十九話 〝あるモノ〟 2
俺の出した条件を全て受け入れ、目を瞑ったまま治療を待つ椿の脚に、俺は先程懐から取り出した〝あるモノ〟を振り掛けた。
それは妙な形をしたビンの中に入った、発光している緑色の液体……ポーションだ。
そう、過去にも言ったがコレはこちらの世界でも問題なく使用可能な万能薬。あとこれは以前……には言っていないのだが。
このポーションというものは傷だけでなくちょっとした体調不良や風邪、どころか何なら怪我やヒビ程度ならば骨折だってたちまちのうちに治してしまう。
そう、椿の負傷した脚とてその例外ではないのだ……ちなみに、分かるとは思うがこの子に口外禁止令と見物禁止令を出したのもそのためである。
というか、ただでさえ「え?結局どうやったのかって? そんなのポーションを使ったに決まってるじゃん」なんて絶対に言えないし……
いや、例え本当にそう伝えた所で訳の分からない奴だと誤解、警戒されてしまうのがオチだろうし。
それに何より、そのポーションというものから想像が波及し、俺のダンジョンやスキルなんかのあれこれに気が付かれてしまったらそれこそ大変な事になるのだからな。それだけは何が何でも回避しなければならなかったのだ。
まあ自分で言っておいてアレだが、そこから俺がダンジョンに出入りしている事に勘付くなんてゲームのやり過ぎ、ラノベの読み過ぎな奴くらいしかいないだろうが……だとしても、バレる危険は限りなくゼロに近い方が良いはず。
それに、済んだ事だ。もうどうのこうのと言わなくても良いだろう?
「よし終わった、もう目を開けても良いぞ榎本……でも、一応少し動かしてみてくれるか?」
「え?も、もう終わったの? じゃあ、ちょっと怖いけど…………え!?
凄い、痛くない!! 本当にもう治ってる!!……あ、ありがとうアナタ……ううん、市奈々井君。凄く驚いたけど、本当に助かったよ」
そうして、俺は椿の治療を終えた。当然何事もなく、無事にという形で。
「ありがとう、市奈々井君。でもこの事に比べたら、私にできそうなお礼なんてたかが知れてるけど……」
「いや、気にしなくて良いよ。それより榎本、君はもう行った方が良い。今だっていつ先生がここに来て、俺達を見つけるかも分からないんだからさ」
「……それも、そうだね。じゃあまたね市奈々井君。今日は本当にありがとう!」
「ああ、またな椿……(でも、俺と君がまた会う時はあのヤンキー達もセットなんだろうな……)」
最後の方の言葉は、椿自体が悪いのではないから一旦呑み込み。俺達は別れた。
元通りに歩けるようになった椿が、こっそりと校門を抜け出すのを見送り、その背中が見えなくなった時に初めて俺は踵を返し歩き出す。
こうして椿は無事元の生活に戻り。そんな彼女と少しの時間を共有した俺もまた無事に。
…………授業に遅刻してしまうのだった。
まあ、何だかんだ時間が掛かったからな。それに、何となくこうなる気がしていたというのが本音だし。
だがしかし、ならそれで良いのかと言われればとんでもない。そんなはずはない、はずがないのだ。
事実として先生はもちろん、生徒達全員が授業中にふらりと現れた俺に向ける視線もまた実に冷たいものであった……いや。
あれ? おかしいな、何だかちょっと違うというか、そうじゃない気がする。
むしろ『おっ、コイツサボるかと思ってたけどちゃんと来たんだ』とでも言いたげな、若干とは言え評価を改めたような、温かい目でみられているような。
えへへ、何だかちょっと嬉しい……いや待て。それって別に朗報ではなくないか? だってそれは、その視線はヤンキーなんかに向けられるのが常識というはずの……
ああ最悪だ。気付かない方が良かった。
そこで俺はまた一歩、皆に悪人だと誤解されてしまう度合いが増えたというか。
簡単に言えば、自己の評価が低下していた事を知るのだった……
その後、何とか悲劇を乗り越えまた今日も学校が終わった。当然、その途中でカツアゲやらパシリやら、やりたくもないのにやりそうになってしまったが、それも何とか耐えた。
さあ帰ろう、誰も俺を悪い奴だとは思わず、何に遅れようが誰も咎めない我が家へ。
俺は何処かほっとしたような気持ちで校門を抜け、歩き出した。
「か、翔君! 今日も一緒に帰っても、い、良いかな?」
「おっ亜香里じゃん。もちろん、一緒に帰ろう」
その直後に出会った亜香里とも合流し、俺の気分は本日も後半という所で漸く晴れやかなものとなる。
何たって、やっと俺の事を悪く思っていない人物と会えたんだからな。それに、こうして普通に帰るというのもあまりできないのだし……あ。
そうそう、それで思い出したのだが。亜香里と俺は二人共、揃って帰宅部なので帰る事自体は普通に、また時間を合わせる事までもが可能なのである。
(全て俺がダンジョン生成に邪魔されなければ、の話だが)
ちなみにその理由として、亜香里の方は『オドオドし過ぎて入部のタイミングを逃してしまった』であり。一方、俺の方はと言うと……ちょっと訳が違う。
実を言うと、俺は元々サッカー部に所属していたのだ。いたのだが。段々と俺の誤解という名の悪評が広まるうちに居場所がなくなり、それで自主的に退部したという過去があるのだ。
……と、このような感じでどちらも負けず劣らず、悲惨(?)な理由で帰宅部となった俺達だが。
正直に言えば、これで良かったのだと思っている。
だって、俺が校内での評価を気にせずにいられるのはこの時だけだし。
亜香里も亜香里で、以前部活について話した際に「も、もし今入れるとしても、私はやめておくと思うな。だって、か、翔君と一緒に帰れなくなるのは、い、嫌だから……」とか何とか言っていたし。
つまりは二人共、現状に満足しているのだから。このままで、このままで良いのだ。
という訳だから、そんなどうでも良い事は忘れて帰宅を楽しもうじゃないか。
そうして、俺達は引き続き愉快(?)な家路を歩いた……この後、最悪な出来事に巻き込まれてしまうなどとは露知らず。




