9【魔王大戦】
その後、俺は族長ラーオの後ろに続き、屋敷の奥へ招かれて行った。階段を降り、地下に向かう。
薄暗い階段は木製、壁は煉瓦造り。少し空気が冷たくて心地良い。
『ここは?』
「ご案内したい場所がございます。ぜひシャドー様に見てもらいたい物がありましてな」
『俺に見てもらいたい?』
「はい――」
木製の階段を下る一行は、三人のみだった。俺とラーオ、それにシーンだけである。他のメンバーは階段の上で待っていた。
男ばかりである。花がないのが少し淋しい。ツインテールとポニーテールの彼女たちは上に残してきたのだ。
『湿っぽいな――』
煉瓦造りの通路は、人が一人で通るのがやっとの幅と高さである。まるで隠し通路のようだった。
その階段は右へ右へと緩やかにカーブをかいている。たぶん螺旋状をかきながら地下へ進んでいるのだろう。
先頭を進むラーオは、手の平に妖精の明かりを灯しながら階段を下っていた。生きた明かりには小さな魂が宿っているのが感じられる、不思議な明かりであった。
やがて一行は広間に到着した。直径二十メートル程度のドーム型の部屋である。
そのドーム型の壁には、古びた壁画が三百六十度びっしりと描かれていた。なかなか壮大である。
「こちらでございます」
『なんだ、遺跡か何かか?』
だいぶ古い壁画に見える。
「はい。我々ダーク一族の祖先が五百年前に描いた歴史的な壁画でございます。五百年前の魔王大戦が描かれていると聞いております」
『魔王大戦?』
どうやら昔の戦争を描いた壁画のようだ。人型人種や大型の怪物やらが戦っている、鳥獣戯画を思わせる作品だった。ドラゴンや巨大ダコまで描かれている。
ラーオが壁画を見上げながら語り出す。
「このグランドロス大陸では、数百年から千年単位に一度、魔王が生まれ落ち、大戦を巻き起こすと予言されております。この壁画は、その魔王大戦で最も新しい戦争を描いたものだと言い伝えられております」
『へぇ〜』
俺はあんまり興味がない。異世界の歴史なんてどうでもいいからだ。
特に、女の子が出てこない話ならば尚のこと興味が湧かない。
勇者がピッチピチの美女ならば話しは変わるのにさ。でも、そんなピンク色な話ではないようだ。
「こちらをご覧くださいませ」
『んん〜』
ラーオが壁画の一部を指差した。そこには数人の人物が描かれている。
しかし、全員男ばかりだ。だから、興味がこれっぽっちも湧かない。
「これが、前魔王大戦で魔王を名乗った魔人、デビル大将軍であります」
『ほほう』
それは銀色の甲冑をまといながら、両腕を胸の前で凛々しく組んでいる大男であった。シルバーヘルムで顔が見えない。
だが、佇まいからして凛々しく威厳に溢れていた。まさに大将軍といったなりである。
その下に配下だと思われる兵士たちが数人描かれている。そいつらには人型でない者もいた。
「このデビル大将軍は、人間から生まれた魔王だと言われておりましたが、詳しい人物像は今でも謎に包まれた存在であります。今まで数多くの魔王がこの地に誕生しましたが、その中でも一番謎多き存在でありました。そして、今でも魔王の中でも最強格とも言われております」
『へぇ〜、そうなんだ〜』
俺には興味がない。だって過去の人物だもの。それにデビル大将軍は、もういないじゃない。
ラーオは改めて述べる。
「デビル大将軍よりも、こちらの御仁をご覧になってもらえますか」
『どちらよ?』
「こちらです」
ラーオはデビル大将軍の下に描かれている兵士の一人を指差した。そこには顔に穴が開いている漆黒の人物が一人描かれている。
『こ、これは?』
似てる――。
「デビル大将軍には、十三将の配下がいたと言われております。魔軍六騎士と七人の魔人衆。この人物は、七人の魔人衆の一人でございます」
『か、顔に穴が開いてるね……』
その壁画は、俺がスマホで自撮りをした画像にそっくりだった。化け物と化した自分によく似ているのだ。
「この壁画の魔神の名はシャドーホールン様。我々ダーク一族が、魔王大戦時にお仕えしていた将でございます」
語るラーオの眼差しは、俺を主と崇める配下の眼差しだった。この顔穴男を今でも一族の主だと思っているのだろう。
『あ〜、俺にそっくりだね〜……』
嫌な予感がする。厄介な話になりそうだ。
ラーオは俺の顔穴を真っ直ぐに見詰めながら述べる。
「これは、新たな御告げだと思っています」
俺は違うと思います……。
「我々ダーク一族は、再びシャドー様に仕えて、魔王大戦に参加しろという御告げではないかと!」
『ち、違うだろう。そもそも俺は、この壁画のシャドーホールンとは別人だぞ……。親戚でもないんだからね。ただのそっくりさんだ』
「ならば、シャドー様が新たなる魔王ではないでしょうか!」
こいつ、勘違いが暴走している。
『そ、それも違うぞ。そもそも俺には世界征服の野望なんて、欠片も微塵も、わずかにも、これっぽっちもないからさ……』
俺は徹底的に否定する。本当に世界征服なんかに興味が無い。
あるとしたら、ハーレム作りぐらいだ。支配とかは好きくない。
「今は無くとも、いずれは世界征服を決意するのでは!?」
ラーオとシーンの眼差しは乙女のようにランランと輝いている。俺の未来に希望を見ているようだった。
『だから、ないってばよ……』
「ほ、本当に……?」
『本当に無い』
「絶対に……?」
『絶対に無いよ』
「…………」
ラーオは肩を落としてガッカリとする。真の主が舞い降りたと思い込んでいたのだろう。期待が外れた様子がありありと窺えた。
『そもそも俺は、金塊の獲得が目的でこの地に来たんだよ。金塊が無ければ死んでしまうからな』
「ならば、我々ダーク一族に金塊集めを手伝わせてもらえませんか!?」
『あ〜、うん〜……』
確かにそれは有り難い話ではある。右も左も分からない異世界だ。金塊を集めるにしろ、情報が乏しすぎる。仲間だって居たほうが助かるはずだ。
ナビーの話では、ここは中世の街並みの異世界。現実世界から塩や胡椒を持ち込めば、容易に商売ができるだろうと言っていた。
――とはいえ、だ。
俺が遭遇した異世界の住民は、部落程度の規模で暮らす田舎の現地人である。とても金塊を多く持っている人々には見えない。本当にこの村で商売ができるのかも疑問だ。
ならば、もっと人が大勢いる町へ移動して商売に励まなければならないだろう。ここを旅立つのが正解ではないかと思える。
それには案内人が必要だ。一人で当てもなく旅をするのは無謀すぎる。下手をしたら、周囲の森から脱出することさえ叶わないかもしれない。
案内人なら、あのポニーテールの巨乳が好ましい。彼女はかなり美人だった。俺のタイプである。
『はぁ〜……』
溜め息を吐いた俺は、壁画のデビル大将軍を見上げた。銀製のヘルムを見つめながら考える。
『いや、待てよ……』
いっそのこと、本気で世界征服を企むのも悪くないかもしれない。
世界征服を成し遂げてしまえば、この異世界中の金塊は俺の物になる。そのほうが手っ取り早いのではないだろうか。
それに、世界中の美女が俺のものになる。それは、ウハウハである。
『いやいや、待てよ……』
だが、世界征服は目立ちすぎる。現実世界の世界征服者は、だいたい悲惨な末路を迎えている。
中国やローマの皇帝たち、ナチス・ドイツのヒトラー、フランスのナポレオン、織田信長だってそうだ。最後は哀れな死に様を迎えた者が多い。
現代の独裁国家だってろくなものではない。いつ崩壊してもおかしくないだろう。
戦争や政治で頂点に立てば、どうしても目立ってしまう。それで暗殺の標的にされ、気が休まらない日々を送ることになるだろう。
ハーレムなんて築いてしまえば、尚更恨まれるかも知れない。しかも、可愛がっていた女の子に暗殺とかされたら、死んでも死にきれないぞ。
そんなのは嫌だ。俺が目指す不老不死ライフは、自由にのびのびと生きることがテーマである。殺伐とした環境でビクビクと怯えながら暮らすのは望んでいない。
皆に祝福されながら一夫多妻の結婚生活を送りたいのだ。
それには、ひっそりと目立たず暮らすのが一番だろう。それが安全だ。
人生は安全第一である。危険に挑むのは若い頃で十分だった。
でも、やっぱり美人の巨乳と結婚してみたい。その巨乳の数は、多いに越したことはない。
『枕を高くして眠れないのは、流石に嫌だな……』
俺は壁画の前で考え込んだ。しかし、答えは出ない。
『なあ、デビル大将軍は大戦後どうなったのだ?』
ラーオが答える。
「王国連合軍に敗れて首を跳ねられたと聞いております」
『この下に描かれた者たちは?』
デビル大将軍が従えていた十三人の配下たちを指差しながら問う。
「ほとんどの者が戦死したとか処刑されたと言われておりますが、一部の者は人間側に寝返ったとか……」
『本家のシャドーホールンはどうなったのだ?』
「我々配下のダーク一族の罪を背負って幽閉されました。後に牢獄で自害したと聞かされております。それで我々ダーク一族は無罪とされ、この地に追放されました。それも五百年も昔の話です」
『なるほどね〜』
やっぱり世界征服は却下である。成功しても失敗しても責任が重そうだ。もっと俺は無責任に生きたいのである。
それでありながら、穏便にハーレムを作りたい。それは、甘い考えだろうか?
『なあ、やっぱり俺が世界征服に取り組むのは却下だわ〜』
「そうでありますか……」
ラーオは肩を落としていた。ガッカリしている。
『だが、俺がお前たちと仲良くするのは認めよう』
「えっ!?」
パッとラーオとシーンの顔が明るく花咲く。僅かな希望を掴んだような顔だった。
「「まことでありますか!?」」
『でも、主って訳ではないぞ。あくまでもフレンドだからな。仲良くするだけだ』
「「そ、そんな〜……」」
流石は親子だな。反応が瓜二つである。
『まず俺は、この辺りを拠点に商売を始めたい。それを手伝ってもらいたいんだ』
「商売の手伝いですか……」
『そうだ』
「まるで人間みたいなことをするのですね……」
こいつらの感覚では、商売は人間のすることらしい。ダークエルフは商売をしないのだろうか?
『まあ俺は、元々が人間だからな』
「ならば、我々が商売とやらをお手伝いしたならば、シャドー様を主と崇めても宜しいのでしょうか?」
『うむ、そのぐらいなら良いかな』
マジで信仰心が高い一族のようである。その信仰心が俺に向いているのが少々煩わしい。
「ならば我らダーク一族は、シャドー様の商売を全力でお手伝いいたしますぞ!」
『うむ、よろしく頼む……』
そして、俺は肝心なことを訊いてみる。
『ところで、お前らって、一夫多妻制って知ってるか?』
「人間どもは一夫一妻らしいですが、妖精族の多くが一夫多妻制ですぞ」
『マジか!!』
なんだかヤル気が湧いてきた。
こうして俺は、しばらくこの村で過ごすことになった。
しかし、一カ月以内に三十グラムの金塊が必要である。そうしないと三倍速老化が始まってしまうからだ。まずはハーレムどころではない。
そのことをラーオに相談したところ、人間界で流通している金貨を差し出してくれた。
なんでも人間の町とは普段、物々交換で取引しているらしいのだが、この金貨は村の周辺に現れた野盗から頂いた物らしい。
野盗を返り討ちにして奪い取ったのだろう。その野盗は森の肥やしになっているとのことだ。
金貨は十枚。どうやら一枚3.5グラムあるようだ。これで一カ月分の老化は止まったことになる。
『いいのか、これをもらっても……』
「これは主に対する捧げ物でございます。どうか受け取っていただけませんでしょうか」
『うむ、マジで助かるぜ』
「代わりに我々からもお願いがございます……」
『お願い?』
「私もシーンたちが頂いた食餌が食べてみたいのです。ですので、是非レシピをご伝授願いますか」
ママクドのハンバーガーのことだろう。レシピと金貨を交換したいらしい。
『あ〜、ん〜、それね〜』
俺は少し考え込んでから答えた。
『レシピの伝授は無理だわ』
「何故に!?」
『あれは我が国の料理人が作った料理だから、俺はレシピを詳しく知らんのだよ』
俺は料理音痴だ。旨いか旨くないかは分かるが、材料に何が使われているのかまでは分からない。そもそも料理は、そのまま焼くか煮るかしかできない。
「そ、そうでありますか……」
そう言うとラーオは、差し出していた金貨を懐へ戻そうとする。
まずい!
『ああ〜、待て待て!』
「何か?」
『レシピは無理だが、今から買ってくるよ。ちょっと待っててくれ。それと金貨を交換しないか!』
「お買いになるとは?」
『今からハンバーガーを買ってくるから、物々交換しよう!』
俺は異次元扉を出して言う。
『これで俺は母国に帰れるんだよ。この扉は俺自身と無生物しか通れない。だが、商品なら運び込めるからさ。だから今から買ってくる。それと金貨を交換しよう!』
「是非に!」
俺はすぐさま異次元扉で現実世界へ戻ると、ウーパーイーツでハンバーガーを注文した。ドリンクとコーラも付ける。
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by、ヒィッツカラルド。




