二十七話 嵐の後に
翌朝。それは怒涛のような勢いで物事が過ぎ去って行った昨日とは真逆に、ごく普通の朝だった。
ダンジョンに巻き込まれる俺以外の人間もいなければ、身体の透けたゲーム中毒者もいない。
また、そのせいで何もかもが台無しになり、全て白状する必要などこれっぽっちもない。本当にごくごく普通の朝が、日常が帰って来たのだ。
……起床してすぐは、俺はそうだとばかり思い込んでいたのだが。
どうやらそのまた逆で、あれから何もかもが変化してしまったらしい。
俺がその事に気が付いたのはもっと後、家を出て学校に向かい始めた頃であった。
「あ、ボス! おはようございます!」
「市奈々井の旦那! 良ければお荷物お持ちしますよ!」
「なあアニキ! 俺もアンタみたいになりたいんだ! 頼む、弟子にしてくれないか!?」
「いや、何なんだよ。ボスだの旦那だのアニキだの、全部違うよ、っていうかお前ら誰なんだよ……」
異変を知ったのは登校中でも割とすぐの事だ。
そう言って我が校他校問わず、何だかガラの悪そうな連中から声を掛けられまくったからだ。
というのも、その連中の一人に聞いた所。どうやらこの前、学校の門前でボコしたヤンキー達の中にいわゆる番長のような存在がいたらしく。
(俺がまた別の、遅刻した日にボコしたヤンキー達が負けるのを恐れて連れて来ていたそうだ)
それでその番長とやらを撃破した俺が、今は継承のような形でその肩書きを受け継いでしまったからこそ、こうなっているという訳なのである。
……いや別に、受け継いだつもりなんて全くないんだけども。
でも、周囲にはもう完全にそう思われているというか、どうせ『倒したらソイツがボスになる』みたいな形でなってしまったんだろうというか。
とにかく、そうして俺はなりたくもない、ヤンキー達のトップに立ってしまったようであるのだ。
とはいえ、別に悪事をする訳でも、総会? 集会?よく分からないが、そんなものを開く訳でもなく。
というか、番長としての活動なんて一切するつもりなどないのだから、別に肩書きを手に入れた所で何の問題も……と、言いたい所だが。
残念ながら問題はあったんだ。しかも割とあった。
まず第一に、こうもヤンキー達に話しかけられてしまうと一般の人々、特に同級生からの評価がとんでもない事になる。
もちろん、悲しい事に悪い方向でな。
事実、今日の俺は最早、声を掛けられるどころかいよいよ視線すら合わせてもらえなくなり。
いつも起こる、身に覚えのないカツアゲ、パシリなんかも殊更に酷さを増していた。だって、もう何も言わなくても皆やろうとするんだもん。
そして第二に、ヤンキー達に付き纏われるというのがある。というか、これが一番厄介だ。
どいつもコイツも、俺を上記したような名称で呼びまくり、後をつけまくるその様は本当に彼等のボスにでもなってしまったかのようだ。
いや、一応はなってるのか。
まあ、だとしてもあまり良い気分ではなく、むしろそんな事をされるとさっきも言ったようにクラスメイトや先生達、果てはこの街中に俺の悪評が広まるのではないかとヒヤヒヤしてしまう。
……と、まあそのような感じで。
俺は確かに昨日、彼等のボスを無傷で倒したというのに。
翌日に何故か仇討ちのようにやって来たヤンキー達によって、今度は引き起こされた胃痛に悩まされ、そして苦しめられる側に立つのであった。
そんなこんなで痛む胃を庇いつつも、何とか今日も無事授業を終える事ができた。
しかも、昼休みに生成されたダンジョンは午後の授業が始まる前には既に攻略を終えておいた。つまりクリア済み、面倒事は全て片付いているのだ。
さあ、後は帰るだけ……なのだが、どうにも気が重かった。
それは明日に迫った防災訓練のせいだ。
いやまあ、別にそれは学生にとって一喜一憂するような一大イベントだとか、そういうのでは決してないのだし。
というかむしろ、どちらかと言えば面倒臭いとしか感じないようなクソイべであるのは俺自身も理解はしている。
しているが、そうではない。このタイミングで行われるというのが問題なのだ。
本当に、何故明日なんだ……もう少し、あともう少しだけでも日にちが後ろにズレていてくれたら。
そしたら、俺がヤンキー達に囲まれているという衝撃の事実も。この下がりに下がった評価の事も。
過ぎゆく月日によって皆の記憶から薄れ、幾分かは俺の存在感も希薄になったというのに。
……参ったなぁ。
という訳で、俺は明日に行われる防災訓練をまるで、期末テストを受けるかのような気分で待たなければならないのだった。




