8【シャドーの偽名】
森の陰に隠れていた黒装束の四人もシーンの側に姿を現す。青年が二人、若いポニーテールの巨乳女性が一人、ツインテールの貧乳少女が一人である。全員が長耳の褐色妖精族だ。ダークエルフって奴である。
夜の森から出て来た四人は武器を構えていない。しかし、魔人の姿を見せる俺に興味を抱いているようだった。まだ警戒の色も残っている。
特にツインテールの貧乳少女は、警戒しながらも俺の側に置いてあるコーラのペットボトルをじっと見つめていた。
どうやら興味津々で、コーラを飲みたいようである。その口元にはハンバーガーのケチャップがついていた。
『こいつもかよ……』
貧乳少女の物欲しげな視線に気がついた俺は、彼女にペットボトルを向けながら訊いてみた。
『そこの娘、これが飲みたいのか?』
俺が問うと、貧乳ツインテールの彼女はポニーテールの巨乳女性の背後にコソコソと隠れ、小さく頷いた。まるでリスのような小動物的で可愛い動きである。
『今更、照れるなよ。人質にしたりされたりの仲じゃねえか』
「――……」
照れるばかりで巨乳女性の陰に隠れる貧乳娘。埒が明かない。
なので俺は紙コップにコーラを注ぐと、貧乳彼女にスッと差し出してみた。
『ほれ、飲みな』
「………うん」
貧乳ツインテールの娘は小さく頷くと、俺から紙コップを受け取り、コーラの水面を見つめた。不思議な物でも見るかのような眼差しで、コーラの黒い表面を見つめている。
そして、しばらくしてから覚悟が決まったのかコーラを口に運ぶ。他の四人もそれを黙って見つめていた。まるで様子を窺うようだった。
「お、美味しい……」
コーラを一口飲んだ貧乳ツインテールの娘が、囁くような声で驚いた。その様子を見ていた他の者たちが唾を飲み込み、喉を鳴らす。どうやらこいつらもコーラを飲みたい様子である。
『どうだい、あんたらも飲んでみるか?』
「「「是非に!!」」」
声を揃えて懇願する黒装束の若者たち。俺は人数分の紙コップにコーラを注ぎ、彼らに回した。全員が喜んで受け取ると、すぐさまコーラを飲み干す。
「う、美味い!?」
「何これ、美味しいわ!!」
「こ、このような物を初めて飲んだぞ!!」
「シュワシュワするぞ!」
コーラを飲んだ者たちは、それぞれ目を剥いて驚いていた。かなり感激している。
そんなこんなで彼らのおかわりが続いた。あっという間に1.5リットルのペットボトルが空になる。
「げっぷ~~」
『おいおい、ゲップをするな。はしたないぞ……』
「す、済みません……」
俺は空のペットボトルを異次元扉の向こうに投げ捨てた。現代品のゴミは異世界に残せない。ちゃんと現実世界で処分しないとならないのだ。
「では、こちらへ。村まで案内いたします」
『ああ、分かったよ。でも、本当に招かれちゃって良いのか。しかも、こんな夜分にさ?』
俺はチラリと巨乳のポニーテール女性を見た。
「構いませぬ。夜は我々ダークエルフ族のホームですから」
『ホーム?』
俺を招くシーンがニコリと微笑んでいた。言葉の意味は分からんが、まあ良いだろう。深くは考えない。
俺は異次元扉を消すとシーンの後ろに続いた。彼らの村へ向かうために藪を進む。
その後、俺は彼らの住まいに到着した。歓迎を受けるためである。
どのように歓迎されるかが楽しみだった。できるだけアダルトな歓迎が好ましい。
そして、俺が異次元扉を出した森から三百メートルほど進んだ先に、彼らの村があった。どうやらかなり近い場所に異次元扉は出現していたようである。
たぶん、彼らの村から異次元扉から漏れ出た明かりが見えたのだろう。
こいつらはかなり夜目が利くのだと思う。じゃなければ、真夜中の森で三百メートル先の明かりになんて気づけないはずだ。
「こちらが我々ダーク一族が住まう村であります」
『おお~』
俺は小さな山の上に建つ建物を見上げた。立派な白壁が窺える。その建物に向かって長い階段が真っ直ぐに続いていた。
彼らの村は山の上に築かれている。いわゆる砦のような造りだ。白壁の中に住居が在るようだった。だが、高い建物は櫓以外は見当たらない。
俺を案内しているシーンが説明する。
「我がダーク一族の村は、昔の大戦で使われていた山城を利用しております」
『ほうほう』
山城――。
日本では戦国時代に築かれた山中の城砦を指す名称だ。即席で築かれることも多い城だが、籠城しやすく守りやすいのが特徴である。
普通は、合戦後に破棄される砦である。
粗末な石畳の階段を登りながらシーンが説明を続ける。その階段は段々畑に挟まれていた。
「なんでも五百年前の魔王大戦の際に人間の軍隊が築いた山城を活用している村でありまして、守りは万全なのですが、人里から離れているのが欠点であります。なので、ほとんど旅商人も訪れない僻地と化しておりますが、安全性は高い里であります」
『田舎ってことなのね』
「如何にも……」
図星だったらしい。
『ここに何人ぐらい住んでるんだ?』
「一族の老若男女合わせて七十人程度です」
『ほほ~、結構住んでるじゃん』
山の高さは五十メートルにも満たない小山だ。その斜面には段々畑が広がり、麦のような作物が栽培されている。
その山の頂上は三メートルほどの白壁に囲まれていた。防壁の四隅には五メートルほどの物見櫓が建っている。
櫓には深夜にもかかわらず、見張りが二人ずつ立っているのが見えた。警備は万全らしい。
俺たちは坂道を登り、正門から城内へ入る。門構えは重厚だ。木製だが頑丈そうである。
白壁の中には住居がいくつも見えた。一階建てのボロい平屋が並んでいた。江戸時代の長屋風である。なんとも庶民的であった。
ここに住人たちが集まって暮らしているようだ。
明かりの消えた室内からこちらを窺っている視線がいくつも感じられる。
『警戒されてるな』
「客人など、滅多に足を運ばぬ村ですからな」
『顔面の穴が珍しいのかな~』
「それも有ると思います」
その居住区を進むと、本丸と思われる屋敷へ案内される。
平屋の屋敷は木造の古民家風で歴史を感じさせた。
それなのに、他の住居よりも綺麗である。かなり掃除が行き届いている様子だった。まるで武家屋敷のような趣である。
『この建物は、かなり綺麗だな』
「過去に砦本体は火事で焼失しましたが、その跡地に屋敷を新しく建て直したのです。それから二百年にわたり、大切に使われています」
『二百年物の歴史ある建物なのね』
俺は品定めをするような眼差しで屋敷に目を配る。
木造平屋建てで、窓にガラスはない。屋根は瓦葺きで、壁は煉瓦や積石の上に漆喰を塗ったような造りである。古民家のような雰囲気だが、綺麗に清掃されていた。中庭も日本庭園を思わせる趣である。
少し、和風感が溢れている。
屋敷に上がった俺は、板張りの廊下を進んで広間に通された。もちろん西洋なので靴は履いたままである。
そして、二十畳程度の広間に通される。その部屋には自分が構える道場と同じ木工の匂いが立ち込めていた。なんだか心地良い。
板張りの広間には男性が一人、レイピアを携えて待っていた。藁を編んで作られた丸い座布団のような敷物の上に胡座をかいて座っている。
黒装束の男性からは威厳が強く感じられた。雰囲気だけで、この村のトップだと解る。
その人物を片手で指しながらシーンが紹介してくれた。
「私の父で、この村の頭領であります、ラーオ・ヒオラスで御座います」
紹介された男が、軽く頭を下げた。
男性の見た目は若い。二十歳半ばにしか見えなかった。シーン曰く父と紹介されたが、二人は兄弟ぐらいの年齢差にしか見えない。ダークエルフとはいえ、エルフ故に若く見えるのだろう。
男は鞘に収まるレイピアを杖代わりに突くと、ゆっくりと立ち上がった。笑顔のまま俺に近づいてくる。その笑みは、俺の顔穴を見て引いているようでもあった。
そして、ラーオは握手を求めて片手を差し出す。
「魔人殿、報告はマーリアからの精霊伝言で聞いております。何でも異国から来た商人だとか」
精霊が飛んで行って伝言を届け、報告したのだろうか。なんか便利な技術が在るようだな。
『名前は服部泰三と申します』
俺は名乗ってから握手を交わした。その手の平からは厚い感触が伝わって来る。
長く生きてきた者の手である。見た目は若くても、長年生きてきた重みが掌から感じられたのだ。
「ハータリ、ハイソウ様で有りますね」
『違う、ハットリタイゾウだ』
シーンもそうだったが、日本名は彼らの発音では難しいようだった。ちゃんと発音できていない。これでは何処に行っても同じではないかと予想できた。
『なあ、俺の名前は難しいか?』
「かなり難しいですな。発音が独特で……」
『こっちの世界用に通称でも名乗ろうか』
ラーオが提案する。
「それならば、シャドー様なんてどうでしょうか?」
『シャドー?』
「我々ダーク一族が祀る神の一角で御座います。深淵の主で暗黒の王と呼ばれております」
『深淵の主か――』
良いかもしれない。深淵の書とかけて丁度良い。それに少し格好いい。
『よし、ならばシャドーと名乗らせてもらうぜ』
「畏まりました、シャドー様――」
何故かその場にいたダークエルフたち全員が深々と頭を下げた。片膝をついている者までいる。
『ええ……?』
なんか良く分からんが、何やら祀られている気分だった。こいつらは、俺を本当に魔人だと思い込んでいるようである。
これはもしかして、我が儘がいい放題ではないだろうか?
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by、ヒィッツカラルド。




