64【紙タバコ】
玉座から立ち上がった村長王ベンベ・ベンが、愛用の大戦斧を肩に担ぎ上げながら述べた。
「魔人シャドー殿、我と戦ってはくれぬか?」
『はあっ?』
唐突の狂った願いだった。俺も無い目を丸くさせる。
村長王ベンベ・ベン。
前髪が後退した禿げ頭はバーコードヘアー。右目には黒革のアイパッチ。厳つい顔には三つ編みにされた長い髭。口元には木製のパイプを咥えている。
そのパイプからひたすらに副流煙を漂わせていた。
首は短く髭で見えない。肩幅は広く、筋肉で身体が一回りも二回りも大きく見える。胸板は厚いが、腹はさほど出ていない。手足も筋肉で太く、手首も太く頑丈そうだ。身長は170センチ。ドワーフにしてはかなりの長身だろう。
その長身のドワーフが銀色のフルプレートを着込み、背中では紅いマントを靡かせている。
それは、とても村長の姿には見えなかった。どう見ても重戦士のなりである。
そんな村長王ベンベ・ベンが、いきなり勝負を挑んできた。
何だか意味が分からない。
俺はとぼけながらも訊き直した。
『何を言ってるの?』
「だから、儂と勝負してくれと言っておるのだ」
『あのぉ〜。もしかして、酒の値段が気に入らなかったからですか?』
「違う!」
ベンベ・ベンは大きな戦斧を片手で横一文字に振るう。
ブンッ!
風を切る音が謁見室に響き渡った。まるで団扇で扇いだようである。
大臣も気不味い顔で俯いている。また悪い癖が始まったかと頭を抱えていた。
パイプを蒸しながら村長が述べる。
「儂には賞金が掛かっている。儂を倒せたら小金貨十枚だぞ。どうだ、だから戦ってみないか!」
ベンベ・ベンは厳つい顔に、満面の笑みを浮かべていた。何かを期待している。
その笑顔に、俺は言いようのない怪奇を覚えた。
『その賞金って、誰が賭けているんだ?』
「儂じゃ!」
『ええっ……』
「儂が、儂を倒した者に賞金を払うと言っているのだ!」
『そんな、馬鹿な……』
ふざけた話である。
「そう、儂は阿呆だ。阿呆だから、自分に賞金を掛けているのだ!」
『なんで、自分に賞金を掛けてるの?』
「戦える相手が欲しい。それだけのことよ!」
ベンベ・ベンは豪快に笑った。
どうやら、この村長王たるドワーフ戦士は、俺が思っていた以上に、とんでもない戦闘狂らしい。
たぶん、銀色のフルプレートが私服なのだろう。いつでも戦えるように気構えているのだと思う。
素朴な疑問を俺はベンベ・ベンに尋ねた。
『何故に戦いたいのですか?』
「登山家に、何故に山へ登るのかと問うのと同じだな!」
どうやら愚問だったらしい。
頬を指先でかきながら、俺は渋々と答える。
『戦っても構わないのですが……』
「まことか!?」
『勝負の後に、難癖をつけないでくださいね』
「つけるものか!」
『負けたからって、商売は無しとか言わないですか?』
「言わん!」
『本当に?』
「むしろ、儂を殺しても構わんぞ!」
『殺すのは、ちょっと……』
なんでカモを殺さなければならないのだ。
こいつには、これからも長々と酒を買ってもらいたいのである。そんな上得意の顧客を、わざわざ殺すわけにもいかない。
『それと、本当に勝ったら小金貨十枚を貰えるのですか?』
貰えるものは貰いたいのが本音だ。小金貨十枚は端金ではないだろう。月額の上納金に匹敵する。
「それは約束しよう!」
すると、村長の側に立っていた大臣が小袋から金貨を取り出して見せる。
どうやら準備は万全のようだった。
『本気なんだ〜』
「本気だぜ〜」
俺が感心していると、ベンベ・ベンがパイプを蒸かしながら、ゆっくりと前へ歩み寄ってくる。その片手には大きな戦斧が揺らいでいた。
それを見たシーンたちが、ぞろぞろと無言で後ろへ下がっていった。
俺とベンベ・ベンが戦えるだけの広さを作ったのだろう。
要らんところだけは、気が利く連中である。まあ、嫌いではない。
『ところで、最後の質問なんだが――』
「何かね?」
俺たちは二メートルほどの距離を残して、向かい合っていた。
『これはもう、始まっているのかな?』
「貴公が、始まっていると思うのならば、それは始まっていると思って構わんぞ」
二人の間に、ベンベ・ベンが蒸かすパイプの副流煙が、ゆらりゆらりと流れていく。
その煙が境界線のように映る。
ここを越えたのならば、戦闘開始なのだろう。
『なるほど――』
そう呟きながら、俺はジャケットの懐から煙草を取り出す。
それは現実世界で市販されている紙煙草――有名なエイトスターであった。
俺は煙草のパッケージを指先でトントンと叩いて一本だけ浮かせると、それを口にくわえた。
そして、ジッポで火をつける。
すると、俺の咥える煙草にベンベ・ベンが注目しながら問い掛ける。
「なんだ、それは?」
俺は吸い込んだ煙を吐き出した後に答える。
『煙草だよ』
「煙草……」
その煙草は紙煙草であり、ベンベ・ベンが蒸かしているようなパイプ式ではなかった。現代式の紙タバコである。
たぶん、この異世界では紙すらまだ貴重品の部類だろう。
だから、紙煙草など存在しないと思われる。あったとしても、葉巻が関の山だろう。
故に、この紙煙草は珍しいはずだ。
ベンベ・ベンが煙草を凝視しながら訊いてくる。
「変わった煙草を吸っているのだな」
『俺の国の煙草だ。あんたもやってみるかい?』
「旨いのか?」
『旨いぜ』
俺が煙草のケースを差し出すと、ベンベ・ベンは咥えていたパイプを口元から離した。
そして、大きな手のひらで自分のパイプを握り潰した。バキバキと木材が砕ける音が鳴る。
凄い握力であった。
「では、一つ頂こうぞ」
『どうぞ、どうぞ』
握力だけで砕いたパイプの残骸を床に投げ捨てる。
それから煙草を一本貰い受けると、口にくわえた。
その煙草に、俺はジッポで火をつける。
「その点火装置も凄いな……」
『ライターだ』
ベンベ・ベンは煙草の煙を吸い込むと、うっとりしながら言った。
「そのライターたるアイテムも欲しいな」
『そうなのか?』
「我々ドワーフは魔法に疎い。点火の魔法すら使えないからのぉ」
『ああ、なるほどね』
そんな会話を交わしていると――。
パッン!!!
強烈な炸裂音。
「うぎゃあ!!!」
ベンベ・ベンが咥えていた煙草が突如ながら炸裂した。煙草が眼前で小爆発を起こしたのだ。
突然の爆発にベンベ・ベンが驚き、目を瞑りながらふらついた。顔面が焼けてジンジンと痛む。
「くはぁ、なんだっ!?」
そこへ、俺が前蹴りを打ち込んだ。
『おらっ!』
「ガッ!?」
俺の踵が、ベンベ・ベンの顎を蹴り上げる。
その強烈な脚力によって、ベンベ・ベンの巨体が後方へ吹っ飛んだ。しかし、追撃はしない。
「ぐぬぬぅぅ……」
顔を押さえながら片膝をついたベンベ・ベンが、俺を睨みつける。
「な、なんだ、今のは……」
煙草を咥えたままの俺が、平然とした素振りで答えた。
『火薬だ。煙草の中に爆竹を仕掛けておいた』
「ぬぬぬぬ……」
この異世界には火薬もないから、理解は出来ないはずだ。突如ながら煙草が爆発したにしか思えないだろう。
『卑怯とは、言うまい。もう、戦いは始まってるんだったよな』
先程訊いたから間違いないだろう。
「ぬぬぬぬぅ……」
怒りに表情を歪めながら、ベンベ・ベンが立ち上がる。
そして、俺を睨みつけながら言った。
「それが、貴公の戦い方か!?」
『如何にも』
「面白い!」
そう言うなり、ベンベ・ベンは紅いマントを脱ぎ捨てた。
派手に投げ捨てられた紅いマントが、床の上に広がる。
それを大臣が駆け寄って回収していた。
「卑劣も策略だな。小賢しいが、引っかかるほうが悪いのか――」
述べるベンベ・ベンの額には無数の青筋が浮かんでいた。
しかし、その表情には、怒り以上の期待感が溢れている。さらに笑ってもいた。
ベンベ・ベンは、戦いを楽しんでいるようだ。
まるで、これから始まる死闘を待ち望んでいるかのように――。
俺は穴の空いた顔で微笑む。
『良い、心構えだ』
「こっちとら、百戦錬磨の戦士じゃからのぉ!」
『それはそれは――』
フッ!
再びの唐突―――。
今度は俺のくわえていた煙草の先端から小針が発射された。それは小型のダーツのような針である。その小針がベンベ・ベンの頬に突き刺さった。
煙草に見せかけた吹き矢である。
「ギャ!?」
『またチャンス!』
顔に刺さった小針の痛みに目を瞑ったベンベ・ベンの顔面を再び俺が蹴り上げる。
「ぎゃふん!!」
二度目の不意打ち成功であった。
二発目の蹴りを食らったベンベ・ベンが、バーコードヘアーを乱しながら床に倒れ込んだ。激しくプレートメイルが鳴る。




