六十話 終幕
そうして、今度は俺とベリアの最終決戦が幕を開けた。
しかし、俺に残された時間は少ない。もうじき女神様から譲り受けた魔力は尽き果て、俺はまた使い物にならなくなってしまうだろう。
だからこそ、俺は全力でベリアと戦った。敵の攻撃を防ぎ、奴に一撃与える事を願い何度も何度も剣を振った。
だが、それでもベリアの身体は遠かった。幾多も放った斬撃は全て、奴の剣によって防がれるか空を切るのみ。
……そして、早くも限界はやって来た。
「う……ここまで、か……」
魔力だけでなく、精魂まで尽き果てた俺は片膝を地に降ろす。
俺は、ベリアを倒す事ができなかったんだ。
「むしろ僅かな魔力でよくここまでやったものだ。どれ、それに敬意を表して苦しまぬよう一撃で仕留めてやろう。
さあ、これで終わりだ市奈々井翔。無駄に苦しみたくないのならばじっとしている事だな、フフフフ……」
「……ベリア、まさかお前、俺が動けなくなったからってもう勝ったつもりでいるのか?」
「ん、何が言いたい?」
「俺は……いや、俺達はまだ負けた訳じゃないぞ!!」
……そう、俺がベリアを倒す事ができなかったのは確かだ。
でも、それは〝俺が〟の話。『市奈々井翔という名の単なる囮』がそうできなかったというだけに過ぎないのだから、まだ敗北したと決めるには早過ぎるんだ。
「す、隙あり!! 喰らいなさい!!」
そう、俺達にはまだ本当の切り札。
あの『剣ぐるみ』を女神様の魔力で本物と変え、この間にベリアの背後へと回り込んでいた亜香里がいるんだから。
ちなみに言うと、これこそ俺が女神様に伝えた二つ目の頼みである。まあ亜香里を危険に晒す事については大分悩んだが、これ以外に方法が無かったからな。
……そして、遂に。
「し、しまった……!!」
完全に油断し切っていたベリアは亜香里の攻撃を躱す事ができず、とうとうその身体に一筋の切創を刻むのだった……!!
ベリアに付いた切創。それは本当に小さく、また実に弱々しいものであった。それだけではまず間違いなく、致命傷には至らぬであろうと確信できる程には。
だがしかし、むしろそれだけで充分だったんだ。
ベリアの優勢を崩し、ひいてはこの戦いを終わらせるには、たったそれだけで。
……すると、その直後ベリアに異変が起きた。
「そ、そんな!? まさか、この私がこんな陳腐な罠に掛かるだなんて……!!
う、うぅ……うぁああああ!! ま、魔力が!! 魔力が抜けてゆく……!!」
奴がそう叫んだかと思うと、途端にその身体からは魔力が霧のように飛び出し。
そしてその魔力はまるで、代わりの身体を求めるかのようにして俺の中へと入り込んで来る。
……そう、最後の最後になってしまったが。今この瞬間、市奈々井翔こと俺は完全復活を果たしたのだ。
「……お!! か、身体が怠くないぞ!! 具合も悪くない!! やった!! これで元通りだ!!」
当然、喜びのあまりに叫んだ通り、身体の不調も完全に吹き飛んでしまった。
これで漸くまともに戦える、いや。これで漸く、皆を守る事ができる、俺一人の力で……とは言っても、もう戦いは終わったみたいだけど。
俺は立ち上がり、真正面で蹲るベリアに目を向ける。
先程までとは真逆の姿勢となった今の俺達だが、当然ながら優勢、劣勢に関しても完全に立場が逆転していた。
もう、コイツには戦うだけの力は残されていないのだから……最後に、俺はベリアの肩に手を置いて言った。
「ベリア、死にたくないならさっさと俺達を元の世界に戻すんだ。そうすれば今回だけは見逃してやる」
それを聞いたベリアは数秒間逡巡した後、漸く俺の提案を受け入れた。ただ、かなり渋々と言った様子ではあるが。
「…………これで終わったと思うなよ、市奈々井翔」
するとその瞬間、ベリアは姿を消し。今度はダンジョンが主人の後を追うかのようにして霞が如くぼんやりとし始めたかと思うと、そのまま消失した。
……そう、俺達はやっと帰って来れたんだ。全員が無事で、何もかもを終えて。
「……ねえ翔君」
「ん? 何ですか、ララドーラさん?」
「アイツ、あのまま逃しても良かったの? やり方こそ汚かったけれど、アレでも魔王軍の幹部なのよ? あの時倒しておいたら大分、これからのダンジョン攻略が楽になったと思うけれど? 」
「……それより、皆で無事に元の世界に戻る事の方が大事ですから、別に良いと思ってます。
それに、僕にはクラス対抗リレーが残ってますから、余計な体力は使いたくなかったんですよね」
「あ、あの、か、翔君!!」
「どうした亜香里? 悪いけど今はララドーラさんと話してるから」
「そ、そのクラス対抗リレー、もうちょっとで始まるみたい!! ほら、今アナウンスしてるよ!!」
「な、何!?…………じゃあ急がないと!!皆ごめん!! 俺行ってくるよ!!」
という事でまもなくリレーが開催されると知った俺は、ダンジョン攻略の余韻に浸る間も無く。
再び、ダンジョンとはまた別の戦いの場へと向けてひた走るのであった。
ちなみに、クラス対抗リレーの結果はというと……
ウチのクラスはアンカーである俺がぶっち切りで駆け抜けた事により、もちろん一位であった。
当然、皆喜んでくれた。ララドーラさんはカメラがブレまくるのも気にせずに嬉々として跳ねていたし。女神様も今回だけはしっかりと俺が走るのを応援してくれていた。
それに、亜香里も大喜びで俺の元にやって来たし、椿なんて見物席を抜け出してまで俺の方へと駆け寄って来てくれた。
でも、ほんの少しだけその時の俺は申し訳なく思っていた……実は、魔力を使ってしまったからだ。
というか、そうしないと皆早過ぎてビリになりそうだったし……とは言え。
ダンジョンの攻略とか、不調の中での練習とか。あれだけ頑張ったんだから、これくらい、良いよな?




