、仏肸政権が斉の援助で晋への反乱を起こそうとしていると睨んだのである。
彼は身支度を整えると、妻子と実家の家族に家を任せると晋陽の宮殿にひた走った。子供達も大きくなっていたし、蓮英が高家や郭家の助けを得られるので、私邸と店を安心して任せられるからだ。
全家臣団の居並ぶ中で孟談の報告を受けた無恤は、力強く頷いた。
「思った通りじゃな。我らが、末端の叛徒を叩きながら国力を蓄えたことで、遂に斉と通じる気になったか……これで討つ大義名分ができたぞ!」
無恤の号令で戦車、歩兵、騎兵が勢揃いした晋陽の城門前に、百騎ほどの騎兵隊が近付いてきた。驚いたことに、その騎兵は全員が女性だった。
「叔父上。我が父崇王彦の命で馳せ参じました。私めも、お加え下さいませ」
騎兵の隊長らしき女兵士が下馬し、無恤に拝礼した。彼女は崇王彦と趙貴妃の娘で、代国の王女・崇公主だった。華夏では女性が戦うなどあり得ないことだが、北狄など異民族では女兵士はもちろん、女性の領主や王も珍しくなかった。
「おう、公主よ。お気遣い、痛み入りますな。無理をなさらず、戦いについて学ばれるが良かろう」
美しさと凛々しさを兼ねた姪の姿を見た無恤は再会を喜び、彼女らを後方に配置した。如何に代国で鍛えた女丈夫でも、まだ若い崇公主に万一のことがあってはと考慮したからだ。
崇公主を加えて進軍した趙氏は、十日ほどかけて衛との国境に近い中牟に到着した。名将・仏肸が治めていたと言うだけあって、中牟の城は小さいながらも堅牢な造りだ。
「小さい城だなあ。若さん、こいつは俺様の部隊だけで楽勝です。是非とも、攻撃を許可して貰えませんかね」
「叔父上、私も新稚狗殿に賛成です。我が女兵も加われば、力攻めで落とすことも出来ますわ」
暴れたくてうずうずしていた新稚狗と、叔父の役に立とうと張り切る公主だったが、無恤は二人を宥めた。
「落ち着くのじゃ。折角の兵士と物資を無駄にせずとも、叛徒は降せる。ひと月ほど待っておれ」
城を遠巻きに囲んで攻めないので、一同は兵糧攻めではないかと思って無恤の命に従った。城の包囲に執心であった一同は、孟談と天狙、原過がいなくなったことに気が付かないほどだった。
一ヶ月後、無恤が予告した期間が過ぎた時、伝令が駆けこんで来た。
「御曹司、中牟の城壁に崩落が見られます!」
その報告を聞いた趙軍の面々は、これぞ天の助けと喜んだ。しかし、無恤は撤退を命じた。
「待てい。晋が産んだ賢者・叔向老師は、他人の弱みに付け込んで圧迫してはならぬと説いておられた。武人の情けで、城の修理をしてから戦わせてやれ」
無恤の言葉を伝え聞いて驚いたのは、家臣団ばかりではなかった。敵軍の将兵もまた、驚愕の余り戦意をくじかれていたのだ。
「趙氏は、乱暴者揃いと聞いていたが、どうして我らの危機に付け込まぬ? これこそが武人たる者の仁と言うことか……」
翌日、仏肸政権を率いていた指導者達は、幡に降伏の旗を結んで趙氏の陣営に投降した。亡き仏肸は、慕っていた范吉射と同じ幡を得物としていたが、この日は降服の旗印を結び付けることとなったのだ。
元々、孔丘を招聘してその高説を賜ろうとするほどに聡明で、かつ向上心に富んでいた仏肸の薫陶を受けた人々なればこそ、相手の度量がいかに大きいかを悟るのも早かったのだ。かくして、中牟の反乱軍は一滴の血も流さずに晋軍に降ったのである。
4
趙軍に降った仏肸政権の将兵は、無恤に連れられて絳に赴き、晋公の御前で降伏の儀式を行った。仏肸軍の捕虜は、誰もが斬首を覚悟していた。しかし、
「衛の誘いに乗らず、趙氏の説得で我が国に降ったこと、誠に賢明である。その知勇を以て、晋に仕えれば前非は問わぬ」
驚いたことに、姫鑿は自縛した指導者達の縄を解いて酒杯を取らせたのだ。文武の官は晋公家の官吏・軍人として再採用、兵士は無人の農地に移住させて良民に戻るようにとの沙汰に、反乱軍は心底からの帰順を誓ったのだった。
仏肸軍を帰順させるのに成功した無恤は、復命を終えると絳の宮殿を後にした。表では待っていた新稚狗と崇公主が、どのようにして中牟を無血開城させたのかを訪ねて来た。
「あれはな、孟談と原過を労働者や行者に変装させて城内に忍び込ませ、城壁を崩れやすくさせたのじゃ。そして、天狙にとどめを刺させれば壁は崩落し、敵は慌てたのだ。殺すばかりが、戦ではないからな」
力押しで戦うことを好んでいた二人だったが、謀略や工作、そして心理戦をも駆使した華夏の兵法は、まるで魔法か奇跡のようだった。無恤が新稚狗と崇公主を相手に兵法を語っていると、楚隆が馳せ参じた。
「御曹司、七日前に出兵された智卿閣下が仇由討伐に成功なさいました。国主を始めとした者達も、ことごとく討ち果たしたそうでございます!」
太原山脈の険を頼みにしていた仇由だったが、地の利を智瑶によって逆手に取られ、呆気なく滅ぼされていた。長年かけても征伐できないのは、険しい山道を防衛に利用しているからだと知った智瑶は、交渉を持ちかけた。
「仇由の国主殿に敬意を表し、立派な鐘を送りたいが、道が険しいのでお届けできません」
それを聞いた国主、すなわち仇由君は、喜んで山道の整備を命じた。その計略を見抜いていた家臣の赤章曼枝は、君主を諌止した。
「鐘を献上するのは、小国が大国にすること。大国である晋が、我が国に鐘を送るのだから、それと共に攻めてくることは必定でございます」
しかし、仇由君は聞き入れず、鐘の輸送を助けるために山道を整えた。道が平らかになったのを見た智瑶は、自らが軍を率いて仇由を殲滅、先見の明があった曼枝だけが難を逃れたと言う。
名前通りに冴え渡る智瑶の智謀、苛烈さと寛大さを兼ねた趙無恤の仁義、この二つがいかんなく発揮されたことで、晋国内は平定された。だが、新たなる戦いの火種が、南にある鄭との国境でくすぶっていたのだった。
中行寅と范吉射の残党による反乱が鎮圧されて動揺を隠せなかったのは、鄭を始めとする周辺国だった。かつての中行・范両氏のように訪れる亡命者を見た鄭公は、晋の脅威が迫っているのを確信した。座して死を待つよりは、死中に活を求めん―鄭は朝廷の高官を買収して晋を逆臣扱いした上で、駟弘を国境まで送りこんできたのだった。
「鄭にしては迅速な行動だな。反乱鎮圧で実戦経験を積んだ晋軍の怖さを教え込んでやる……いや、いっそ倒しても良いかも知れん。果樹と牝牛としての役割も、もはや無かろうからな!」
智瑶はほくそ笑むと、姫鑿の許可を得てから趙・韓・魏に号令をかけ、国境まで進軍した。商王朝ゆかりの地を舞台に、再び晋と鄭の抗争が始まろうとしていたのだった。
5
駟弘の援助を受けた反乱軍によって、国境の邑すなわち各集落は無残な灰燼と化していた。軍内の儀式のみならず、薬草の知識や音楽などで衛生兵・軍楽隊としても活躍していた原過ら神官は、生き残りの民を保護することに努めた。
そうした住民への保護と救出を、率先して行っていたのが無恤であった。彼は以前、常山を崇王彦に割譲する見返りとして鄭から得た領土を分け与えられ、それを食邑として保持していた。
だが、その食邑が駟弘と組んだ反乱軍残党に奪われてしまったのだ。盟主である智瑤にその旨を申し出たところ、次のような返答が返ってきたのも無恤を焦らせていた。
「趙恩曹司、土地は切り取り次第と言うのは如何でしょう。あの時に差し上げたのよりも多くの土地を差し上げることが出来るし、仏肸軍を無傷で接収した貴公は兵員にも事欠かないから、まさに打ってつけではありませんか?」
晋の国内平定で、無恤は降参した仏肸政権の兵士や労働者を服属させたが、智瑶は仇由征伐などで将兵に損害が出ていた。そうした趙氏の幸運は、他の四卿にとっては羨望の対象であり、目の上のたん瘤であったのだ。
その趙氏が“飛び地”として得た食邑を、犠牲を払って奪還せねばならなくなっているのだから、智氏としては勿怪の幸いだった。無恤もまた、趙の兵力を消耗させることで、自分の兵を温存しようと目論む智瑶の思惑を見抜いていた。
「ま、良いじゃろう。我らは別働隊になり、鄭の奴らから奪われた分を回収せねばなるまいしのう」
こうして土地を自力で奪い返す羽目になった趙軍は、晋軍の本陣に抑えとして楚隆と趙周、天狙を残し、鄭と反乱軍を征討すべく進軍していたのだった。
それからしばらくして、無恤のもとに、鄭軍が駐屯している大きな邑を発見したと報告があった。無恤は喜び、先手を打つべく新稚狗と崇公主に命じて騎兵を送り込むように命じていると、
「父上、私も親分から手ほどきを受けました。初陣を飾らせて下さい」
無恤の前に名乗り出たのは、新稚狗と同じ騎馬民族の衣装―胡服に身を固めて、弓矢と戟で武装した、先年成人したばかりの趙嘉だった。趙嘉は、体を鍛えるために新稚狗と馬に乗っているうちに、彼も遊牧民の強さに憧れ、騎乗して戦うことを望むようになったのだ。
「うむ、良かろう。じゃが、お前は未熟者なのだから、決して無理をせずに戦うのだぞ」
病弱だった長男―だからこそ、溺愛してもいた趙嘉が、自ら戦いに志願するようになったのを見た無恤は、嬉しくもあったがもどかしさもあった。華夏の民として生きてきたつもりでも、北狄の血は婚姻を通して趙氏に濃く流れているし、彼らを主とした騎馬隊も趙氏とは切っても切れない。
無恤は、趙氏が乱世で恐れられる武勇の一門になったのは、華夏とも北狄ともつかぬ己の血筋を、純粋なる力で示そうとしたがためではないかと、駆け去っていく愛息の背中を見て痛感したのであった。
一方、智瑤率いる本隊は敵の首都である新鄭に通じる街道を進軍していた。趙氏に領土切り取りを兼ねた遊撃を任せて主要都市を攻め落とし、あわよくば新鄭をも陥落させようとの魂胆であった。
「朝廷の御歴々に賄賂を掴ませてまで、晋を逆臣扱いか……それほど、鄭は我らが怖いと見た。もっと、恐怖を刻み込んで仕置きとしてくれよう」
焼け跡を前にした智瑤が誰に言うともなく呟いていると、矛を手にした将に率いられた数百人の部隊がこちらに向かって来た。先頭にいる将こそ、他でもない駟弘だった。
「これはこれは、逆賊たる晋の皆様。誇り高き鄭に、何の御用ですかな?」
風格は衰えることなく、余裕に満ちた姿は相変わらずだったが、一物含んだ笑みを浮かべていた。晋軍一同が身構えると、
「兄者、私が彼と一戦交えて参りましょう」
一言叫んで飛び出していったのは、智瑶の弟・智宵だった。戈を構えて戦車を駆る智宵を見た駟弘も矛を振りかざして突き進み、双方の隊はぶつかり合った。しかし、勝負が付かないのを見た駟弘は矛を空振りさせると、戦車を操縦している部下に命じて馬首を返し、退却を指示した。
「ややっ、これは好機。皆、追撃するぞ!」
逃げる駟弘を追いかけようと、智宵は配下の全将兵に追撃を命じて駆け出したのだった。
6
駟弘を追いかけて疾駆していた智宵だったが、彼らが草むして廃墟同然の砦に逃げて行くのを発見した。
「あれならば、駟弘将軍を捕えたも同然。さあ、突撃!」
智宵の号令と共に、一団の歩兵が抜刀して突撃していった。彼らは、智宵が以前の鄭攻めで配下に加えた遊侠一派だ。遊侠の露払いで智宵が砦に討ち入ろうとしたところ、彼は何かに気が付いた。駟弘ほどの武将が、負け戦とは言え廃墟に逃げ込むだろうか。
「君達、待つんだ。引き返すぞ!」
だが、遅かった。砦の屋根に生えていた草むらに潜んでいた伏兵が、一斉に弩弓による射撃を始めたのだ。更に、周囲の家や林に潜んでいた反乱軍も一斉に襲いかかった。智宵、遊侠、そして智氏の兵士は奇襲を受けて大混乱に陥り、次々に矢を浴びて倒れていった。
一方、智宵の突出を心配していた韓虎と魏駒は、智瑶の許しを得て智宵隊の行方を探していた。老練な韓虎は、まだ若い智宵が無理をしていると見抜き、救援を思い立ったのだった。
「韓老師、あれをご覧下さい! 智御曹司が……」
韓虎と車を並べて進軍していた魏駒の目に映っていたのは、駟弘の伏兵に取り囲まれて血戦を開いている智宵隊だった。
「いかん、智の若殿を助けねば! こちらも弩でお返ししてやれい!」
韓虎の怒号と共に弩を搭載した戦車が展開し、鄭軍に矢を見舞った。そこに魏駒が率いる部隊が突撃してきたので、戦いの継続は困難と見た駟弘は後方の砦に退却していった。
駟弘の伏兵で倒れた智宵は、魏駒に担がれて晋軍本陣に運び込まれたが、時すでに遅く、虫の息だった。この姿を見せられて居たたまれなかったのが、智宵と懇意の天狙だ。
「宵さん、しっかりしてくれろ! 宵さあん!」
大声で叫ぶ戦友天狙と、流石に動揺を隠しきれない兄の智瑶を前にした智宵は、はらはらと涙を流して詫びた。
「兄者、やはり趙御曹司のお言葉どおりでしたね。天狙さん……明るい貴女を泣かせてしまった私の罪は、誠に重い。お許しを……」
それから程なくして、智宵は息を引き取った。冷徹で知られた智氏にしては珍しい人格者で、人当たりの良い好青年だった彼の死は、智氏のみならず四卿率いる全軍に悲しみをもたらした。
悲しみに包まれた晋軍本隊が新鄭への街道を進んでいると、向こう側から騎兵と戦車の混交部隊が来た。
「智卿、敵の拠点を潰していたら遅れてしまい申した。ただならぬご様子じゃが、何か良くないことでもあったのですかな?」
智瑶は、智宵が突出して戦死したことを話し、無念やるかたない思いを無恤に告げた。一同は、好戦的な性格で知られる無恤のことだから、きっと総力戦を進言すると思っていた。
しかし、無恤の答えは全く違っていた。
「ここは、敵の城砦を確実に壊滅させていきましょうぞ。相手は名将として名高き駟弘じゃ。どのような罠があるか、分からんですからな」
無恤の提言で、晋軍は一丸となって反乱軍をほふり、駟弘率いる鄭の正規軍が籠城する関所に押し寄せた。駟弘は、四卿が一枚岩でないことを熟知していたし、敵の盟主が弟を倒して士気も低迷したと確信していた。
だが、それはことごとく無恤の指揮によって裏目に出てしまい、数と装備でも勝る晋軍の猛攻を招いたのは、千慮の名将がなした一失であった。




