二十話 最悪な出来事
最悪の出来事……その前に一つだけ良い事があった。
もしかすると運命の女神様(ウチによく来る方の女神様ではない)は、俺の被る幸福と不幸の帳尻合わせとしてそんなイベントを差し込んだのかもしれない。
かもしれないが、当事者としては迷惑この上無い。全く、そんな事しなくても良いから、もう少しだけでもこの俺に優しくしてもらいたいものだ。
と言うか、ただでさえ俺はダンジョンやら何やらのせいで必然的に一般人よりも幸福度が低くなる傾向にあると言うのに。
そんな俺にどうして、ブツブツ……あ、失礼、最近あまり良い事が無いせいか熱くなってしまった。
という訳で今の話は忘れて、その数少ない朗報とは何かと言うとだな。
俺と亜香里の前に突如とした現れた、ある一人の者の存在がそうであるのだ。
それは帰路も後半に差し掛かったという頃だ。
俺と亜香里がいつも通り下らないお喋りに花を咲かせながらある公園を、もっと言うと幼い頃によく二人で遊んだ公園の前を通りかかった時。
その時に彼女は姿を現した。というか、そこにいた。
「あっ、市奈々井君!」
「ん?」
俺を呼ぶ女性の声、それを聞いた俺が公園の方を見遣ると、そこにはこちらへぴょこぴょこと駆け寄る者の姿があった。
一瞬、それは小柄なため子供かと勘違いしそうになったが。頭頂部の黒と、そこから垂れる金の髪色によってすぐに椿であると分かった。
「はわわ……!?」
「え、榎本? どうしてここにいるんだ?」
直後、亜香里はハムスターが巣穴に戻るかのような動きで俺の背後に隠れ、俺はやや驚きつつも返事をする。
それに対し椿は、以前に見せてくれたものと同じ微笑みをこちらに向けるのだった。
「えへへ、あの学校の生徒のほとんどがここを通るのは知ってたから、もしかしたら市奈々井君も来るかもしれないと思ってずっと待ってたんだ。君はあの時私にああ言ってくれたけど、でも、どうしてもお礼がしたくて……
だから、この辺りで美味しいコーヒーとお茶菓子を出してくれる喫茶店を知ってるんだけど、良かったら今から一緒に行かない? もちろん私が奢るから。 あと……後ろの人も、良かったら来る?」
まず答えから言うと、俺は彼女の提案を受け入れて共に喫茶店へ向かった。
「か、翔君! 私はその、あんまり知らない人とは、はわわ……!!」
「まあまあ、亜香里も行こうよ。それにあの喫茶店、前に亜香里も行ってみたいって話してたじゃん」
「そ、そうだけど! 今は……!」
僅かに抵抗を見せる亜香里も、手を引いて連れて来たので計三人でだ。
正直、亜香里には悪いと思った。だって、確かにアイツが以前、その店の前を通りかがった時に行きたいと話していたのは本当だけど。でも、今回俺は亜香里をフェイクとして利用してしまったから。
そうすれば俺達はヤンキー二人組ではなく、仲良し高校生三人組に見られるかと思って……
それに、椿の提案に少しの躊躇もなかった、と言えば嘘になる。
この子自体が悪人ではないのは認めるが、それでもヤンキー集団の一員ではある。そうなると言い方は悪いが、世間への見栄えとしてはあまりよろしくはないだろう。
だから気持ちを打ち明けると。本当はあまり乗り気ではないというか、どちらかと言えば遠慮させてもらおうかという、そのくらいの気分でいたのだが……
そんな俺の想いを一変させ、途端に幸せで満たしてくれるような出来事が喫茶店で起きた。
「ねえ亜香里ちゃん、そのケーキどう? すっごく美味しいと思わない?」
「う、うん! 本当に、凄く美味しい……つ、椿ちゃん、教えてくれてありがとう!」
……そう、朗報とはまさにこの事だ。
俺はこの時に遂に、遂に亜香里が。俺以外の同年代の人間と打ち解け、仲良くしている姿を目撃してしまったのだ。
ああ、何と喜ばしい事だろうか……いつもモジモジ、オドオドとしていて、同級生の男子はもちろん女子にも、果ては老若男女に至るまで。
要するに、俺を除いたほぼ全員と話すのにさえ苦労していたあの亜香里が。まさかここにきて漸く、これ程までに相性の良い人物と出会えるとは夢にも思わなかった。
まあ推察するに、亜香里にとって椿は第一印象である見た目からしても同類であり、彼女にとって受け入れ易く、話し易く。
そして恐らくは、椿が亜香里に合わせてくれているからここまでの交流を可能としているのだろうが、それでも嬉しい事には何ら変わりがない。
……少し冷静になって考えてみると。どこまで行っても第三者であるこの俺が嬉しいとか、喜ばしいとか連発しているのは何だかおかしいような気がしなくもないが。
そんな事を言われても嬉しいものは嬉しいし、喜んでいるという事実に嘘は付けないのである。
とにかく、もう充分に分かっただろうが、俺は今この時こそが最近では最も幸福を感じていた瞬間であったのだ。誰が何と言おうとも。
……まあ、途中で感情が爆発してしまい興奮を抑え切れなくなってしまったが。どうかそこは忘れて欲しい。
そうして、俺達三人の幸せな時間はあっという間に過ぎていったのだから。
だがしかし、それはつまり、例の『最悪の出来事』なるイベントが近付いていると同義である……




