四十一話 保健室 2
服がボロボロとは言え無傷、そんな俺が保健室などにいたら迷惑というか……いや、そうでなくとも喧嘩やイジメを疑われるのは困る。
そう考え、保健室を脱出して体育祭の練習に参加すると決めた俺は、すぐに立ち上がった……のだが。
その瞬間、俺の肩に手を置く者の存在があった。
「こらこら君、そんな姿で保健室以外の一体何処に行こうと言うんだい?」
「え!? あ、伊達先生!? いつの間に……!?」
「君が顎に手を当てて何かしら長考していた間にだよ。それで? 何か考えがあるなら私にも聞かせてもらいたいな、君はそんな姿で保健室以外の何処に行くと言うんだい?」
「…………い、いや別に、何処にも行かない、です……」
「よろしい。ではまず、上を脱いでくれるかい? そのボロボロの服装だと何処に怪我をしていても全く不思議ではないからね」
何故だろう、この人が入って来た事に全く気が付かなかった。
魔物との戦いに明け暮れているせいか、その辺りの勘みたいなものは一般人以上であると自負しているこの俺がだぞ?……まあ、その理由は先生の口から直接聞かされたので、置いておくとして。
この人は伊達先生、保健室の先生であり、何だかほんの少し妙な口調で物を語るがその実は若い女性の先生だ。
多分、年齢は俺達生徒よりも十個ほど上かどうかというくらいだろう。
服装は保健の先生という事で定められているのかシンプルな白衣とは言え、お洒落かつ大胆に染められた青い髪と、まるでドラゴンの爪のように突出したネイルがそれを物語っている。
ちなみに言っておくと、俺と伊達先生とはそこまで深い間柄でもなければ話した事さえ殆どない。俺があまり保健室というものを利用しないからだ。
名前を知っているのは少し前に赴任して来たという事で、全校集会で先生の紹介が行われたからである。
……だからつまり、言い訳が通じる相手かどうかもまだ分からない。
そこで上記したような事柄を疑われても面倒なため、俺はひとまず今は彼女の言う通りにすると決め再び椅子に腰を下ろした。
「しかし、派手にやったもんだね……でも身体に傷はなさそうだ。市奈々井君、今度は背中側を見せてもらえるかい?」
そうしている間にも、伊達先生は俺の上半身をまるで舐め回すように見つめてそう言う。
そう言えば確か、この人は男子に人気があると聞いた事があったな。まあでも、その端正なルックスを見れば容易に想像できる。
もしかすると、こうして目の前で半裸体を晒し、それをこの人に見られると言うのは一部の生徒にとっては夢のような体験なのかもしれないな……一方俺はと言うと、何を言われるか不安でそれどころではないのだが。
「ああ、分かりました…………って、え? 先生、何で俺の名前知ってるんですか?」
「何でって、私はこれでも先生だよ? 生徒達の顔と名前を覚えるくらいの努力はするさ」
「あ、ああ、なるほど……」
「それに、君は〝色々と〟有名なあの市奈々井翔君じゃないか。むしろ構内で君を知らない人なんて一人もいないんじゃないかな?」
「え……」
なるほど、俺の名前は想像以上に広まっているらしい。ただしそれは、どうせ悪い意味でなのだろうが。
だがそれにしても、保健室の先生までもが知っているとは驚いた……が、それ以上に気まずいし何も言えない。俺はさっさとここから立ち去りたくて仕方がなくなってしまっていた。
「……あ、あの先生。その〝色々と〟って言うのは多分生徒達が話しているウワサとかだと思うんですけど、本当はそうじゃないと言いますか、事情があってですね……」
「……フフフ、揶揄ってすまなかったね。大丈夫だよ、今こうして話していると確かに、君は私の耳にした人物とはまるで別物だ、信じるよ。
さあ、確認はこれで終わりだ。その服装とは裏腹に身体の何処にも怪我はなさそうだね。
それで、どうする市奈々井君? 怪我はないと分かったんだ。体育祭の練習に戻るのも帰るのも自由だ。それかもしくは、体調が優れないというのなら暫くここにいたって良いんだよ?」
「そ、そうですか、なら……僕は今からでも練習に戻ろうと思います。じゃあ先生、ありがとうございました」
「分かった。また何かあればいつでも来てくれ、私はここで君をずっと待っているからね」
とにかく、診察も終わり。自由の身になった俺は今度こそ練習に戻るべく、伊達先生とそのように会話した後に保健室を後にするのだった。
またすぐにこの人、伊達先生と顔を合わせる事になるとは露知らず。
「まあでも、君とはまたすぐに会う事となるだろうけどね、市奈々井翔……フフフ、フフフフフ」




