65【戯言の勝負】
ベンベ・ベンが立ち上がりながら、顔に刺さった吹き矢の小針を指先で摘んで引き抜いた。
それを床に投げ捨てると、大臣に向かって述べる。
「ヘルムとガントレットをここに持て!」
「ははっ!」
ドワーフの大臣が、慌てた素振りで銀のヘルムとガントレットをベンベ・ベンの前に持ってくる。
それをベンベ・ベンは受け取ると装着した。頭に被る。
おそらく、私生活では不便だったため、鎧のパーツを一部だけ脱いでいたのだろう。
兜と小手を装着したことで、ベンベ・ベンは完全武装の重戦士へと完全変貌した。
「これで、よし!」
隻眼の瞳が鉄仮面の下から睨みを利かせていた。
銀色のヘルムは重厚である。
紅い羽根のモヒカンが頭頂部から伸び、両耳の部分からは水牛のような角が生えている。さらに顔面は仮面で完全に隠されていた。
その視界の覗き穴から、血走った眼光だけが覗いている。闘志に燃えた眼差しだった。
『完全武装か――』
あの重厚な鉄仮面ならば、もう爆竹や吹き矢のような、子供騙しの小火力攻撃は通用しないだろう。
それに、先程ベンベ・ベンの顔面を狙って蹴りを放ったのには理由があった。
煙草を差し出す際、ベンベ・ベンに接近したことで気付いたのだ。
魔力感知スキルによって察知したのである。
俺の魔力感知は、二メートル程度の範囲しか感知できない。まだまだレベルが低く若輩スキルである。
そんな未熟なスキルでも分かったのだ。
ベンベ・ベンは、全身から魔力の気配を漂わせている。
ドワーフ族は魔法に疎いと聞いていた。
ベンベ・ベンも、魔法そのものは使えないのだと思う。
それなのに、彼の身体からは明確な魔力のエネルギーが感じ取れた。
おそらく、身に着けている銀色のフルプレートがマジックアイテムなのだろう。かなり防御力に長けた鎧だと思われた。
さらには、手にしている大きな戦斧からも魔力を感じ取れた。
あの戦斧もマジックアイテムだと思う。
だから先程の先手で、彼にダメージを与えられるとすれば、頭部しかないと考えた。重厚な鎧を蹴ってもダメージは皆無だと思ったからだ。しかも、マジックアイテムだから透過能力で装甲を無効化もできない。
それで頭部を狙って蹴りを放ったのである。
だが、その蹴り技も、あの太くて短い首に威力を吸収されてしまった。
それだけ首の筋肉が太いのだ。
一般的なファイターならば、蹴り技一発の直撃でKOできていたはずだ。
俺とて昔は一流の格闘選手である。しかも今は身体能力向上スキルでパワーも1.4倍されている。
しかし、ドワーフの首は、日頃からブリッジ運動で鍛え上げているアマチュアレスラーも驚くほどに強靭だった。
おそらく、ベンベ・ベンは耐久力に優れた戦士なのだろう。
そのタフネスなファイターが、鉄仮面まで被って防御力をさらに高めた。
これは少し厄介である。
小型の暗器などは、ほとんど効かないだろう。手裏剣などは無効なはずだ。あのプレートメイルは手裏剣程度では歯が立たない。
銀色の鉄ヘルムを被ったベンベ・ベンが述べる。
「これで、小型の暗器はほとんど通じないぞ!」
『そうみたいだな』
しかし、完全武装のフルプレートであれ、付け入る隙はいくらでもある。
関節部分、鎧の隙間などであった。
ベンベ・ベンが片手に持った両刃の戦斧を前に突き出した。そして、気合いを込めて叫ぶ。
「エンチャント、ファイアーウェポン!」
すると、大きな戦斧の両刃から真っ赤な炎が吹き出した。魔法による炎だろう。
「ヒートアックスだ。これで貴様を焼き切ってやるぞ!」
『物騒な武器だな……。怖い怖い……』
そう言いながら俺は、足元のシャドーポケットから紅いパイプ状の物体を取り出した。
「んん。なんだ、それは……?」
『火遊びはアカンだろ。消火せんとな』
俺が取り出したのは、消火器である。
そして、安全ピンを抜くと、ノズルの先端をベンベ・ベンへ向け、消火剤を噴き放った。真っ白な消火剤が勢いよくベンベ・ベンを襲う。
プシューーーーー!
「ぎぃぁああああああ!!」
唐突な白濁した噴射に、ベンベ・ベンが悲鳴を上げた。見たこともない物体から突然噴き出した白い液体に、脅威を感じているのだ。
健康上は何の問題もない消火剤だが、見たこともないベンベ・ベンにとっては未知の恐怖でしかない。
完全に冷静さを失い、慌てふためいている。
しかし、マジックアイテムである戦斧が放つ魔法の炎は消火できなかった。流石は魔法の力っぽい。物理的に消火は不可能のようだ。
『ほれほれほれ〜』
「ふごふごふごっ!?」
白濁した消火剤を吹き掛けながらベンベ・ベンに近付いた俺は、消火器を振り被る。
そして――。
『えいっ!』
ガゴーーーン!
「うげっ!!」
銀ヘルムを被った頭を、消火器で思い切りぶん殴った。ベンベ・ベンの頭が激しく揺れる。
消火器とはいえ、分厚い鉄の容器だ。それで殴れば、鈍器として十分な威力がある。
「どわわぁ……」
頭を殴られたベンベ・ベンが、よろめいた。
その隙に、俺はベンベ・ベンの背後へ回り込む。
消火器を投げ捨てた俺は、懐からピアノ線を取り出す。そして両手で、それをベンベ・ベンの首へ巻き付けた。
細くて丈夫なピアノ線がヘルムの隙間から喉元へ入り込み、首を締め上げる。
『よっと――』
「ぐぇぐぇぇえええ!!!」
『どうだい!』
「な、なんの!!!」
力んだベンベ・ベンは、背を丸めるようにして屈み込む。
すると、背後から首を絞めていた俺の体を、そのまま背負い上げた。
『おいおいっ!?』
「ぬおおおおっ!」
そのままの勢いで前方へ投げ捨てられる。
『首を絞められてるのに背負い投げか!?』
力任せだけではない。相手の力の流れを利用した、見事な投げ技だった。重心を巧みにコントロールしている。そこから戦闘センスの高さを感じた。
『おおっとッ!!』
しかし、背負われながらも俺は体を捻り、向かい合うように足から綺麗に着地する。
『やるねぇ〜!』
まだ、首を絞めていたピアノ線は両手に握ったままだ。放してはいない。
『なら、これだ!』
俺はピアノ線を両手で引っ張りながら、ベンベ・ベンの頭をこちらへ引き寄せる。
そして、膝を立て飛び上がり、そのまま仮面を蹴り上げた。
『それッ!』
ガシャーーーン!!
服の中に装着していた膝当てと銀ヘルムが激突し、激しい音を奏でる。
それでもベンベ・ベンの眼光は死んでいない。隻眼が鋭く光っている。まだ俺を睨んでいた。
「己!!」
ベンベ・ベンが戦斧を振るった。反撃である。
その一振りがピアノ線を断ち切る。
さらに戦斧の刃は俺の肘を掠め、服の下に装着していた肘当てまで叩き割った。
『おお〜!』
左腕の肘から鮮血が溢れた。
俺は間合いを取るため、素早くバックステップを踏む。
そして、斬られた肘を見てみる。
強化プラスチック製の肘当てが、パックリと裂けていた。その下からは、赤い血が流れ落ちている。
『やるねぇ〜。あそこから反撃が可能とは凄いな』
言っている間に肘の傷は塞がった。出血の跡すら消え去る。
流石は疑似不老不死スキルと超再生スキルである。万能だ。
『なら、今度は――』
続いて俺は、ジャケットの懐から鉄拳を取り出して両手に装着した。
薄い金属のメリケンサックとは異なる分厚い鋼の鉄拳。厚み、幅、太さ共に重々しい。
厚さ3センチの長方形型鉄板は、テーピングでグルグル巻きにされている。それに持ち手をつけて握りしめているのだ。
その鉄拳を装着した俺は、爪先でステップを刻みながらサイドワインダーの構えで立ち向かう。
『今度は殴りだ!』
言いながら俺はシャドーボクシングで拳を素早く幾度も振るう。それは可憐なステップと相まって、優雅にさえ見えた。
ベンベ・ベンが燃えたぎる戦斧を構えながら言った。
「その鉄拳程度で、儂の鎧を打ち破れると思ったか!?」
素早い拳が幾度も風を切る。
しゅっ、しゅっ、しゅっ――。
シャドーボクシングの音が鳴っていた。
『その鎧はマジックアイテムなんだろう。ならば、この鉄拳程度の破壊力が必要だろうさ』
「笑止!」
ベンベ・ベンの表情は、鎧の防御力から余裕に歪んでいる。鎧の耐久力に自信があるのだろう。
『笑えばいいさ』
俺は巧みなステップで左右に体を流すように動きながら、ベンベ・ベンに接近を試みる。
デンプシーロールだ。
テクニカルなフットワークで、徐々に前へと出ていった。
しかし、ベンベ・ベンは俺の幻惑的な動きにも戸惑っていない。俺の足元だけを見つめ、動きの流れに集中していた。
足捌きだけで、上半身の動きも推測しているのだろう。
ことごとく、一流の戦士である。
そして、俺が戦斧の間合いに入った刹那――。
強風を巻き起こしながら、燃え盛る戦斧を振り下ろした。
「ドワッチ!!」
まだ俺の拳が届かない距離。それは同時に、戦斧が届く間合いだった。
強烈な一振りが、俺の胸を斜めに切り裂いた。
直撃!
『っ!』
外野が叫ぶ。
「切られた!」
「きゃ!!」
その斬撃を見ていたシーンとマーリアが、思わず叫んでしまう。
途端、袈裟斬りに裂けた俺の胸から鮮血が噴き出した。肋骨まで裂かれている。刃は肺まで届いていただろう。
『ぐぐっ!』
しかし、死に至るほどの痛みに耐えながら、俺は力強く踏み込む。
捨て身からの反撃。
ダンっと強い一歩――。
そして、右ストレートを真っ直ぐに、全力で打ち放った。
瞬速のストレートパンチが走る。
『おらっ!』
狙いは鉄仮面の中央。そこへ渾身の拳を叩き込む。
鉄拳に狙われたベンベ・ベンが、避けられないほどの完璧な反撃のタイミングだった。
「効くか!!」
ガシンッ!!
鉄拳が鉄仮面に激突する。だが、その拳撃をベンベ・ベンは耐え忍んだ。後ろ足を踏ん張り堪えて見せる。
「甘いな、シャドー!!!」
そのまま俺は、鉄拳を押し込んだ。
『そうかな』
刹那――。
打ち込んだ右ストレートが爆発した。ベンベ・ベンの顔面を、鉄仮面ごと吹き飛ばす。
チュドーーーーーン!!!!
「ぐはっ!!!???」
その爆発は、煙草に潜ませた爆竹とは比べ物にならない程の破壊力だった。まさにダイナマイトの威力である。
戦いを観戦していた者たちも仰天していた。
「「「「「ッ!!??」」」」」
謁見室内が、一瞬だけ赤く染まっていた。
『どうだい!』
硝煙が辺りに散っていた。その中で、俺だけが笑っていた。
爆発の元凶は、鉄拳の表面に起爆装置を巻き付けた小型爆弾である。人間の顔なんて吹き飛ばしてしまう程の爆薬が仕込まれた鉄拳だったのだ。
だが、少しばかり火薬量が多すぎたようだ。爆発の衝撃で、俺の拳までも吹き飛んでいた。指先が破損して肉片が散らばる。
「く、ぐぅ、なん、のぉ………」
まだ、倒れないベンベ・ベンは、銀色の仮面から白い煙を上げていた。しかし、立っているのがやっとに窺える。棒立ちの足が震えていた。
「ま、だ、まだ、だぁ……」
ならば――。
『もう一丁ッ!!』
爆発に耐え忍ぶベンベ・ベンの顔面に、今度は左のフックを打ち込んだ。二発目の爆発が巻き起こる。
チュドーーーーーン!!!!
「――………っっ!」
爆発拳により後方へ吹っ飛んだベンベ・ベンは、そのまま大の字になって倒れ込んだ。顔面からは、白い煙がもうもうと上がっている。
そして、ベンベ・ベンは動かない。倒れたまま微動だにもしなかった。
しかし、俺の両手は、指がいくつか失くなっていた。鉄拳に仕込んだ爆薬が多すぎたのだろう。吹き飛んでしまったのだ。
『あちゃ~。少し火力が高すぎたか。自分の指まで吹っ飛んじゃったよ』
それでも、失われた指は超再生能力によって、みるみるうちに元へ戻っていく。
やがて直ぐに完治した。なんてことはない。
『これで、チャラだぜ』
超再生能力がなければ、危うく指を失うところだった。危ない危ない……。
そして、顔面を二連続で爆破されたベンベ・ベンは、大の字になったまま動かない。気絶している。
それでも、被っていた鉄仮面は破損していなかった。丈夫なマジックアイテムらしい。白い煙を上げているものの、どうやら無事のようである。
倒れているベンベ・ベンの側に歩み寄った俺は、煙を上げている顔を上から覗き込んで訊いた。
『大丈夫か〜、村長さんよ〜?』
「……………」
返答は無い。
おそらくベンベ・ベンは、爆発の衝撃によって、脳震盪を起こしているのだろう。
『気絶しちゃったのかな〜?』
外装は爆発に耐えられても、その中身までは耐えられなかったのだと思う。短く太い首でも、頭部を支えきれなかったのだ。
いくら首が太くてタフネスでも、不意な爆発には耐用できなかったのだろう。
爆薬、強しである。
やはり、この異世界には、まだ爆弾は早いのかも知れない。
こうして、戯言から始まったお遊びは終了する。
なんやかんやで、俺の勝ちだった。イェーイ。
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by、ヒィッツカラルド。




