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38話 再会の街灯

 

 夜。

 あの街灯。

 風、少し強め。

 ことみは、立っている。


 一人で。


(来る)


 心臓が、ちょっと速い。


(言うんだ、今日)

(ちゃんと、言う)


 足音。

 ゆっくり。

 コツ、コツ。


「……こんばんは」


 黒川誠。

 コート姿。

 変わらない。

 いや、ちょっとだけ引き締まった?

 四日間の休養で、少し痩せた気がする。

 でも、筋肉は健在。


「おかえりなさい」

「ただいま戻りました」

「夜道に帰省するな!!」


 沈黙。

 街灯が、ふわっと二人を照らす。

 風が、コートを揺らす。


「杉野さん」

「はい」

「復帰一発目、いきますか」

「待て」


 ことみは、手を上げた。


「その前に」

「はい」


 深呼吸。

 胸に、手を当てる。

 心臓が、速く打っている。


「私、言いたいことあります」


 黒川が、真顔になった。

 いつもの穏やかな顔じゃない。

 真剣な顔。


「……はい」


 遠くで、物音。

 ガサガサ。

 気にしない。

 たぶん、猫だ。


「私」

「はい」

「あなたのこと」


 黒川の喉が、ごくりと鳴った。


「好きだと」

「……」

「思ってました」


 沈黙。

 黒川の手が、コートのボタンに触れた。


「まだ脱ぐな!!」

「失礼しました」


 ことみは、続けた。


「でも」

「……はい」

「違いました」

「え?」

「好きなのは」


 一拍。

 風が、止んだ。


「筋肉でした」


 風、ビュオッ。

 急に吹いた。

 黒川、静止。


「……筋肉」

「はい」

「純粋に」

「……」

「あなたの上腕二頭筋が好きです」

「部位指定!!」

「背中も」

「追加!!」

「大胸筋も」

「さらに追加!!」

「でも」


 ことみは、ちょっと笑った。


「あなた本人にドキドキしてると思ってたの、勘違いでした」

「……」

「ドキドキの正体、パンプアップでした」

「新しい恋の分類!!」


 黒川は、数秒黙った。


「なるほど」

「冷静!!」

「では私は」

「はい」

「愛されているのは筋肉のみと」

「そうなります」

「潔い」


 黒川が、少しだけ笑った。


「分かりやすくていいですね」

「え?」

「筋肉は嘘をつきませんから」

「……」

「杉野さんも、嘘をつきませんね」

「……はい」


 バサッ。

 物陰から、人影が飛び出した。


「やはりそうか!!」

「誰!?」


 佐々木町内会長。

 腕章。

 なぜか、メガホン。


「最近の若者は筋肉を愛しておるのか!!」

「違う方向に誤解!!」


 さらに

 ゾロゾロ。

 物陰から、次々と人が現れた。


 町内会の面々。

 主婦。

 サラリーマン。

 おじいちゃん。

 おばあちゃん。


 そして

 桐谷課長。

 スーツ姿。

 腕を組んでいる。


「課長!? なんでいるんですか!?」

「町内会に呼ばれた」

「呼ばれた!?」

「黒川復帰の立会人として」

「そんな役職ある!?」


 総勢、十人以上。


「今日、復活って聞いて」

「見学に」

「安全確認です」

「野次馬だろ!!」


 ことみは、頭を抱えた。

 黒川は、軽く会釈した。


「ご迷惑をおかけしました」

「うむ!!」


 会長が、メガホンを構えた。


「だが一つ確認だ!!」

「はい」

「脱ぐのかね?」

「そこ!?」


 ことみが、叫んだ。


「もうなんなんですかこの町!!」


 会長は、腕を組んだ。


「わしらも最近疲れとる」

「急に共感路線!!」

「物価高、残業、肩こり」

「リアル!!」

「せめて」


 メガホンを、握りしめた。


「美しい筋肉を見せてくれ!!」

「公認イベント!?」

 町内会「おおー!!」


 拍手。

 歓声。

 プロテインシェイカーを振る音(なぜ持ってる)。

 桐谷課長が、一歩前に出た。


「黒川」

「はい」

「俺も見たい」

「課長まで!?」

「四日ぶりだ」

「寂しかったんですか!?」

「……否定はしない」

「認めた!!」


 黒川が、ことみを見た。


「空気が」

「読めてないですね」

「いつも通りです」

「そうですね」


 ことみは、ため息をついた。

 笑ってしまった。


(この町、やっぱりおかしい)

(でも、嫌いじゃない)


「……いいですよ」

「え?」

「今日だけ」

「本当ですか」

「はい。復帰記念ということで」


 町内会長が、ガッツポーズした。


「街灯ポージング大会、開催!!」

「勝手に大会にするな!!」


 黒川が、静かにコートに手をかけた。


「では」

「はい」

「町内の皆様に」

「はい」

「感謝の」


 バサァッ。

 コートが、落ちた。

 街灯の下に、黒川誠の上半身が現れた。

 ビキニパンツ一丁。

 オイルは塗っていない。

 でも、筋肉は輝いている。


「フロントダブルバイセップス!!」


 町内会、拍手喝采。


「すごい!!」

「仕上がってる!!」

「四日ぶり!!」


 会長、涙目。


「ありがとう……ありがとう……」

「なにが!?」


 桐谷課長も、頷いた。


「……いい仕上がりだ」

「課長も評価してる!!」


 ことみは、爆笑しながら叫んだ。


「やっぱ好き!!」


 黒川が、一瞬ドキッとした。


「筋肉が!!」

「ですよね」

「誤解するな!!」


 桐谷課長が、小声で言った。


「……杉野、それでいいのか」

「え?」

「筋肉だけで」

「……はい」

「本当に?」

「……はい」


 ことみは、頷いた。


「……そうか」

「筋肉を応援します」

「……分かった」


 桐谷課長が、黒川を見た。


「黒川、お前は幸せ者だ」

「はい」

「筋肉を愛してくれる人間がいる」

「はい」

「大事にしろ」

「はい」


 夜道に、笑いが広がった。

 町内会の人たちも、笑っている。

 黒川も、笑っている。

 ことみも、笑っている。


 変態は、怖い。

 理解すると、優しい。

 筋肉は、裏切らない。

 でも、空気は読まない。


 この町の疲れた社会人たちは、

 ちょっとだけ元気になっていた。

 ことみは、すっきりした顔で言った。


「私、筋肉の味方でいます」

「ありがとうございます」

「あなたもついでに応援します」

「ついで!!」

「筋肉がメインです」

「分かりやすい!!」


 町内会長が、メガホンで叫んだ。


「次回は回覧板で告知する!!」

「公式化するな!!」


 笑い声。

 街灯の光。

 再会は、騒がしく。

 でも、温かかった。

 ことみは、夜空を見上げた。

 星が、きれいに見えた。


(筋肉が好き)

(それでいい)

(変に勘違いしなくてよかった)

(私は、筋肉を応援する)


 黒川が、ポーズを解いた。

 そして、コートを拾った。


「杉野さん」

「はい」

「これからも、よろしくお願いします」

「はい」

「実況、期待しています」

「任せてください」


 二人で、笑った。

 町内会の人たちも、拍手した。

 夜道に、笑い声が響いた。




次回予告:

「コートが落ちる夜――いつもの夜道。いつもの街灯。でも、何かが違う。黒川のコートが、ゆっくりと落ちる……。」

 39話「コートが落ちる夜」に続く


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